第10話 ルルフィー
【ルルフィー】
いつも人をからかうのは、構ってほしいからだ。
ルルフィーは味噌っかすである。努力家の双子の姉と、天才の弟に挟まれ、普通にしていてもルルフィーには誰も構ってくれない。
『サテラは頑張っているな。その調子だ』
『ディアル様は天才ですぞ! この私が保証いたしましょう!』
『ルルフィー様、申し訳ございません。まだ仕事がありますので、終わってからお伺いしますね?』
別に、はっきりと邪険に扱われたという訳ではない。伯爵である父の娘として、尊重されていることは分かっている。
でも、みんな口を開けばサテラかディアルの話ばかり。ルルフィーを話題にする人なんて見たことがない。
自分も頑張れば、と思っていた時期もある。けれどサテラみたいに数時間ぶっ続けで勉強や訓練に没頭なんてできないし、ディアルはそれこそ論外だ。
そう言う意味では。
自分に微塵の興味も抱いていなさそうなディアルが、ルルフィーは一番嫌いだった。
「……」
小ダンジョン、地下二階。
ルルフィーはディアルが決めた隊列の三番目を、粛々と歩いていた。
考えるのは、ダンジョンみたいな屋敷の外の世界では、ルルフィーが思った何倍も役立たずだということ。
同時に、ディアルが思った何倍も力を持っているのだということ。
「前方にスライム。メメ」
「めぇっ! 後方なし!」
「分かった。サテラ、行ける?」
「行けるわ!」
「じゃあ取り決め通りに」
三人は短く言葉を交わして連携を取り、スライムを素早く退治してしまう。
そこに、ルルフィーの挟まる余地はなかった。疎外感を抱きながら、みんなが戦うのを見ているだけだ。
「ふぅっ! 少し慣れてきたわ! 次からは麻痺の魔法も要らないわよ!」
「本当に? 心配だなぁ」
「ナマイキディアル! 良いからお姉さまの活躍を信じて見てなさい!」
今までは、ルルフィーとずっと一緒に居たサテラ。だが最近は、ディアルと一緒に居ることの方が多い。
ルルフィーと一緒に居ても、話すことはディアルやメメの話ばかりだ。
「ルルフィーも平気ね! じゃあディアル! すぐに出発するわよ!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
仲良く話す二人を見て、ルルフィーは思う。
ルルフィーも確かに付き合いでメメの訓練、というか躾に参加はしている。完全に疎外されてはいない。
しかしディアルのことをからかっているのに、メメばかりが反応して、本人が本を読んでいるのでは、何をしているのだろうと思うことがある。
今だって、今回の遊びはルルフィーが思いついたのに、気付けば主役はディアルだ。
ルルフィーが誘ったのだから、文句がある訳ではない。ディアルは頼もしい戦力だ。
けれど、と思ってしまうのは、ルルフィーがまだ幼いからか。
「地下への階段だ」
ディアルが階段らしき穴を見付けて報告する。ルルフィーが松明で照らすと、この地下二階へとつながっていたような、天然の階段がそこにあった。
「みんな! 階段は濡れてるから足元に気を付けるのよ! 特にメメ! アンタがこけたら全員巻き込んで落ちることになるからね!」
「めぇー! さっきのサテラみたいにならないよう気を付ける!」
「ぷっ」
「こらメメ! そう言うこと言うんじゃないわよ! ナマイキディアルも笑わないの!」
わー! と騒ぐサテラに、クスクス笑う召喚ペア。真ん中に居るはずなのに、会話に混ざれないルルフィー。
何で家族に囲まれながら、ルルフィーは寂しいと思うのだろう。
そう思いながらも、足を滑らせないように、ルルフィーは慎重に階下へと進む。
地下三階は、今までの階層とは違って、大広間のような空間だった。うっすらと、一番奥に大きな影がある。
「おとさま……」
「うん、あれがボスゴブリンだろうね」
暗闇の奥で、鎮座する大きな影。
それはちょっとした岩のようだった。縦にも横にも大きな、丸いシルエット。二メートル近い巨躯の魔物。
のそりと立ち上がるそれは、噂に聞いたボスゴブリンか。
「ルルフィー、松明を投げて」
「えっ、わ、わかった~」
いきなり指示が飛んできて、驚きながらルルフィーは松明を広間の中心に投げた。すると光源がちょうどディアルとボスゴブリンらしき影の間に落ち、その姿が見えるようになる。
その形を見て、ルルフィーは言葉を失った。
ボスゴブリンは、想像するよりもずっと醜い魔物だった。光を浴びず青白くなった肌に、ゴブリンたちを従え脂肪を蓄えた体。
その胸元には、ルルフィーが欲しがった赤い宝石がある。
「アレが今回の目的?」
ディアルに聞かれて、ルルフィーは「う、うん」と頷く。すると、ディアルは人好きのする笑顔で、「分かった」とルルフィーに言った。
「なら、サクッと倒しちゃおうか」
ディアルが構えると同時、メメとサテラがその横に並んだ。
ルルフィーは動けない。役に立ちたい気持ちはある。だが、初戦で『余計なことをしなかっただけで偉い』と言われた。それはつまり、『余計なことはするな』ということだ。
嫌い、と思う。ルルフィーは弟のディアルが嫌いだ。天才で、何でもできて、何にもできないルルフィーのことなんて歯牙にもかけない、ディアルが嫌いだ。
なのに、そんな風に思いながら、暗がりで一人、何でルルフィーは泣きそうになっているのだろうか。
ディアルが、まず飛び出した。
「ホワイトサンダー・パラライズ」
真っ白な雷が瞬く。同じく突撃してきたボスゴブリンが、全身を痺れさせて停止する。そこにメメの拳、サテラのレイピアが突き刺さる。
「決まった!」
「まだだ! 離れて!」
勝ち誇るサテラを一喝して、ディアルが二人を下がらせる。ボスゴブリンは二人の攻撃がほとんど効いていないらしく、麻痺が溶けたらすぐにディアルを見た。
「めぇ……ボスゴブリン、硬い……」
「嘘、全然元気そう……」
メメは苦しそうに表情を歪め、サテラは愕然としている。ディアルですら、少し考えるように口を曲げていた。
ルルフィーは、今なら、と思う。今なら、迷惑を掛けずに、少しでも役に立てるのではないか。
位置関係は良い。ルルフィーとボスゴブリンの直線状から、他三人は全員外れている。当たることはないだろう。
そう考え、ルルフィーは空中でルーン文字を描いた。ルーン魔法は三つのルーン文字を並べることで、魔法を発動する。
習っている中で、一番威力が高いルーン魔法は―――
「放つ、火、玉」
ルルフィーが空中に記したルーン文字は、魔力の輝きを伴って一瞬光り、ぐにゃりと歪んで灯火となった。それは膨らみ、玉のようになって放たれる。
「ファイアーボール!」
「ゲゲッ」
ボスゴブリンは音もないルルフィーの奇襲に反応できず、ファイアーボールを直で食らった。
頭部に激突したファイアーボールが、蒸気を上げる。ボスゴブリンは明確にのけぞり、倒れる寸前だ。
「や、やった~! どう~? アタシだって少しはやるん、だ、よ~……?」
ルルフィーは飛び上がって喜びかけ、蒸気の晴れた先に激怒したボスゴブリンの顔があることに気が付いた。
死んでいない。
ボスゴブリンは健在で、ルルフィーに怒りを向けている。
「ゲガギャガラァァアアアア!」
「ひぃっ」
ボスゴブリンの咆哮に、ルルフィーはただ怯えることしかできなかった。
ボスゴブリンは巨躯を走らせ、まっすぐにルルフィーに向かってくる。その威圧感は、戦闘慣れしていないルルフィーにとっては恐怖そのものだ。
結果ルルフィーの体は、蛇に睨まれたカエルのように動かなくなった。逃げようとすらできない。頭は真っ白で、ただ、走馬灯のように短い人生を振り返る。
そして思うのだ。
この人生で一番鮮烈だったのは、頭上から降ってきた、あの白い雷であったと。
「「ホワイトサンダー!」」
ディアルとメメの言葉が重なる。二方向から放たれた白の雷が、ボスゴブリンの背後を射抜く。
素人目から見ても、とてつもない威力の魔法だった。ボスゴブリンの体が一瞬にして炭化した。真っ黒こげになった。
だがボスゴブリンは、死んでなお火種を残した。
炭化したボスゴブリンの内側から、光が漏れだす。過剰な魔力を体にため込んで、まるで爆発する予兆のようだった。事実そういう授業を受けたことがあった。
ボスに値する魔力をため込んだ魔物は、時に爆発を伴って死ぬことがある。大抵は害がないが、さらに魔力を体にため込みすぎると、爆発に大きな衝撃を伴うと。
もしこれがそうなら、破片のひとかけらでも受ければ、ルルフィーは重体だっただろう。だがそうはならなかった。
爆発するよりも早く、ディアルがルルフィーを庇った。見れば遠くでメメが投球の姿勢を取っている。
メメが物理的にディアルを投げたのだと、何となく分かった。
直後、ディアルから衝撃が来る。ディアルの背中にあった盾が弾け飛ぶ。だが、それだけだ。
ルルフィーは守られた。アレだけ嫌っていた弟の手によって。
「ルルフィー! 怪我は!」
必死になって聞いてくるディアルに、ルルフィーは目を丸くする。
「え、ぁ、な、ない、よ~……?」
「……はぁ……良かった……。まさか咄嗟に撃った素の『ホワイトサンダー』があんな威力になるなんて。焦ったよ……ほんと……」
「……ねぇ~」
ディアルは、冷や汗をダラダラかいて、安堵と憔悴に項垂れている。
その理由が分からなくて、ルルフィーは聞いていた。
「何で、そんなに必死になって、助けてくれたの~……?」
「え? 何でって……」
ただ疲れたという顔で、ディアルは言った。
「大切な家族を守るのは、当たり前じゃないか」
「……!」
ルルフィーは、静かに目を見開く。
大切な家族。言葉にするなら簡単な言葉。でも、それをディアル以上に行動で表してくれた人なんていない。
思えば、と振り返る。普通、『宝石が欲しい』なんてワガママに付き合って、こんな危ないところまでついてくれる家族がいるだろうか。
いない。ルルフィーは思う。金があるなら買うだけだ。ないなら一蹴して終わりだ。わざわざこんな場所まで付いてきてくれる人なんていない。
なのに、ディアルは付いてきてくれた。付いてきて、ずっと守ってくれた。興味がないなんてことは、決してなかった。ただ分かりにくいだけだったのだ。
それが分かると、ルルフィーの胸の中に、ディアルに対する愛おしさのようなものが溢れてきた。
頬が熱い。今まで嫌いだった弟が無性に可愛くて、何だか変な気分になる。
「さて、爆発しちゃったけど、宝石は無事かなっと」
ルルフィーから離れたディアルが、松明を拾って、宝石を探す。
「あったあった。ルルフィー、これだよね?」
「え、あ、うん……」
ぽーっとディアルの顔を見つめながら、ルルフィーは赤い宝石を受け取った。
ボスゴブリンが持っていたことなんて気にもならないくらい、宝石は松明の光を受けて、美しく輝いて見えた。
「さて、やることやったし帰ろうか。帰るまでが冒険だから、気を抜かないように」
「うん……」
ルルフィーは、大事に宝石を両手で抱きしめる。
先導するディアルは、いつにもまして、格好よく見えると思いながら。
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