第11話 小冒険を終えて
事の顛末について、すべてを終えてからルルフィーに聞いた。
「結局、あの宝石って何のために取りに行ったの?」
「あ、ディアル……。うふふっ、えっとね~?」
何だか最近、ルルフィーの笑顔が柔らかく見えるなと思いながら、ルルフィーの話を聞いた。
あの宝石自体は、そう珍しいものでもないらしい。まぁそれはそうだろう。子供が行って取って返れる程度の小ダンジョンだ。
だから、大切なのは『子供たちで行って取って返ってきた』という過程そのもの。
「お母さまの十周忌がそろそろでしょ~? だから、ブローチにして、墓前に供えてあげたくなったの~」
「ああ……それで」
ムーンゲイズには、子供が母親の誕生日にブローチを贈るという風習がある。
宝石である必要は決してなく、できる範囲で用意する。そういう母の日イベント的なものなのだが、ルルフィーは近くのダンジョンの宝石を用意したくなったのだとか。
「みんなで頑張って取ってきたら、お母さま、喜んでくれるんじゃないかなって~」
「……そうだね。とっても喜んでくれたと思う」
取ってきた宝石は、持ち帰ってから職人に渡したという。
だがそのままブローチに使うには少し大きいということで、一部を砕いて別のものにもできる、という話だった。
それで今回の冒険の発起人であるルルフィーに決定権が行ったのだが、ルルフィーはどういう訳かこう言ったらしい。
「じゃあ、指輪にしてもらえる~?」
結果職人の手によって、赤い宝石を埋め込んだブローチに加え、指輪が四つ出来上がった。
俺たち四人は、母上の十周忌にその墓に向かった。十字のクリスチャンっぽい墓だ。生憎と、この世界で唯一神らしい宗教は見付けていないのだが。
ブローチを墓前に供え、指を組んで祈る。思うことは少ない。思い出もほとんどない。
だから、ただ養子として受け入れてくれたことに対して、感謝を想った。この世界は思ったよりも楽しい。この世界に生まれたおかげで、メメと出会えた。
祈りを終えて、俺たちは帰途についた。その途中で、ルルフィーが俺たち三人に指輪を渡してきた。
「あれ? 俺たちに?」
「うんっ! 姉弟四人で取りに行ったんだから、姉弟四人で分けるのがいいよね~って思って!」
にこーっと笑うルルフィーに「ふふんっ! 殊勝な心掛けね! 大事にするわ!」とサテラが言う。メチャクチャ嬉しそうだ。
一方メメは、目を丸くしてルルフィーを見上げている。
「ルル、メメも姉弟……?」
「もちろ~ん! だってアタシ、覚えてるよ~? ディアルといっしょに魔法撃って、アタシのこと助けてくれたもんね~!」
「んきゅー!」
ルルフィーに抱きしめられ、メメは高らかに鳴く。それから「えへへっ、姉弟、メメはおとさまとルルとサテラの姉弟! めぇ~!」と抱きしめ返している。
最後に、ルルフィーは俺を見た。「ね~、ディアル」と言いながら、俺に指輪を渡して、左手を差し出してくる。
「ディアルの、好きなところに指輪付けてほしいな~」
「好きなところって何さ」
「いいから~♡ ね、好きなところ、入れていいよ……♡」
何だか思わせぶりな態度をしているが、俺は本気で意味が分からなかったので適当に中指に嵌めた。
「……ぶー。ディアルの意気地なし~」
「かつてないくらい理解不能なディス」
「おとさま、メメにも付けて~!」
「わっ、私にも付けていいんだからね!」
「はいはい。順番ね」
俺はそれぞれの中指に指輪を嵌めていく。最後に自分に嵌めると、ルルフィーは嬉しそうに笑って「仲良し姉弟~!」と全員まとめて抱き着いてきた。
「ね~、ディアル~。これからも、アタシたちが行くところに連れてってあげるね~♡」
「またこき使われるの?」
「ち~が~う~よ~! 舞踏会とか、楽しいところの話~!」
舞踏会か、と俺は思う。確かに貴族だからそう言うこともあるのだろう。人によっては舞踏会で婚約者を見付けるとか何とか。
……俺も婚約者とか、いつか探さなきゃいけないのかな……。メメとか姉上ズの世話で手一杯なんだけど。
「まだディアル、社交界デビューまだでしょ~? だから、すでにデビュー済みのサテ姉とアタシで、ディアルを格好よく送り出してあげたいなって思ったの~!」
「ルル! それいいわね! 絶対やるわよ! お友達に聞いて、近い日程の舞踏会探さなきゃ!」
「めぇ、おとさま、舞踏会ってなぁに?」
「踊って色んな人と仲良くなる……ダンスパーティーって感じかな」
「だんすぱーてぃ! 楽しそう! メメも行きたい!」
「いいよ~! メメも着飾って、とっても美人さんにしてあげる~」
「腕が鳴るわね! こうしちゃいられないわ! 早く屋敷に戻って、衣装を見繕わなくちゃ!」
ルルフィーが話を提示し、サテラが多いに乗っかる。
今回の冒険が何故実現したのかが分かって、俺は「この二人、放置したらやらかしそうだな……」と思ってしまう。
ともかく、俺たち小悪党姉弟は、この件をきっかけに、大きく仲を深めたようだった。
【ルルフィー】
お父様の、執務室に訪れていた。
「それで、ルルフィー。話とは何だ?」
お父様は、優しくルルフィーに語りかけてくれる。
恐らくは、おねだりをされるつもりなのだろう。実際おねだりをするのには変わらない。
しかし、欲しいのはモノではなく、能力だ。
「あのね~お父様。アタシ、他の皆よりもダメでしょ~?」
「……ん? ルルフィー?」
ルルフィーの言葉に、お父様は戸惑う。
だがルルフィーは、止まらない。
「それがね~、アタシ、ずっと嫌だったんだ~。サテ姉は努力家だし~、ディアルは天才だし~、メメも召喚獣だからすっごく強いし~」
口を尖らせて、ルルフィーは拗ねるように言う。お父様はそれを、難しい顔で見つめている。
「今までは、我慢してたんだ~。サテ姉頑張り屋ですごいし、ディアルには敵いっこないし~。……でも、今はアタシ、それで諦めるのが、すごい嫌なの」
ルルフィーは、お父様を見る。お父様は、深刻そうな面持ちでルルフィーを見てくれている。
「アタシね? みんなに並びたいんだ~。前よりも、皆のことが大好きになったから、負けたくなくなっちゃった。でも、どうすればいいか分からなくて~……」
「……なるほど、それは難しい問題だ」
お父様は、考えるように腕を組む。改めて、思う。ルルフィーは大事にされている。行動を起こさなかったのは、あくまで自分だと。
お父様が口を開く。
「ならば、そうだな。実はな、ルルフィー。本音で言えば、お前はそのままでいいと、今まで思っていた」
「えっ?」
ルルフィーはお父様を見つめる。お父様は、今まで見たことのないくらい、真剣な顔をしていた。
「手がかかる子ほど可愛い、というのが人間の心理でな。特に女の子はそうだ。ルルフィーはサテラ同様に、極めて器量もいい。上手く立ち回れば法王の側室くらいは狙える」
結婚とその後の生活の幸せを願うなら、とお父様は前置きする。
「少し足りない。そのくらいが、夫から見れば可愛げがある。有能ではないが、それでも夫が素晴らしいことだけは知っている。これが出来るのが真の淑女だ」
だが、とお父様は続ける。
「ディアルやサテラに並びたいなら、それではダメだ。ルルフィーの目指すところでもないだろう。ディアルは天才。サテラも努力家だ。正面からでは敵うまい」
「……うん」
「そして、ルルフィー。お前が私を頼ったのは、つまり『正面からではない勝負方法』を、私が知っているという勘……嗅覚があったからだな?」
「うん」
迷いなく頷く。そうだ。何か分からないが、『ナニカ』知っている。それだけは何となく分かったから、ルルフィーはお父様を頼った。
「正解だ」
お父様の笑みが深くなる。何か、邪悪なものがその笑みから滲みだす。
「ルルフィー。他二人は正面から人間として強いのに対して、素養があるとすればお前だと思っていた」
「そ、素養……?」
「ああ。ただ幸せな人生を送るためだけなら、不要な知識。だが、あの子たちは強くなる。何らかの形で国政の中枢に関わるほどに。そして、それに並びたいのなら、知るべきだ」
ルルフィーは、唾をのむ。「お父様は、何を知ってるの?」と問う。
父の口が、歪に笑った。
「人を、思いのままに動かす魔」
ゾクリと、ルルフィーの背筋に寒気が走る。
「戦いとは、まったく別の次元の話だ。戦争行為を単なる交渉と見なし、物事をどう運ぶかの決定権を握るための技術。人心を操るのは前提。その先を見据えるためのもの」
お父様は立ち上がる。鈴を鳴らし、メイドを呼ぶ。
「お呼びでしょうか、領主様」
「人払いを。小一時間ほど、周囲から離れるよう通達せよ」
「畏まりました」
メイドが足早に出ていく。部屋の中にすらいなかった使用人を、さらに遠ざけるという行為は、それだけの秘密を話そうとしているのだとルルフィーにも分かった。
「それは、概要だけを聞けば、単なる政治術、帝王学、心理学、そういった学問の複合体でしかない。しかし特殊な方法を使うことで、それは神秘と化す。人はそれに抗えない」
ルルフィー、とお父様はルルフィーを呼ぶ。
「今なら、引き返せる。お前は平凡な女の子として、幸せな生を過ごせる。だが、この先は為政者の道だ。孤独で苦しい、多くの命を肩に乗せる、責任の道だ」
邪悪さは息をひそめ、お父様の表情には、強い使命感が満ちていた。
「人を操るというのは、辛いぞ。言うことを聞く人間しか周りに居なくなるということだ。相手の意志が感じられなくなるということだ。他者が駒になり果てるということだ」
「……お父様は、何でその技術を学んだの~?」
「人を駒にしてでも、守るべきものを守るためだ」
断言。ルルフィーには分かる。父の言う技術は、守るべきもののために悪すら為す技術であると。そう言う道の入り口だと。
ルルフィーは、覚悟を決めた。
「教えてください、お父様。アタシは、みんなと並びたい」
「――――よく言った。ならば教えよう、ルルフィー。人心を繰り、政を成し、人を駒として扱い、この世界という盤上で棋士となるための技術」
父は、恐ろしく笑う。
「お前に、呪術を授けよう」
ルルフィーは唾をのむ。冷や汗を垂らす。顔が引きつっている。
それでも少女は、深く頷いた。
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