舞踏会で出会う者

第12話 婚約者探しが始まる

 姉弟での小冒険を経てから、また一年が経った。


 俺ことディアル・ゴッドリッチは、十二歳になっていた。学園入学まで後三年。


 することは変わらない。メメと一緒に訓練し、ラスボスにならないようにたくさん可愛がり、双子の姉上ズの思い付きに振り回される。


 最近は姉上ズもまともになって、揃って召喚獣も呼び出していた。その所為でか、振り回される頻度も上がった気がする。


 学園入学までのこれからの三年間も、こんな感じなのだろうな。何となくそう思っていた時、父が言った。


「そう言えばディアルはもう十二歳か……。そろそろ婚約者の一人も見付けねばならんな」


 あー、やっぱそう言う年頃だよなぁ、この世界では。


 俺が抱いた感想はそのくらいだ。


 だが、俺以外の家族三人……つまり、メメ、サテラ、ルルフィーの三人はその言葉を聞いて凍り付いていた。


「め、めぇ……!? お、おとさまに、こ、こんやくしゃ……!?」


「なっ、ナマイキディアルにはまだまだ早いですお父様! そもそも私たちにだっていないのに! いえ、全然欲しくないですけど!」


「そうだよお父様~! まだ学園入学前なんだし、ゆっくり決めていけば~?」


「いや、婚約者は普通十五歳までには親が決めておくべきものだぞ。サテラとルルフィーに居ないのは、お前たちが死ぬほど嫌がるからだ」


 夕食の席で、呆れ気味に言った父の言葉に、姉上ズはしゅんと沈黙した。


 俺はいつも通り豪華な夕食に舌鼓を打ちながら、何でこの二人そんな嫌がったんだろうなぁとか思う。


「二人とも可愛いんだし、さっさと未来の旦那くらい捕まえればいいのに」


「かっ、かわ!? う、うううう、うるさいナマイキディアル!」


「ほ~んと可愛くって憎たらしい弟だよねぇ~ディアル~♡」


「二人して何さその顔は……」


 サテラ、ルルフィーの二人から複雑そうな顔を向けられ、俺は肩を竦めながらまた一口。今日もうまいなぁ料理長のメインディッシュは。


「おとさま! おとさま! メメは? メメも可愛い?」


「メメはいっつも可愛いよ」


「めぇ、んきゅ~……」


 横に座るメメの頭を撫でる。もふもふや……、メメの頭はエブリディ極上のもふもふで迎えてくれる。


「とはいえ、我がゴッドリッチ伯爵家は幸いにして、政略結婚などが必要にならない程度に周囲に貸しも交流もある。サテラ、ルルフィーは好きな時に好きな相手と結婚すればいい」


 貴族とは思えない太っ腹加減でモノを言う父に、「流石父上」と俺は感心する。ルルフィーだけ「まぁアレだけやればね~……」と意味深なこと言ってる。


 と思ってたら、サテラが何か言い始めた。


「ち、ちなみにお父様! そ、その、ありえないけど! わ、私とディアルが結婚とかって、その、ディアル養子だし! できなくはないんじゃないかって思ってるんですけど!」」


 顔を真っ赤にしての、必死の提言である。俺とメメはそろって目を丸くしてるし、ルルフィーは「あ~っ! ズル! それはズルだってサテ姉~!」とか何とか言ってる。


 父上は淡々と言った。


「不可能ではないが正妻にはできんぞ。元姉弟で夫婦は外聞が悪い」


「……はい」


「あ~、そ~……まぁ、そうなるよね~」


 双子が揃って絶妙な顔をしている。俺は半分くらい引きながら言った。


「二人とも今日熱あったりする……?」


「ナマイキディアル!」


 サテラがいつものように叫び、場の空気が整う。


 でだ、と父上が俺を見た。


「ディアル。お前は跡取りだからな。お前が誰かしらを娶らんと家が潰れる」


「それは確かに」


「とはいえ、だ。好みでない嫁を迎えても、気に食わん誰かさんが追い出しかねん。少なくとも守ってやりたくなるような、気に入った子を探しに行け」


 俺が首を傾げる。周囲で「めぇ」「ふんっ」「キャハハッ」と何故か三人が声を上げる。


「探しに行けって、どこにですか」


 父は俺の質問に眉を顰め「ディアルは訓練に座学と、頭でっかちに育ちすぎたな」とため息を吐いて言った。


「そんなもの、舞踏会に決まっている。ディアル、お前はもう少し遊びを覚えろ」











 貴族の遊びと言えば、自領での狩り、舞踏会を始めとした集会と相場が決まっている。


 ……ということを、頭では分かっているのだ。


 だが、どちらにもハマらなかったのが俺だった。


 社交界デビューは一応この一年で姉上ズの付き添いで済ませていたが、結局人の多さに疲れて、壁の花を気取ってしまった。


 ちなみに壁の花というのは、壁沿いに立って踊らない参加者のことだ。


 そんな訳で、俺はそれ以来一度も舞踏会には出ていない。そんな時間があったらメメに構っていた方がよほど楽しい。


「ナマイキディアルの婚約者探しなんて腹が立って仕方ないけれど、ディアルが恥をさらすくらいなら手伝ってあげるわ!」


「感謝してよね~? お姉ちゃん二人がかりで、ディアルのことモテモテの美男子にしてあげるんだから~! キャハハッ!」


 しかし俺ほど熱心に訓練座学をこなしてきたわけではない姉上ズは、こう言う遊びは慣れているらしかった。


 そんな訳で俺は、改めて一カ月ほど時間を取って、舞踏会用に色々仕込まれた。


「はい! ワン、ツー! ワン、ツー! ……ダンスのリズムは悪くないわね!」


「そのテンションでワンツー言われるとボクシングしてる気がしてくる」


 基本的な教養としては、ダンスレッスンでサテラと踊ったり。


「はい、ディアル~! 前回はこういう話をしなかったけど、今回は多少ガチだからね~。今回の舞踏会に参加する人のプロフィール一覧集めてきたよ~!」


「こわいこわいこわいこわい」


 対人情報として、ルルフィーに人の名前と爵位と最新情報のリストを叩き込まれたり。


「だから! ディアルは髪をあげて整えた方が格好いいの! キリッとするでしょ!」


「サテ姉は安直だよねぇ~! ここは真ん中分けで、可愛さと格好良さのいいとこどりするの~!」


 俺の髪型から着こなしに至るまでを姉上ズが議論を交わして仕立て上げたり。


 結果として俺は、一回しか行ったことのない舞踏会について、深すぎるほど教養を得てしまった。


「踊りませんか? お嬢さん」


「めっ、めぇ~~~! お、おとさま格好いい……♡」


 最後の仕上げとばかり、今までの成果をメメに披露した。


 メメは顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見つめて差し出された手を取った。


 その様子を見て、姉上ズは満足げに頷く。


「完璧ね……!」


「これだけの仕上がりならお姫様でも落とせるんじゃな~い? サテ姉、どうする~? ディアルの代からお姫様を迎えて、一気に公爵家に成り上がりとか~! キャ~!」


「確かに! それくらいはしてきてもおかしくないわ! ……でもそれはそれで何かムカツクわ!」


「分かる~!」


 姉上ズはどの立場なんだよ。


 ともかく、そんなやり取りを経て、俺たち四人はとある舞踏会に訪れた。


 俺を筆頭に、ゴッドリッチ伯爵家の子女が揃って着飾って、舞踏会の開かれる屋敷を前に馬車を降りる。


 俺は燕尾服、他女子三人はドレス。揃って赤い宝石の指輪を左手の中指に。


 庭に踏み入れると、参加者たちから視線が集まる。


「おぉっ、あの美貌はゴッドリッチ家の双子姉妹!」

「これはまた、舞踏会が荒れるな……」

「う、出たわね……早く帰りましょう? あの双子がいると目立てないし」

「そうね……それでなくとも、主催のお姫様もいるからね」

「はぁ~、ユディミル殿下、少しでもお近づきになりたかったのに~」


 まず先頭を歩く姉上ズを見て、周囲の貴族たちがやいやいと言う。姉上ズは慣れたものらしく、顔色一つ変えずにまっすぐ歩く。


 やっぱこの二人は、傍から見ても美人なんだな。


 ゲームだと小悪党のイメージがだいぶ強かったんだよな。SNSではよくイラストが流れてたから、人気だったとは思うが。


 だが、一拍遅れて違う反応が聞こえ始めた。


「待って? 後ろのあの美男子は誰?」

「すご……素敵……! え、じゃあもしかして、ゴッドリッチ家の嫡男?」

「傍の白くてモフモフの髪の子も可愛い~! 妹さんかしら! でもそんな話聞いたことないわよね?」

「クソ、家族なんだろうが、両手に花どころじゃないじゃないか、羨ましい……」

「殿下とどっちが格好いいのかしら! 比べて見てみたいわ」


 恐らく俺とメメが注目の的になって、少し気恥ずかしい思いをする。


「何か困るな、こう言うのは」


「めぇ……。見られるの、はずかしい……」


 一方姉上ズは、自分が褒められるよりも嬉しげに言う。


「ま、私たちの手に掛かればこんなものよ!」


「キャハハッ! 感謝してよね~ディアル~?」


 そして俺たちは、屋敷の前で立ち止まった。サテラが俺たちに振り返って言う。


「ディアル! アンタはどうせモテるから、気に入った子がいたら私たちの前に連れて来なさい! お姉さまが見定めてあげる!」


「そうだね~、アタシたちが許した相手じゃないと、認めないからね~? キャハハッ!あ、一応分かってるだろうけど、もう一つ」


 ルルフィーが、釘を刺すように言う。


「この舞踏会はムーンゲイズ王家、第七王女様主催で、仲のいい第十三王子殿下もいるから、本当に偉い人にケンカを売らないように気を付けてよ~?」


 その名を聞いて、俺は目を瞑り、長くため息を吐いた。


「え~? ディアル、何その反応~」


「いや……ちょっとね」


 別に個人的に思うところがあるとか、そう言うことではない。むしろ好きな相手だ。


 だが、そもそも家族以外にほとんど関わりのない俺が、何で見ず知らずの相手を好きになるのか。好きな相手に何故ため息を吐くのかという問題がある。


 つまりは――――その二人、ゲーム本編キャラなのだ。


 しかもメイン級。


 姉上ズの噂を聞きながら、ちらほら名前が聞こえて、うわぁと思っていたのだが。


 とうとうその現実を直視せざるを得なくなって、面倒だなぁという気持ちが勝ってしまったのだ。


 だって本編のメインストーリー、超大変なんだもん。


 関わりたくねぇ~。推しを遠くから眺めてぇ~。


「ディアル~? お返事聞いてないんですけど~」


 ルルフィーの催促に、俺は渋面で答える。


「売らないよ、二人じゃあるまいし」


「ナマイキディアル!」


 そんな風にして、俺たち四人は舞踏会会場である屋敷の中に足を踏み入れる。ここからが舞踏会だぞ、と思いながら。

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