第13話 舞踏会の陰謀
舞踏会にちゃんと参加して思ったのは、まるで前世のような情報量で目が回る、ということだった。
「おぇ……、全部あらましが分かると酔う……」
最初に踊った令嬢は男爵令嬢。玉の輿狙いなので注意。ただし噂の喧伝が上手いので嫌われないように。
次に踊った令嬢は伯爵令嬢。すでに婚約者あり。婚約者は嫉妬深いのでやはり注意。袖にしても丁寧すぎてもダメ。
―――マジで酔う。人ごみキッッッッッツイ。
踊る相手、というだけでもこれなのに、俺に声をかけてくるさまざまな人間のプロフィールが下手に分かってしまうと、逆にやり辛くて疲れてしまった。
俺の場合、まずは対人的な体力かもな……。
そう思いながら、俺は『回復するまで』と自分に言い訳し、デビュー当時と変わらず壁の花になっていた。
隣では着飾ったメメが、俺に水の入ったグラスを差し出してくれる。
「おとさま、これ飲んでっ!」
「ありがとう、メメ……。俺、人ごみ嫌いなんだな……知らなかったよ……」
前世はほどほどに都会住みだったから油断していた。「はー……」とため息を吐く。
「めぇ……。おとさま、ゆっくり休んでね?」
「メメは癒しだよ本当に……姉上ズは気付いたらはぐれてるし」
メメはいつでも可愛いなぁと思う。とはいえ、召喚してもう二年。メメも成長していないわけではない。
召喚獣は主と共に成長するとされる。召喚時ざっと二歳差くらいあった身長差は据え置き、メメは十歳の少女に見える背丈になった。
ずっと可愛いままだが、可愛さの質がいつか変わってしまうのだろうなぁと思う。
ほとんど幼児というかマスコットだったのが、女の子になる。うーむ……。
そんなことを考えていたら、声がかかった。
「そこの君、可愛いね。そこの彼に付き合って休んでるの? つまらなくない? 俺と一緒に踊ろうよ」
チャラそうな年上の貴族に話しかけられ、「めぇ?」とメメは首を傾げる。
「メメに言ってるの?」
「もちろん! そこの彼が元気になるまででいいからさ! ね!」
「めぇ……」
メメは困った顔で俺を見上げてくる。俺の返答は決まっていた。
「俺の召喚獣に色目を使うのはやめてもらえますか?」
「は? 召喚獣? 何言って……ん、んん? よ、よく見たらその角、髪飾りじゃなくて、本物?」
「めぇ。メメの角は本物なの」
「……マジか。し、失礼しました!」
チャラ貴族は、冷や汗をかいて逃げていく。この場はこれでよさそうだ。
しかし、と俺は周囲を見た。
メメはどうやら主のひいき目を抜いても可愛いらしく、チラチラと興味がありそうな連中は少なくないようだった。
これだから平気で幼女と婚約するロリコン貴族どもは……。
俺は嘆息して、メメの手を取る。
「めっ? おとさま?」
「ここは休むのには向かなそうだ。もっと人の少ないところに行こうか」
「めぇ! おとさまと二人っきり!」
機嫌を直したメメと共に、俺はダンス会場を離れる。
とはいえ、舞踏会なんてのはつまり人を集めることそのものが目的のようなもの。
そりゃあダンス会場から離れれば人は減るが、それでも人が全く居ない場所なんてのはほぼ存在しないと言っていい。
もっと言うなら……男女が、人が少ない場所に行く理由なんて、古今東西変わらない訳で。
「めぇ……だ、だいたん……!」
「ここも教育に悪い!」
俺とメメは、イチャイチャする男女の集まる空間に再び遭遇して、キレイにUターンを決めた。
舞踏会はこんなんばっかか! と思う。だが前提が婚約者探しなのを思い出して、俺も同じ穴の狢か、と頭を抱える。
「お、おとさま……何かね? メメ、おとさまとぎゅーっとしたくて……♡」
「雰囲気にあてられてる状態ではやめよう、メメ。メメの腕力で押さえ込まれたら全然シャレにならないことになる」
「めぇ……? よく分かんないけど、分かった……」
しゅん、としつつメメは、俺の手に引かれて歩き続ける。
クソゥ。俺はゆっくりできる場所を探しているだけなんだ。周りに人がいない場所で、ゆっくりしたいだけなんだ。
だがどこを歩いても、というかダンス会場を離れれば離れるほど、何だかいかがわしい雰囲気が満ちている。
確か本来の参加年齢層、俺たちより五歳くらい上なんだよな。十七歳あたり。そりゃあこういうことにもなるか、と俺はぐぬぬと唸る。
そんな風にして人気の少なそうな場所を渡り歩いていると、不意に、妙な影が視界の端にちらついた。
「……ん?」
俺はそちらに目をやる。他参加者同様に着飾ってはいるが、明らかに動きが妙だった。
男女二人組。しかし、二人の世界に没頭するでもなく、何か別の目的をもって動いている。
その二人組は、庭の一部で何かしゃがんで何かをしてから、足早にその場を去って行った。
俺はメメと視線を交わして、奴らがいた場所―――細工をしていただろう場所まで近づき、見下ろす。
「ここだったよね」
「めぇっ! おとさま、掘り起こしていい!?」
「うん、お願い」
メメは「ホワイトサンダー・ミニマム」と呟いて、小さな白の雷を手から放った。
細工を施していた地面が、雷に剥がされる。その下にあったのは、木彫りのお守りのようなもの。
手に取る。確認する。
「……ルーン文字だ。けど、おかしいな。これ四文字書かれてる」
ルーン文字は、基本的に三文字以下とされている。例外的に大ルーンというのは文字数制限がないと聞くが、これはプロの所業で。
書かれている文字は、ずさんなものだ。『幸福』『来る』『来る』『来る』。ルーン文字に重ね掛けはない。
つまり、これはルーン魔法としては破綻している。
いや、破綻させている……?
そこまで考えたあたりで、メメが言った。
「めぇ。おとさま、これ呪い」
「え……? メメ?」
「メメ、召喚獣だからこういうのは詳しいの。ルーン魔法で幸福を招く内容にして、破綻させることで神の怒りを招く。訪れるのは災い」
「……! なるほど、そうか。破綻させることで、幸福を反転させてるんだ」
とすると、これは見逃せないようなアイテムになる。仕掛けられたのはこの屋敷の持ち主、第七王女様か。
ほぼ関わりのない相手だが、かつては攻略したゲームキャラ。スルーするのも気分が悪い。どう動いたものか。
その時、声を掛けられる。
「お前ら、随分と深刻そうな顔してるな。この楽しい舞踏会で、不思議なことだ」
その声に、俺はゾッとする。聞き覚えのある声。ゲーム本編で何度も聞いた声。
振り返る。そこに立っていたのは、現実感のないほどの美少年だった。
真っ白でサラサラの髪、赤と青のオッドアイ。だがその左手には齧られたリンゴが握られ―――何よりも、腕に不気味な蛇が巻き付いている。
「まるで、悪だくみしているみたいだ。お前もそう思うだろう? アプル」
「ええ、ええ、まったくです我が主よ」
アプルと呼ばれた蛇は、少年が投げたリンゴを素早く回収して、丸呑みにした。それから舌なめずりをして、俺たちを見る。
少年は悪い笑顔で、俺たちに問うた。
「話を聞かせてもらおうか?」
「嫌だとは、言わせませんがね。何せ我が主は、この国の主の血を引く者」
シュー、と蛇らしい音を出して、アプルと呼ばれた蛇は続ける。
それに俺は、冷や汗をかきながら口をひきつらせた。
―――ああ、お前に言われずとも知っているさ。ゲーム本編でのライバル。ルート分岐次第で何度も戦うことになる強敵。ラスボスに続いて悪名高いキャラ。
「第十三王子、ユディミル・イスカリオテ・ムーンゲイズ」
メメが俺の腕を緊張気味につかむ。俺の警戒を察して召喚蛇アプルはシャー! と唸り、主であるユディミルは形ばかり微笑む。
「まずは、その手に握るものを、見せてくれよ」
ユディミルは、俺に手を差し向けた。
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