第14話 ユディミルという少年

 ユディミル・イスカリオテ・ムーンゲイズという人物は、悲喜こもごもに語られる。


 まずもってキャラデザがいい。抜群に良い。白髪オッドアイに傲岸不遜に常に笑っているようなイメージがある。


 ルート次第では本当に頼もしくて、主人公を何度も助けてくれるキャラでもある。


 だがそれだけではなくて、敵対ルートに入ると本当に厄介なのだ。


 シナリオ中に何度も主人公が窮地に陥るような策を弄し、やっと潜り抜けても本人が待ち構えている。


 そしてその本人が、もうバカ強いのだ。


 手に巻き付ける蛇は何か巨大化するし、引っ掛けてワイヤーアクションみたいに飛び回るし、盾とかハンマーの形になるし。


 果ては、常時回復不能攻撃の槍でとことん主人公を追い詰めてくる。


 比較として、メメのラスボス戦はイベント戦チックで、かなり苦労はするが詰むという感じではない。


 しかしユディミル戦はマジで詰む。何度も戦った。ネットはもちろん阿鼻叫喚だ。


 せっかく転生先がモブキャラだったのだ。敵味方になるかどうかで大きなリスクの発生するユディミルに、関わりたくはなかったのだが。


「おい、何を黙することがある? やましいことがないなら、正々堂々とすればいい。違うか?」


 ユディミルはさらに俺に迫ってくる。俺はどうしたもんか、と手元の呪物を見下ろす。


 その時、メメが「めぇっ?」と声を上げた。


「っ? メメ、どうかした?」


「オリベル! おとさま、オリベルが来た!」


「はっ?」「何だ?」


 直後、俺の頭にバサバサと鳩が降り立った。真っ白な羽をした、オリーブをくわえた鳩。


 


 俺は渋面でオリベルを手に移動させながら、ため息をついた。


「ルルフィー、召喚獣を俺の頭に乗せないでよ」


「あっれ~? 何かギスギスしてたから、助け舟のつもりだったんだけど~、お邪魔だった~?」


 いつものように俺をからかうように笑いながら、ルルフィーが俺たちに近づいてくる。するとユディミルがいくらか警戒を解いて、ルルフィーを見た。


「お前、ゴッドリッチ伯爵家の、双子の片割れか」


「ご機嫌麗しゅうございます~。ユディミル殿下、アタシの弟に何か御用でも~?」


「弟……なるほど。お前、ゴッドリッチ家だったか。ならそう警戒も不要だな」


 ユディミルは言って、一気に剣呑な笑顔をひっこめた。ほっと俺は胸を撫で下ろす。実家の信用に感謝だ。


「これはこれは……では我が主よ、再び我は眠りにつきます」


「ああ、眠れアプル」


 ユディミルの命に従って、腕の蛇が消えていく。「で?」とユディミルは俺を見た。


「結局それは何だ。見咎める意図はないから、さっさと出せ」


「あー……けっこうえぐいものだとは、前置きしますよ?」


「分かった」


 ルルフィーの助け舟がマジで功を奏して、態度が軟化したユディミルが俺に手を差し出す。


 俺は呪物を渡しながら、チラとルルフィーを見た。


「キャハハッ! お姉ちゃんもやるでしょ~?」


「いや、本当に助かったよ」


「うふふっ。一つ貸しだからね~っ」


 言って、ルルフィーはもう興味もないとばかり歩き去って行く。鳩のオリベルも、俺から飛び立っていった。


 ……最近、ルルフィーの油断ならない度上がってないか? サテラも妙に強くなってる気がするし。


 ゲーム通りの小悪党姉妹にならないぞこれ。大丈夫かな。歴史の修整力というか。


 そんな風に思っていると「おい」とユディミルが俺を呼ぶ。


「これ、どこで見付けた」


「そこの穴に埋まってました。妙な動きをする男女が目に留まって、何かしてからいなくなったので、変に思って掘り起こしたんです」


「なるほど……。これが何かは分かっていそうだな」


「呪物ですよね。ルーン文字をわざと破綻させている」


「正確に言えば神の怒りに触れる魔法の使い方だ。魔人の使う魔術に近い」


 うげ、と思う。魔人。ゲームでも戦うことがあったが、基本的に人間を殺すことだけを目的に動く下衆の種族だ。


 ゲーム的には、デバフ盛りまくるから嫌いなんだよな。とても嫌な敵として覚えている。


「となると、どうしたものか」


 じろ、とユディミルが俺を見てくるので、俺は身を固くする。アレ? 俺警戒解かれたんじゃないの? まだ疑われてる?


 と思っていると「ああ、勘違いさせたな」とユディミルは言った。


「お前はすでに疑っていない。ゴッドリッチ家の性質は理解している。特に男ということは、お前天才と噂される嫡男だろう。お前には動機がない」


「……すでに認知されているようで、光栄です」


「ああ、敬語も外していい。どうせ同い年だし、お前は


「……はい?」


 ユディミルから妙なことを言われ、俺はまばたきする。ユディミルはニヤリ笑い、俺に言った。


「お前、オレに問い詰められながら、オレから逃げる方法ではなく、どう倒すかを考えていたな。しかも、負けるつもりはさらさらないと来た」


「―――あっ、いや、その」


 確かにゲームのこと思い出して、どんな挙動なら倒せたかなって一瞬思ったけど! バレてんのかよ!


 俺が慌てると「ハハハッ」とユディミルは笑う。


「不遜な奴め。その不格好な謙虚の皮を被るのはやめろ。お前とオレは同格だ。だから、せっかくの縁と言う奴だろう。付き合え」


 ガシッと肩を組まれ、ユディミルは俺を連れて更に隅へと移動する。「めぇええっ」と慌ててメメがついてくる。


「ちょっ、何だよ! 何が目的?」


「なぁに、お前は人のよさそうな顔をしているからな。この呪物を見て『無視するのは心苦しい』とでも思ったのだろう。だから無視させないでやる」


「……事件解決に付き合えってこと?」


「ハハハッ! 察しのいいことだ。ここに仕掛けられたということは、狙いはオレの妹、第七王女のマリアだろう。オレとしても無視するわけにはいかなぎゃっ」


「まずっ! メメを! 無視しないのッ!」


 微弱なホワイトサンダーを纏ったメメの突撃を受け、ユディミルは痺れて芝生の上にぶっ倒れた。


 俺が唖然とする中、激おこ状態のメメが腕を組んで、ユディミルを見下ろしている。


「おとさまを困らせた、天罰!」


「待とう。メメ、待とう。そんな気軽にしばいていい相手じゃない。確かに強引で困ってたけど、やりすぎ」


「だっておとさま! メメこの人、何か嫌い!」


「メメに嫌いな人とかいるんだ……」


 癇癪や怯えることはあっても、怒ることはほぼないメメである。よほどユディミルが癪に障ったのか。


 そんな会話をしていると「ぐ、効いたぞ……」と言いながら、ユディミルが立ち上がる。


「おい親友、お前の召喚獣中々やるな。一応これでも、上位の防御アーティファクトは身に付けていたはずだが」


「勝手に親友にされてる……」


「めぇっ! メメの魔法は特別なの! アーティファクトとか効かないの!」


「そうなの? メメが強いのは知ってたけどそんなに強いの?」


 めぇ、と言いながら、俺を抱きしめてユディミルから守ろうとするメメ。可愛いんだけど話がこじれて仕方がない。


「ま、まぁまぁ。メメ、俺はそこまで困ってたわけじゃないから、ね?」


「めぇ、そうなの……?」


「うん。気を遣ってくれてありがとう。で、ユディミル」


 俺は地面に座るユディミルに合わせて、その場にしゃがみ込む。


「いいよ。乗り掛かった舟って奴だ。俺も協力するよ」


「ハハハッ、お前ならそう言ってくれるだろうと思ったぞ、親友」


 ユディミルと握手を交わす。それを見ながら、メメが言った。


「めぇ……。おとさまに失礼なことしたら、また……」


「……親友。お前の召喚獣に、もっと強めに言い含めておいてくれるか?」


「うーん……」


 俺は吟味する。困ってるユディミル、『サモイリュ』ファンとしては新鮮なんだよな……。


「いや、ここはあえてこのままで」


「親友!?」


 そんな訳で。


 急遽第十三王子と組んで、俺たちは舞踏会の陰謀を暴くことになるのだった。

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