第45話 VSインマクラータ

 目覚めると、俺を抱きしめながら、マリアは悲鳴を上げていた。


「インマクラータ! ごめんなさい! ごめんなさい! もう壊すものはありません! 暴れるのをやめてください! 召喚は終わりです! 帰ってください! 帰って!」


 ハッと覚醒してみれば、俺は泣きじゃくるマリアに抱きしめられながら、原作『サモンイリュージョン』でも極度に悪名高い事故要素インマクラータに乗っているようだった。


 インマクラータ。またの名を『害悪処女厨馬』である。


 召喚されれば敵味方を関係なく完全粉砕する化け物だ。原作ゲームでは本当に悪名高い存在だった。


 ここで、当時の事故を少し思い出そう。


 基本的にマリアというキャラクターは、召喚獣を呼び出さず、回復魔法と防御障壁の展開に終始するキャラだった。


 これがもう優秀で、自分にバリアを展開して隙をなくしつつ、他のキャラも満遍なく支えるという性能をしていた。


 無論ゲームにおいては必須キャラの一人で、しかも敵対ルートが存在しないから後半の味方には絶対に採用されるのだ。


 だから隙がなく事故も少ない……のだが、もし万が一、防御障壁の展開しなおしの隙を突かれてマリアが少しでも被弾すれば、阿鼻叫喚となる。


 それすなわち、インマクラータの召喚である。


 インマクラータはマリアにも制御できない暴走召喚獣で、具体的には呼び出した時以外にもマリアが怪我をしたら即登場する。


 登場するとマリアは指示可能な仲間ではなくなり、敵味方区別なく突進するインマクラータの上で泣いている置物になる。


「インマクラータ! そろそろ帰りましょう? 壊すものなんてないじゃないですか! 壁をそんな執拗に壊す必要なんてないでしょう!? きゃああ天井が降ってきました!」


 ちょうどこんな感じだ。俺は懐かしさと可哀そうな可愛さに絶妙な顔になる。


 そうなると敵が全員死滅するまで、インマクラータから離れる必要がある。だがこれは、敵が全滅したらインマクラータが引っ込むという意味ではない。


 真の敵、インマクラータを倒すために、敵とぶつかって無用な消耗を避けるためだ。


 そう。万一インマクラータが召喚されたら、その時点で最大の敵はまず間違いなくインマクラータとなる。


 例外はそれこそ敵対ユディミル戦や、黙示録の仔羊ことメメのラスボス戦くらいのもので、他の敵相手だったら大抵インマクラータの方が強い。


 そしてそのインマクラータが本当に厄介で、人によっては『全ルートクリアしたけどインマクラータには勝ったことがない』と言う人も少なくない。


 ―――マジで強いのだ。インマクラータ。速いし痛いし怖いしの三拍子揃っている。


「マジかぁ……」


「あっ、ディアル様、ご無事ですかッ? 申し訳ございません、その、ディアル様を助ける方法がこれしかなく、きゃあああ!」


 インマクラータが暴れて壁が正面で崩れ、マリアは悲鳴を上げる。


 瓦礫が崩れてくるが、すべてインマクラータの騎乗者を守るバリアがそれを弾いた。


 インマクラータの厄介の部分その二は、インマクラータが消耗知らずな点である。


 インマクラータの魔法は回復とバリアだ。自分には回復もバリアも展開しないが、マリアにはする。するとどうなるか。


 ……不可思議なことに、マリアの魔力が延々と途切れないのだ。


 召喚獣は主の魔力が切れたところでいったん消えるのだが、インマクラータの回復は優秀で、魔力まで回復する。


 原作ゲームでは、耐え忍べば魔力切れで勝手に消えるのでは、という検証動画があった。だが味方のステータスを確認して愕然とした。常にマリアが回復されていたからだ。


 つまり、インマクラータは一度呼び出されたら、討伐するまで消えない。


 倒れるまで無限にすべてを破壊しつくす、殺戮ユニコーンなのだ。


「……マリア、一応確認させて?」


 とはいえ俺はゲームと現実が違う可能性に賭けて、マリアに尋ねる。


「いん……この召喚獣って、放っておいたら消える?」


「……消えたことは、無いです……。以前はお兄様の家庭教師の方に、どうにかしていただきました……」


 誰だそれ。知らない強キャラがいる。


 いや、まぁいいや。ともかく、現実でもやはり倒すしかないということだ。


「じゃあ……俺が頑張るしかないね」


「うっ……ごめんなさい」


「いいや、俺を助けるためでしょ? むしろ不意打ち程度で気絶した俺が悪い。だから―――」


 俺は懐からペンケースサイズのワインを取り出し、軽く呷る。


「メメ、痛い思いをさせちゃってごめんね。もう一度、一緒に戦ってくれる?」


「めぇ! 雪辱をインマクラータで晴らすの!」


 俺の背後に現れたメメと共に、俺はインマクラータから跳躍し、対峙する。


 インマクラータは俺たちが飛び降りたことに気付き、「ブルル……」と俺たちに振り返った。


 マリアが叫ぶ。


「ディアル様! メメ! インマクラータが姿を消すまでは、わたくしの防御は完璧です! ぜひ容赦なく攻撃なさってください!」


「了解!」「めぇ! 任せて!」


 二人でマリアの気づかいに感謝しつつ、俺はメメに命じる。


「メメ、汚名返上だ。インマクラータの相手は頼むよ」


「めぇ!」


 直後、インマクラータが俺たちに向かって突進してくる。突き出すは角。貫かれたら、俺など一撃だろう。


 飛び出すはメメ。俺よりも小柄な、もふもふの髪の少女。勝負にもならないように見える。


 ―――だがメメは、訓練の施されたラスボスだ。


「めぇぇえええええ!」


「ヒヒィィイイイイン!」


 激突。メメは正面から角を掴み、頭を押さえ、踏ん張りだけでインマクラータを受け止める。


 メメの身体能力は、すでにアモンと並ぶほど。しかも体の使い方を騎士団長から叩き込まれている。


 ……もっとも、隙を突かれたら脆い、というのが今回の発見だ。


 強度そのものは、文字通り人間に毛が生えたくらいの物なのかもしれない。油断大敵だ。


「めぇええええ!」


 腕力だけで、メメはインマクラータの首をへし折った。だが、インマクラータも、その程度で倒れるほどやわじゃない。


「ヒヒィィイイイイン!」


 激しいいななきに、俺は耳をふさぐ。アモンの鼓膜破り咆哮を思い出す衝撃だ。俺は体勢低くやり過ごす。


「ホワイトサンダー!」


 俺の魔法と同時にメメが跳び退る。白雷はインマクラータを焼き、一時の忘我状態に至らせる。


「めぇええ!」


 そこにメメの拳が入る。インマクラータはよろめき、体がブレる。


 さぁ、最後だ。


「レッドソード」


 俺は戦火の剣を手に、駆け抜けながら一閃を放つ。


 インマクラータは停止する。その首元に走ったレッドソードの軌跡を追うように、散った血の飛沫が燃え上がる。


 俺は言った。


「記憶だとものすごい苦労したんだけど、アレだね。俺たちが強くなりすぎたな」


 インマクラータの首が落ちる。同時にマリアの防護障壁が砕け、インマクラータが消えていった。


「――――っ! ディアル様っ! メメっ!」


 マリアは俺たちの名前を呼びながら、並び立つ俺たちを同時に抱きしめる。


「ありがとうございます……っ。良かったです……っ。インマクラータを倒せるほど、お二人が健在で……! それに、ご迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい……!」


 すすり泣くマリアに、俺とメメは目を合わせ、二人でマリアの背中をさする。


「気にしてないよ。俺たちが倒れた時に、守ってくれてありがとう、マリア」


「めぇ、マリア、おとさまのこと守ってくれてありがと!」


「うぇぇぇぇええええん……!」


 泣きじゃくるマリアを慰めながら、俺たちは微笑む。


 ひとまず人狼事件は、一人の無辜の死者も出さずに収束を迎えたのだった。

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