第46話 人狼事件収束
事件に顛末について話そう。
俺が寮長に報告した際の反応は、あっさりとしたものだった。
「ゴッドリッチくんが関わってから、犠牲者もなく僅か一日で収束、か。いや、優秀だね」
アンドリュー寮長は忙しそうに書類に目を通しながら、ある一枚の羊皮紙を俺に手渡してきた。
「これは?」
「小切手のようなものかな。少ないけれど支援金を渡すよ。ユディミル陣営というよりは、君個人にね」
見れば大金貨五枚と書かれている。俺は一瞬目を細めてから、その金額に目を丸くした。
「あ、あの、金額おかしくないですか?」
難易度的にはちょっとした事件程度なのに、日本円換算でざっと一千五百万ほどの報酬である。ちょっと意味が分からない。
だが、アンドリュー寮長はこう言った。
「おや、少なすぎたかな。であればもう二枚……」
「ああいや多すぎるというかその」
「であれば、貰ってくれ。君への投資でもある」
「はぁ……」
十代でとんでもない金を貰ってしまった、と俺は険しい顔になる。
いや、実家でそもそも金銭に触れる生活を送ってこなかったから、あんまり金銭感覚は身についていないが、この金額がおかしいのは分かる。
これが王族か……。いや、震えるな、これは。何でも買えるじゃん。これだけもらってしまうと、ちょっと街に出て散財してしまおうかな、という気持ちが湧いてくるほど。
「じゃ、次も頼むよ」
報酬の話が終わったら、随分あっさりとした態度で、俺は寮長室から追い出された。
話これだけ? 政治的なそれこれはないの? と思ったものだったが、アンドリュー寮長は寮長なりの仕事をしてくれたのだということが、翌日に分かった。
「おい、聞いたか? 例の人狼騒ぎ、収束させたのはゴッドリッチだってよ……!」
「クソ、成績だけの頭でっかちじゃないってか。十三王子陣営は、末弟の癖にどこまで伸びる……」
「プロテス寮は今年盛り返しそうだな。カソリカ、オルソスの一騎打ちだと思ってたが、そううまくは行かないか」
恐らくだが、王子というのは学園における最も注目される人物の一人で、最も大きな情報の発信源なのだと思う。
人狼事件解決の噂が広がった結果、俺に突っかかってくる人間は一気に数を減らした。代わりにだが、遠巻きに睨まれることが増えた。
とはいえ、実際に喧嘩吹っ掛けられるよりは、よっぽどマシだろう。名声と言うのは、上がると目に見えて周囲の態度が変わるのだと勉強になった。
続いてユディミルを訪れると「なるほどねぇ」とユディミルは口端を歪めた。
「黒幕はマティアだが、物言い的に臣下の暴走以上の責任問題には持っていけないってところか。人狼薬もなかったんだろ?」
「そうだね。回収は出来なかった。死体も気づいたら毛皮だけになっててね。あれじゃあ人狼かただの狼かも区別がつかないよ」
「ま、十分だ。元々マティアは薬学に長けた王子でな、そのくらいはするだろう。王子連中はみんな、基本的に尻尾は見せないもんだ。掴めるときに掴めばいい」
肩を竦めて、そんな風にいうユディミル。俺は尋ね返す。
「ちなみに、そっちはどうだった? 同盟の持ちかけ、成功した?」
「難航中だ。にっちもさっちも行かなくなったら、親友にも助けを求めるかもな」
「ってことは、まだ手は残ってるって訳だ」
「ああ。ともかく、しばらくは好きに過ごしてくれ。政争ばっかりも疲れるだろう?」
「ハハ、そりゃあね」
ということだった。実際入学からずっと休まらなかったから、しばらくは学園生活になじむことを優先しよう、と言うのが、今の俺の考えだ。
【マティア】
マティアはその日、苛立たしげに執務室の机を、指で叩いていた。
「不愉快なものだな、出端を挫かれるというものは」
何のことを言っているかは、その場の全員が分かっていた。
薬学の天才児、マティア・ロテリー・ムーンゲイズが実験の末に開発した人狼薬が、大きな効力を発揮せずに事件収束に至ったためだ。
「一人敗れた以上、二人目の人狼を出せば『人狼を拡散させた何者かがいる』という推測が立つ。そこから人狼薬が漏れれば、余に辿り着く道筋ができる。この薬はもう駄目だ」
マティアはため息と共に、人狼薬のビンを指で弾いて倒した。
「にしても、ディアル・ゴッドリッチか……。ユディミルの腹心で、マリアの婚約者。有能だな。欲しい。欲しいが、洗脳薬を飲ませる隙はないだろう」
舌を打つ。
「であれば、殺すしかあるまい。ユディミルは何度殺そうとしてもダメだったが、ゴッドリッチはまだ分からん。ひとしきり仕掛けてみるか」
マティアはそこまで言って、視線を上げた。
その先に座る少女は、漆黒に包まれていた。闇すら飲み込みそうなほど黒い―――カラスの濡れ羽のような髪、瞳。
白いのは、その肌だけだ。肌だけが、不気味なくらい白く光を反射している。
「で、だ。お前はディアル・ゴッドリッチを殺すのならば、協力するという話だったな? 名は―――」
「イザベル、と申します。マティア殿下。イザベル・シドン・バビロニア。バビロニア侯爵家の三女にございます」
しっとりとした声音で答えたのは、漆黒の少女だった。それにマティアは「そうだ、そうだ」と何度か頷く。
「バビロニア侯爵家。ゴッドリッチ家に並ぶ呪術師の名家だったな。呪術師と王家に睨まれていながら侯爵家まで上り詰めた、油断ならぬバビロニア家……」
マティアは、品定めするように眺める。
「望みは、何だ? 好きに申せ。余が法王となった暁には、国母にだってしてやろう」
「ふふ……それは大変な名誉でございますが、お気遣いなく。わたしは家とは関係なく、この場に参上しておりますので」
「ふむ? そうか。公爵家にまで上り詰めたいと見ていたが、そうではないのだな。ならばそなたの目的は――――」
そこまで言ったところで、漆黒の少女イザベルは、口元に人差し指を当てて「しー……っ」と微笑む。
「探らないでいただきたく存じます。あるいは、わたしについて無知であること。それそのものを報酬としては、いただけませんでしょうか?」
「……なるほど、なるほど、なるほど。そうか。あい分かった。では、そのようにしよう」
マティアは一つ頷き、確認を取る。
「ではバビロニア、そなたはゴッドリッチを狙い、余は薬学的な支援を行う。それだけの関係ということでよいな?」
「構いません。むしろ、支援いただけるだけでもありがとう存じます」
「ふむ、その物言い。もしや余以外の王子にも……失敬。そなたのことを探らないのが報酬であったな」
「ご理解いただけて、幸いに存じます」
イザベルはしっとりと頭を下げて、立ち上がる。かと思えば、気づけば扉まで移動していて、影のようにいなくなった。
マティアはその後ろ姿を見届けてから、「ふむ」と腕を組む。
「家名だけでも十分な情報ではあるが、それ以外は正体不明の、ディアル・ゴッドリッチの命を狙う呪術師、か……。クク、どう転ぶか、見ものだな」
あくまでも自らの手を汚さず、種ばかり撒いて狡猾に立ち回る。
マティア・ロテリー・ムーンゲイズという少年は、お手本のようなムーンゲイズ王子だった。
悪役モブ貴族に転生したけど、召喚したのはラスボスでした。~もふもふ最強美少女魔王が闇落ちしないよう、全力で愛でることにします~ 一森 一輝 @Ichimori_nyaru666
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