第3話 覚悟と契約
俺は必死に考えていた。
「おとさま?」
魔法陣の中で首を傾げて、仔羊ちゃんはくりくりとした目で俺を見上げている。
……髪の毛もっふもふで可愛いなこの子……。だいぶ幼いから恋愛対象とかではないが、それ以上にこう、もふりたい。
いやいや違う違う。冷静になれ。
「き、君の名前を、聞いていいかなぁ?」
俺は冷や汗をだらだら垂らしながら問いかける。何故かと言えば、俺の考えが早とちりの杞憂である可能性も、まだ存在しているからだ。
何せ、こんな『貴族なら時期にもよるが全員行います』みたいな通過儀礼で、ぽんとラスボスが出てくる方がおかしいからだ。
だから、まだ可能性がある。つまり、『そっくりなだけで全然別の存在である』という可能性が。
「めぇー、実はまだないの」
「……ない?」
「めぇ! おとさまに付けてもらうまでは、名前要らないってしてきたの! だから、お名前つけてほしいの!」
にこーっ、と俺に満面の笑みを向けてくる仔羊ちゃん。うぐぐ可愛い。おとさまっていう呼び方も可愛い。何なんだおとさまって。可愛いぞクソぅ。
だが、名前がないというなら、安心してもいい……のか? 分からん。分からんけど可愛さにすべてほだされかけている俺がいる。
そう思っていると「あっ!」と仔羊ちゃんは言った。
「そうだ! 名前じゃないけど、二つ名? っていうのはあったの! 『もくしろく』? の羊とか何とか言われてたの!」
「……」
はいアウト――――! 俺は顔から冷や汗が止まらなくなる。
え、じゃあこの子マジじゃん。サモイリュ(ゲームの略称)のラスボス決定じゃん。最終的にたった一人で世界を滅ぼせる大魔王になるじゃん。
「めぇ……おとさま? どうしたの?」
「いや……ちょっと考え事をね」
俺は頭を抱えながら考える。
恐らくだが、この子はガチだ。ラスボス『黙示録の仔羊』その人だ。これはもう確定と判断してもいい事実だ。
だから、俺が考えるべきは、この状況をどう捌くべきか、という点だろう。
「めぇ?」
俺の奇行に、キョトンとしている仔羊ちゃん。その姿は純真無垢そのもの。
だが俺は知っている。最悪のルート(ゲーム本編)をたどれば、この子が世界をあっさり滅ぼすような存在になることも。
「……」
残念ながらというべきか何というべきか、実はこの召喚魔法、呼び出した召喚獣を拒否して再び送り返す、という方法が存在しない。
何故なら、僅かでも相性が悪い相手には、召喚獣はそもそも応答しないからだ。それは召喚獣から主に対してもそうだし、主から召喚獣に対してもそう。
初手お互いに一目ぼれ、みたいなレベルでない限りはマッチングしないのが召喚魔法である以上、やり直す方法など存在せずとも、歴史上これまで困らなかったのである。
「……つまり」
俺が召喚の儀を執り行ってしまったこの時点で、もはや仔羊ちゃんと平穏無事にさよならする選択肢は、ないということだ。
「おとさま? だいじょうぶ? お腹痛いの?」
心配そうに仔羊ちゃんは俺に声をかけてくる。「だ、大丈夫だよ? でも、少しだけ静かにしててね」と俺は言う。
「めぇっ! 分かった! おとさまの言うこと聞くの!」
仔羊ちゃんは言って、頬を膨らませて口をへの字に曲げた。分かりやすく沈黙しているポーズなのだろう。クソぅ何やっても可愛いぞ。本能に直撃してくる可愛さだ。
俺は息を吐く。それから、冷静に考えた。
もはや、この子を拒絶するということはほとんど不可能だ。
超強硬策で考えれば、全く手がないわけではない。魔法陣をこのままにして餓死させる。隙をついて殺す。そう言う手はあるし、世界と天秤にかければあり得ない選択肢ではない。
だが、俺にそれは出来ないだろう。良心がそれを許さないし、それ以上に仔羊ちゃんが可愛すぎて敵意を向けることができない。
となれば、次善策で行くしかないだろう。
つまり、ゲーム本編でのルートを徹底的に避ける、という選択肢だ。
もっと言うなら、仔羊ちゃんを可愛がりまくれば、闇落ちしてラスボス化という未来も避けられるんじゃね大作戦である。
「……おとさま……」
俺の沈黙に不安になってしまったのか、小さな声で仔羊ちゃんは俺を呼んだ。その様子がまた愛らしくて、俺は苦笑してしまう。
そうだ。それがいい。
そもそも俺は、前世の時点で『ラスボスを救わせてほしい』と願ったプレイヤーの一人だ。それが叶うなら、願ったり叶ったりという奴だろう。
「……うん、決めた。まずは―――」
俺は、魔法陣の防御に手を触れる。
「メメ。君の名前は、これからメメだ」
同時、バリアがガラスのように砕けた。
パリィイイン、と薄暗い部屋の中で反響するように、魔法陣の防御が砕け消えていく。これで俺を守るものは何もない。だが、その必要もない。
「……メメ?」
「ああ。少し安直だけど、気に入ってくれたら嬉しいな」
「メメ……メメ! めぇ~! メメの名前、メメ!」
仔羊ちゃん改めメメは、飛び上がって喜んだ。それから俺の懐に飛び込んできて「おとさま~!」とじゃれついてくる。
「はははっ、可愛いなうぉすっごいモフモフだ……。見た目でもわかってたけどこれほどとは……」
俺は一瞬メメのモフモフに我を失っていたが、ハッとして「じゃあ、契約の儀を済ませよう」という。
「めぇっ!」
俺は近くに備えられていたナイフで指の先を切る。ぷく、と血が出てくる指先を、メメに差し出す。すると、舌っ足らずながら、メメはこう言った。
「―――あるじの血をいただき、わが体にあるじの血を流す。すなわちわが体はあるじの体。あるじの意思はわが意思。あるじの死のそのしゅんかんまで、われ忠義をつくすとちかう」
いきなり古風なことを言って、メメは俺の指先に舌を伸ばし、俺の指をくわえた。口の中で血を舐められる感覚。こく、とメメが嚥下した瞬間、その首に十字の模様が浮かんだ。
「ん……はぁ」
ぱ、とメメは口を開き俺の指を放す。見れば、俺の指の傷はすでに消えていた。メメは頬を上気させて、俺を見上げる。
「おとさま、これからよろしくなの! めぇ~!」
「うん。よろしくね、メメ」
抱き着いてくるメメを受け入れ、俺はその頭を撫でる。そうしながら、俺は心に決めた。
これから、この子をめちゃくちゃに愛でようと。愛でに愛で、ラスボスになる余地なんか皆無の未来を目指すのだ、と。
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