第40話 前触れ

 翌日、俺がメメを連れて寮から出ようとした瞬間、背後から肩を叩かれた。


「おはよう、ゴッドリッチくん」


「アレ、アンドリュー寮長。おはようございます」


 振り返ると、そこにいたのはアンドリューだった。先日の姿に、メメが警戒した風に俺の背中に隠れる。


 一方普段通りの態度の俺に、アンドリューは優美に微笑む。


「はははっ、君はあれだけのやり取りを見ておきながら、胆が据わっているね」


 耳元でXのイヤリングを揺らしながら、アンドリューは頷く。


「これは念書を託したのは正解だったらしい」


「ああ、大切に保管してありますよ。場所は言わない方がいいですよね」


「そうだね。せっかくだし校舎まで歩かないかい?」


「ユディミルが嫌がりそうなので、ちょっと……」


 というか政治的に何か怪しそうだから嫌だ。この会話もなるべく早く打ち切りたい。


「ははは、冗談だよ。君も中々隙がないな。じゃあ本題に入ろう」


 俺の思惑を嗅ぎ取ったか、アンドリューは言った。


「君は昨今の人狼騒ぎについては聞いているかい?」


「……! はい、昨日あの後に聞きました」


「耳が早いね。同盟について、昨日の今日で悪いが、君たちユディミル派の力を借りたい」


「と仰いますと」


「この手の問題は、十三王子の誰かが仕掛けたか、その傘下の何者かが独断で始める。コトが終われば収束するが、それで敵の狙いが自分だと嫌だろう?」


「それは、まぁ」


「だから、解決に乗り出すのが通例なんだ。特に解決者になれれば、その分名が売れる。本当なら僕が対処したいが、多忙でね」


 俺は流れを察する。


「曲がりなりにもプロテス寮の俺たちが解決したら、その分寮自体の評判が上がる、って言う話ですね」


「その通りだ。ユディミルもそれを望んでいるだろう。僕にも多少の利益がある。受けてもらえるかな」


 俺はだんだん人狼イベントの詳細を思い出してくる。ちょっと苦労するかもしれないが、不可能ではないだろう。


 俺は口を開く。


「分かりました。俺の方で、その件引き取ります」


「めぇ! ダメ! アンドリュー、おとさまを都合よく使わないで!」


「メメ?」


「おとさま?」


 まさかの、メメとの意見が真っ向から食い違う形である。俺とメメは二人揃って驚きの目でお互いを見つめている。


 俺は戸惑い半分に、メメに言って聞かせる。


「メメ? これは別に都合よく使われたって言うんじゃなくて、お互いの利益を考えての、一種の商談と言うか」


「めぇ、だっておとさま、平和が一番っていつも言ってる……」


 メメが悲しそうに口をすぼめるのを見て、俺はううむと唸る。


 何せ、メメの言っていることは間違っていない。


 俺は平和が一番だと思っているのはその通りだし、人狼事件に関わるのは荒事に首を突っ込むということだ。平和ではない。


 が、順当に世間が分かっていれば、俺の判断は不自然ではないのも分かるだろう。


 荒事に関わればすなわち平和が壊れるというのではない。得られるものが平和を持続させることもある。


 俺はメメにどう説明しようか、と悩む。とはいえ、まずは寮長への返事だろう。


 寮長は戸惑ったように言う。


「ええと……召喚獣と意見が食い違うなんて場面を見るのは生涯初めてのことだけれど、時間が必要なら待とうか?」


「いいえ、失礼しました、アンドリュー寮長。この件はお受けします。メメにはその、後で言って聞かせておきます」


「めぇえ……?」


 メメは理不尽にあったという顔をしているが、人生ではそう言うことも頻発するのだ。


 俺に付きっきりだったのが良くなかったかなぁと多少思ったりもするが。俺以外の人間とも行動させて、色んな価値観に触れさせた方がいいだろうか。


 ううむ。気分は完全に子育てに悩む父親だ。前世込みでもそこまでの人生経験はないので、悩みどころである。


 ともあれ、俺の返事に、アンドリュー寮長はこう答えた。


「助かるよ。ユディミル共々、一つ借りにしておいてくれ」


 では、とアンドリューは去っていく。俺はメメと共に、その背中を見送るのだった。






 さて、事後承諾的にユディミルにその話をすると「そうだな、やるか」と快諾を受けた。


「兄上め、中々ウマい案件を回してくれるじゃないか。受けたのは悪くないぞ、親友」


「うん、俺もそう思ったから受けたよ。ひとまずは、アンドリュー寮長は同盟をやってくれるみたいだね」


「メンツはどう揃える?」


「まずは俺、メメ、ユディミルでしょ?」


「ああ、すまん。言い忘れていた。オレは別件がある」


 俺はズッコケる。「何?」と聞くと「もう一人、個人的に同盟を結んでおきたい兄上殿下がいてな。長丁場になりそうなんだ」と肩を竦めた。


「分かったよ。それはユディミルにしかできない仕事だ」


「理解があって助かるぞ、親友」


「じゃあ、そうだな……ロムも誘えたら誘たいけど、地味に俺も入学以来会えてないし」


「オレもだ。噂では学園内、都市内、果ては都市外の近隣ダンジョンにまで目撃証言があるぞ、あいつは」


「この二日で意味分かんないくらい飛び回ってるねロム……」


 もしかして100%RTAでもしようとしてる? いや、あれだけの召喚獣とパンジャンドラムがあれば、多分序盤の敵はザコ同然だろうけど……。


「ロムは諦めた方が良さそうだね」


「マリアはどうする」


「危ない事件だし巻き込まない方が良くない?」


 俺が難色を示すと、ユディミルはからかうように笑う。


「過保護だな親友。お前、マリアのこと舐めてるだろう。あいつは意外に強いぞ?」


 俺は原作知識で思い至るところがあったが、アレは存在自体がのようなものだったので、首を振る。


「召喚獣でしょ、マリアの。騙そうったってそうはいかないよ」


「ハッハッハ! 何だ、知ってたのか。マリアが恥ずかしがってたから、てっきり親友には隠しているものだと思っていたが」


 まぁ実際には聞いていないが、アレを恥ずかしがる気持ちは分かる。普通あんなふうにならないもんな。絶大な資質と召喚獣の圧倒的教育不足の悪魔合体だ。


「ともかく、マリアは呼ばない。この件は俺たち三人で対応しよう」


「分かった。ま、オレと親友、そして遺憾ながらチビ羊が揃ったなら、怖いものなんてないだろう」


 今日の放課後から活動開始だ。そう言って、ユディミルは立ち上がった。






 そんなやり取りを、意図せず遠巻きに聞いていた人物が、一人、そこにいた。


「……あまり聞こえませんでしたけれど、仲間外れにされてしまったのでしょうか……?」


 二人の話す場所からちょうど死角になる位置。そこに立っていたのは、マリアだった。


 マリアは少し考え、ぷくっと頬を膨らませる。


「ずるいです、お兄様ばっかり! わたくしももっとディアル様やメメと一緒にいたいのに!」


 こうなれば、コッソリついて行っちゃうんですからね、とマリアは一人画策する。

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