第39話 姉上ズと積もる話

 夕方ごろ、プロテス寮で食事を終えて、談話室の辺りをうろうろしていると、こんな声をかけられた。


「見つけたわよナマイキディアル!」


「あ~! 入学しても中々会いに来なかった弟だ~!」


「あ、久しぶり。サテラ、ルルフィー」


 俺の挨拶に「久しぶりね!」と多分怒ってなかったサテラが返し、「それだけ~? 寂しくて泣きそうだったとかないの~?」とルルフィーがちょっと拗ねている。


 そう言えば去年の冬休みに、二人が帰ってきて以来だったな、と思う。


 いや、挨拶に行こうとしてはいたのだが、忙しかったのとシンプルに探すのが大変だったのだ。


 すっかり前世で言うところの高校生と言った風に成長した二人は、シャワー上がりなのか髪に水滴を滴らせていて、ちょっと色っぽく見えた。


 俺は身内にこの感想は良くないなぁ、と目を細める。いや血は繋がってないけども。


 特にルルフィーは、この年でも露出が多い着こなしをしているから心配になる。


「ルルフィー、他の人の目もあるんだし、もうちょっと肌隠して」


「や~だ~♡ ディアルがえっちな目で見てくる~♡」


「このやり取り数年前にやらなかった?」


「ディアル! ……露骨なのは良くないわよ?」


「サテラのマジ説教思ったより効く」


 小声でそっと教えるように言うのは止めて欲しい。本当に俺が悪いんだなって気持ちになる。絶対悪くないのに。


「仕方ないな~♡ ディアルを欲情させちゃったら大変だから、もう一枚羽織ってあげる~♡」


 言いながらカーディガンを着込むルルフィー。何で嬉しそうなのかは皆目見当もつかない。


 ということで、姉上ズとの再会である。何だか懐かしいな、と思わなくもない。


 この一年は俺もロムの受験勉強で手いっぱいだったし、姉上ズも長期休み以外帰ってこれないしで、かなり会う頻度は低かったのだ。


 それに子供というのは少し目を離すとすくすく成長するもので、今までクソガキのイメージが強かった二人も、今では立派な美少女という雰囲気がある。


 それで言ったらそりゃ年上だしそうなのだろうが。


「ま、積もる話もあるし、そっちで話しましょ」


 サテラに言われ、俺たちは側にあったソファの一角に収まった。


 談話室というのは小さな机を囲うソファの塊が複数あって、そこで数人集まって話す、というような作りになっていた。


 それで俺たち三人はソファに腰掛け、一息を吐く。周りはまだあまり人がいない。


「っていうか、メメは居ないの?」


 サテラに聞かれ、俺は答える。


「もうお眠の時間だからね。部屋で寝てるよ」


「ふぅん。起こすのも可哀想だし、また今度ね」


「何だかんだ、サテラ、メメ好きだよね」


「そりゃあ家族だもの。当然でしょう?」


 何をいまさら、という顔で言う。サテラはいいお姉ちゃんになったなぁとちょっと感動する。


「っていうか~、ディアル、まだメメとお風呂入ってたりしない~?」


 そこにルルフィーがぶっこんできた。


「昔はまだメメも小さかったから良かったけど~、今はメメも結構大きくなってきたし、良くないんじゃな~い?」


「ルル、流石にメメコンのディアルって言っても、この一年で卒業してるでしょう」


「どうかな~? ディアルならありうると思ってるけどな~? キャハハッ」


「そんな訳ないでしょう。ねぇ、ディアル」


 サテラに同意を求められ、俺は目を合わせずに答えた。


「……ウン、モチロン入ッテナイヨ」


「ね? ほら。流石に入ってないわよ。メメも多分十三歳くらいの背丈だろうし」


「そっか~。まだ入ってたら盛大にイジってあげようと思ったのに」


 ちぇ~、というルルフィーに、俺は初めて心底恐怖を覚える。


 いや、だって、今朝も入ったもん、一緒に。いまだにメメ、自分の髪の手入れできないし、というか俺がずっと手入れしたいし。


 シャワーが一室につき一つ付いていて、本当に良かったと思う。変な乱入がない限りはバレないしな。マジでよかった。危ない。


「そ、そういえばさ、去年の二人ってどんな感じだったの?」


 俺は可及的速やかに別の話題に移りたくて、そんな風に尋ねる。


「そうね……。政争には巻き込まれずに済んだわ」


「大変だったよねぇ~、一回巻き込まれかけて、結構必死に逃げたもんね~」


 明らかに政争から縁遠いこの二人から出てくる言葉とは思えなくて、俺は目を丸くする。


「何があったの」


「王子の部下同士の殺し合いを見ちゃったのよ。そう言うのってほら、目撃者は全員消されるものでしょう?」


「息ひそめて、その人たちが離れたタイミングで急いで逃げたんだよね~。そしたらアタシたちの他にも目撃者が居たらしくって、そっちはバレて、うぇーって」


 ルルフィーは舌を出して、首を掻き切るジェスチャーをする。俺はドン引きしながら「その」と聞く。


「この話、こんな人がいる場所でしても大丈夫?」


「大丈夫よ。その事件関係者は結局全員死んだし、明るみに出てるから」


「いや~しばらく生きた心地しなかったよね~。あ、他にはないよ~、流石に。本当にそれくらい」


「その話だけでも十分心配するんだけど……」


 すげー怖い話を聞いている、という感じがする。するとルルフィーがニマニマ笑いながら、俺の首に抱き着いてくる。


「え~♡ 心配してくれるの~? やだぁ~ディアルのシスコ~ン♡」


「姉のことを心配だなんてナマイキね! けどまぁ、悪い気分じゃないわ」


 ルルフィーに抱き着かれ、サテラは顔を赤らめてそっぽを向き、この姉上ズは意外にチョロいのかもしれないな、と俺は思う。


「あ、でも~、ディアルも気を付けてよ~?」


「え? 何をさ」


「最近、人狼が夜の学園をさまよってるっていう噂があるのよ」


「人狼?」


 何だそれは、と俺は怪訝な顔になる。原作でそんなイベントがあったようななかったような。


「ええと、イマイチ俺、二人が何を言いたいのか分かってないんだけど……魔物が迷い込んでるって話? 気をつけろって言うのは」


「話としては怪談だけど~」


 何だか歯に物が挟まったように、ルルフィーはもにょもにょと言いよどむ。それにサテラが、声量を落としてこう言った。


「気をつけろって言うのは本音よ。こういう怪談話が流行った後は、必ず誰かが死ぬから」


 去年得た知恵よ、とサテラは言った。俺は改めて、『この学校マジで怖いな』と血の気が引く。

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