第38話 プロテス寮寮長、第二王子アンドリュー

 エデン魔法学園には、三つの寮がある。


 長い歴史を誇るカソリカ寮。


 改革と商売を尊ぶプロテス寮。


 文化と伝統に沸くオルソス寮。


 という分類訳はされているが、基本的に『何か偉そうなのがカソリカ』『喧嘩っ早いのがプロテス』『うるさいのがオルソス』というのが典型的だ。


 基本的に上級貴族はカソリカに行きやすく、下級貴族や事情があって冷遇されているのがプロテス、権力争いから遠いのがオルソスというのが通例である。


 なので俺、ユディミル、マリアはプロテス寮。ロムだけ一人でオルソス寮に配属されている。


「ここだ」


 ユディミルはプロテス寮に入って、最上階にあがった大扉の前でそう言った。


 ノックを四回。すると、扉の奥から「どうぞ」と優美な声が返ってくる。


「失礼する」


 そう言って、ユディミルは中に入っていった。それに続き、俺、メメ、マリアの三人は入室する。


 そこで待ち構えていたのは、片耳にXのイヤリングを下げた青年だった。


「ようこそ、ユディミル。そしてユディミルに付き従う少年少女たち」


 青年は向かい合うソファの奥手に座り、手前側のソファに座るよう、俺たちに手で促してくる。


 俺たちが揃って腰掛けると青年は名乗り始めた。


「初めまして、僕はムーンゲイズ法国第二王子アンドリュー・クロス・ムーンゲイズ。このプロテス寮の寮長を務めている」


「ディアル・ゴッドリッチです」「めぇ! おとさまの召喚獣のメメなの!」


「ほう、君が……。よろしく、ゴッドリッチくん。君とは仲良くしたいものだ」


 俺とメメ以外は知己と見えて、ユディミルもマリアも自己紹介はしなかった。「それで」とユディミルが早速本題に入ろうとする。


「用件は書状の通りだ。返答を聞かせてもらおう」


「同盟、ということだったねユディミル。まぁ、概ね賛成だ。第二王子だから継承権自体は兄上、ヨハネに続いて高いものの、プロテス寮には王族が少ない」


 第二王子アンドリューは、指折り数える。


「カソリカ寮は兄上、第四王子ヨハネを始めとして、五王子に三姫、オルソス寮には同じく五王子に二姫、そして僕らプロテス寮は、君たちの加入でやっと三王子二姫だ」


 聞きながら、俺は原作設定を思い出す。確か第四王子ヨハネが法王の正室……お妃様の第一子なんだよな。だから生まれは四番目だが、継承権は一位と高い。


 ため息をついて、アンドリューは首を振る。


「正直、プロテス寮は抱えている王子の数的に、寮対抗戦であまりに不利だったからね。その上ユディミルと敵対なんて目も当てられない。同盟は願ってもない申し出だよ」


「ああ、受け入れてくれてありがとう兄上」


 そのやり取りを見て、俺は何だ、と拍子抜けした。初めての政争だなんて言うからよほど激しい罵り合いでもあるのかと思っていたのだ。


 一応派閥争いのようなものはやはりある……というか日中で痛いほど実感してはいたが、寮内では穏やかに済みそうだ、とホッとする。


 後は成り行きを見ているだけでいいな、と思っていたら、アンドリューは言った。


「で? ユディミル、そろそろ本音を言えよ。娼婦から生まれた穢れた血が。お前が王になろうとしていることくらい、こちらが掴んでいないと思ったのか」


「ハハハ! ようやくその陰湿な本性を現したな兄上。側室生まれを気にする矮小さが、悪態によく表れている」


 ―――前言撤回。予想を遥かに超えた罵り合いで、俺の冷や汗がドバっとあふれ出てきた。原作でも聞かなかったぞこんなの。


「めぇ……」


「本当に恥ずかしいです……」


 メメは怯えて俺の腕を抱きしめ、ユディミルを挟んだ先でマリアの顔が死んでいる。


 これは、なるほど。王位継承争いが、同盟交渉の席でこれなら、そりゃあ暗殺の一つや二つ、簡単に飛び交うだろうと納得させられる。


 一言一言に、憎悪が籠り過ぎているのだ。あるいは―――殺意が、見え隠れしている。


 ユディミルは言う。


「本音、本音ねぇ。同盟を組もう、というのには実際嘘はない。どうせどこかで裏切るというのは、お互い言わずもがなだろう?」


「ふん、そうだな。お前が僕に王位を譲るとは到底思えん」


 それは俺も思う。ユディミルほど自我の強い奴も中々いない。


 ユディミルは言う。


「だが、排除するにも順番というものがある。寮対抗戦などで敗北を喫すれば、その分影響力を失うからな。同じ寮内で食いあうのは後回しだと伝えたかったのは大きい」


「同意見だ。王子の数の多いカソリカ、オルソスならばともかく、我らに共食いする余裕はない」


「そうだ。だからオレは同盟の申し出た。受け入れてくれるんだろう?」


 ユディミルの念押しに、しかしアンドリューは口を曲げた。じっとユディミルを睨みつけ、言う。


「理屈は分かる。だが、気に食わんな。お前は残る十二王子全員を、一人とて仲間と見なすつもりはないだろう。いずれ僕を殺そうとする奴を懐に入れるのは不快だ」


「……へぇ、なるほど。なら、これでどうだ」


 ユディミルは、ニヤリと悪辣に笑って、こう言った。


「今回の同盟の交換条件として、オレはアンドリュー・クロス・ムーンゲイズ兄王子殿下の命を、奪わないと誓おう」


「……」


 その申し出に、アンドリューは黙した。しばらくの沈黙。俺は恐れる。


 何せ『同盟を組んでくれたらお前殺さないでやるよ☆』とか舐め腐っているのにも程がある。何でこれが通じると思ったんだユディミル。マジかお前。


 そう思っていたら、アンドリューは言った。


「良いだろう。魅力的だ。その申し出を受ける」


 マジで?


「ユディミル。お前のことを褒めるなど、本当なら口が裂けても嫌だし、カソリカ寮の王子たちならそれこそ本当に口が裂けてもしないだろうがな」


 アンドリューはそう前置きをして、ユディミルの目を見て続ける。


「個人としての資質を元に考えるなら、お前を恐れていない王子は一人もいない。あらゆる暗殺者を、八つ裂きにして庭に並べた実力と残虐性。僕だってお前が一番怖い」


 そんなことしたのこいつ? と俺はユディミルを見る。ユディミルは無言のまま、ただ不敵に微笑みを保っている。


「そんなお前に『裏切れど殺さず』と約束してもらえるなら、同盟を拒む理由はない。どうせお前とは同盟を組む必要があったのだしな」


「理解してもらえて助かるぞ兄上」


「だが、口約束ではダメだ。念書を書いてもらう」


「ああ、問題ない。いくらでも書こう」


 アンドリューは懐から正式な文書を思わせる模様の入った羊皮紙を取り出し、さらさらと条文を書いた。内容はただ『ユディミルはアンドリューを殺さない』というもの。


 ユディミルはそれに淡々と自らの名を記す。それを回収したアンドリューに、からかうようにユディミルは言った。


「それで? 誰にその念書を託す。死後に確実に公開してくれる相手でないと、オレへの抑止力にならないぞ。よく考えることだ」


 完全に勝ち誇った態度で、ユディミルは言う。こいつ性格わっるいなぁ~、と改めて思う。優しいのは身内だけか。まぁ身内の間はそれでいいが。


 するとアンドリューは意外にも、穏やかな表情で言い返した。


「ああ、託す相手はすでに決めている。―――ゴッドリッチくん、君に預かってもらってもいいだろうか?」


「はい?」


 完全に輪の外にいると思っていたから、俺は甲高い声を上げてしまう。それに、珍しく慌てた様子で、ユディミルが言った。


「は? おいおい、何故親友に託す。親友はオレ陣営だろう」


「ユディミル、お前は基本的には間違った手を打たないが、状況によっては信用を捨てるしたたかさがある。念書だって、場合によっては奪って僕を殺すくらいやってのけるだろう」


 アンドリューはユディミルを睨む。


「実に悪辣かつ狡猾。隙を見せない用心深さには恐怖すら覚える。だからお前はその性質故に、極めて善良な相手以外、味方にしたがらない」


 そして、とアンドリューは俺を見た。


「お前がここまで信任を置く―――主席合格者を押し付けるような相手は、恐らくお前ですら御しきれないほどの腹心ということだ」


「ぐ……」


「つまりは」


 アンドリューは俺に念書を託しながら、ふっと笑った。


「お前が不誠実な振る舞いをしたとき、躊躇わず誠実に、主のお前を追い詰めるのがゴッドリッチくんということになる」


 ―――そういう味方だからこそ、お前はゴッドリッチくんを殺せないだろう?


 俺はアンドリューの念書を受け取りながら、感心してしまう。


 確かに俺は、ユディミルのことを信じているし、それが裏切られればユディミルの敵になる。それが親友としての役割だと思うから。


 逆にユディミルは、一本取られた、という渋い顔でアンドリューを睨んでいた。


「よくよく人を見ている奴だな、臆病者の兄上め」


「負け惜しみにしか聞こえないな、ユディミル。大方天才を連れてきて僕に圧力をかけたかったのだろうが、お見通しだ」


 アンドリューは視線を俺に切り替える。


「そういう訳で、よろしく頼むよ」


「ははは……はい、承りました」


 苦笑交じりに、俺は念書を受け取った。


「うふふっ、ディアル様はお兄様の弱点ですね」


「めぇ! ユディミルに痛い目見せるのは、いつもおとさまなの!」


 マリアとメメの追い打ちに、ユディミルが「しくじった」とそっぽを向く。

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