第42話 不気味な道、響く足音

 昼寝から目覚めると、メメが俺の胸元に抱き着いてこう言った。


「めぇ! おとさま、メメ頑張って人狼のお話聞いてきたの!」


「えっ? 本当に?」


「めぇ! メメ大活躍!」


 誇らしげに薄い胸を張ってふんすとやるメメである。どうやら頑張って聞き込み調査をしてきたらしい。


 俺はメメが頑張ったら、全力で褒める主義である。なので、力強く抱きしめ頭を撫でまくった。


「すごいぞ~~~メメ~~~! いつの間にそんなすごくなったの~~~!?」


「めぇ~~~!」


 もふもふわしゃわしゃにされて、メメは嬉しそうだ。


 にしても、俺としても何だかメメの成長を見て誇らしい気持ちだった。ずっと俺から離れたがらなかったメメが、一人で行動して成果を持って帰るとは。


 ……ちょっと寂しいが、これも成長である。俺はにじんだ涙をそっと拭いつつ、問いかける。


「じゃあ、どこに人狼が出たのか教えてもらっていい?」


「めぇ! こっち!」


 メメは俺の手を引いて歩き出す。俺は手を引かれながら、成長したなぁと涙がちょちょぎれる思いだった。






 メメに連れられてきた先は、学園の少し奥まった先の、地下の渡り廊下だった。


「めぇ! ここで襲われたんだって!」


「ここか……」


 俺は腕を組む。それから周囲を見回しつつ、立地について考える。


 エデン魔法学園は実に入り組んだ学校で、奥へ奥へと進むとどこまでも行けてしまう。


 そうして行きつく先には、闇の魔術師の隠し部屋やら過去に殺された王子の秘密やらが眠る洞窟があって、まぁ中々に危険なのだ。


 そして、この奥まった地下の渡り廊下は、そういう場所に繋がっている道の一つだった。


「……」


 人狼事件は、ゲームでのイベントでは、情報収集→痕跡追跡→遭遇からの戦闘→勝利! というシンプルな事件だ。


 実際、それでもアンドリュー寮長の要望は達成されるだろう。しかし、背後関係は分からないままに終わる。


「……もしかしたら、やり方次第で背後情報まで洗えるかもしれないな」


「めぇ?」


「メメのお蔭で、もっと色んなことが分かるかもって話」


「めぇ!」


 上機嫌なメメを優しく撫でつつ、俺たちは歩き出す。


 注意深く観察してみれば、なるほど、確かに人狼が暴れたらしい痕跡が、そこらから見て取れた。


 土の足跡、暴れたのだろう壁の爪痕、この水滴の跡のようなものは……ゲームであったな、涎が垂れた痕跡だ。


「奥に続いてる」


 俺はさらに薄暗い横道に目をやった。そこからは、生温い風が弱く吹き込んでいる。


 外に続いているということだ。だが、記憶上ではこの道に外への出口はなかったはず。とするなら――――秘匿された出入り口がある。


「悪だくみにはちょうどいい場所だね」


「めぇ? おとさま、また悪だくみ?」


「またって何さ、またって」


「ロムのときも、おとさま悪だくみって言ってた」


「二年前のことをよく覚えてるね……」


 俺は苦笑しつつ、先に進む。


「めぇ、暗い……」


「迷子にならないように捕まってて」


「めぇ」


 メメが俺の腕に捕まってくる。俺は「レッドソード・ナイフ」と唱えて、小さいサイズのレッドソードを明かり代わりに呼び出した。


 レッドソードは、常に火に帯びている。だからこういう暗がりの中では、光源として役立ってくれる。


 カツン、カツン、と俺たちの足跡が、石造りの廊下に反響している。メメが怯えた声で「めぇ~……」と蚊の鳴くような声を上げる。


 原作の時点でも中々不気味な道ではあったが、現実に歩いていると何割増しで不気味だった。ほぼ身の危険から縁遠い身でも、ゾクゾクとするものがある。


 そうやってゆっくり歩いていると、メメが小声で俺に耳打ちしてきた。


「めぇ、おとさま。何か足音、多い気がする……」


「……ホントに?」


「めぇ、メメ嘘つかない~……」


 メメは直接の脅威よりもホラーっぽいのが苦手らしく、涙目で今にも泣きそうな様子で俺に言ってくる。


 俺は眉を顰めながら、メメに予告なくピタ、と足を止めた。


「めっ……」


 遅れてメメが足を止める。メメの足音が響く。俺は耳を澄ませ――――


 メメの言う通り、もう一つ、足音が遅れて響くのを聞いた。


「……メメ」


「めぇ……」


 俺は顔を青くし、メメは恐怖で目を潤ませている。


「とっ、とりあえず広い場所まで走るよ!」


「め、めぇ~~~!」


 俺とメメは、揃ってダッシュし始めた。後ろから響く足音が、速度を上げて追ってくる。


 走りながら、何者だ? と考える。


 人狼か? いや、人狼ならもっと荒ぶっているはずだ。人狼のまま、狼のように狩りに知性を回すということを人狼はしない。


 なら、誰だ。俺と同じく人狼を追う別の王子陣営? そこで俺たちを見つけてツケ始めたか。


 廊下を走り切り、広い空間に出る。吹き抜けのある空間の、二階部分だ。床には絨毯が敷かれ、高価そうな調度品が並んでいる。


「っ?」


 俺は想定外に整えられた空間に出て戸惑う。何せ原作の時点でもえげつないほど入り組んだ構造をしているエデン魔法学園だ。こんなところ、原作でも来たことがない。


 だが、どう振舞うべきで、どんなことをしてはいけないかは何となくわかる。


「メメ、俺と同じ動きを!」


「めぇっ」


 俺は素早く二階地面のヘリにつかまり、今までの廊下から見えない場所にぶら下がった。自重に耐えるくらいの握力は余裕である。メメも同じだ。


 そうして数秒待っていると、俺たちを見失ったらしい尾行者が、慌てた様子で現れた。こちらには気づく様子もない。


「メメ、同時に仕掛けるよ」


「めぇ……!」


 俺は片手でぶら下がり、メメに指で、三、二、一、と減らしていく。そしてすべての指を折ると同時に、腕の力で素早くヘリから飛び出し、尾行者に飛び掛かった。


「えっ、ひゃっ、キャァアアっ!」


「捕まえたぞ! 俺たちに何の用、だ……?」


「めぇ! 捕まえ……?」


 俺とメメが素早く襲い掛かって床に制圧したのは、ピンクの髪を広げて、涙目で震える、見覚えのある少女だった。


 見覚えがあるというか、この子……。


「……マリア?」


「めぇ! マリア! ……何でここにいるの?」


「それはッ、こっちのセリフです~~~!」


 襲われた衝撃と、その襲撃者が俺たちだった安堵の両方で訳が分からなくなったのか、マリアは泣きながら俺たちを叱りつけた。

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