第43話 秘密の会合

 マリアの話を聞くに、どうやら仲間外れにされたという認識だったらしい。


「ま、まさか人狼の噂だなんて、そんな恐ろしいことを調べていただなんて……」


「聞かなかったの? 今かなり噂になってるよ」


「……その、わたくし立場が立場と申しますか、お友達と呼べるのがディアル様のお姉さま方と、ロムくらいのものでして……」


「ああ……」


 要するにボッチだからそういう情報が全然入ってこないということだった。いや、俺も似たような境遇ではあったけども。


 涙目で髪を整えながら、マリアはしょぼくれた顔をしている。メメはマリアの頭をよしよしと撫でている。


「ディアル様、せっかく入学してまた会えるようになりましたのに、中々会う機会がなくて……。わたくし、寂しゅうございました……」


 目元を赤くして拗ねるように言うマリアに、俺は苦笑交じりにその手に触れる。


「婚約者のマリアを除け者にしようなんて思わないよ。ただ、危険なことをするときは、大切な人を遠ざけたいって思うのは、不思議じゃないでしょ?」


「はい……。わたくしの浅慮でした……」


「……ううん。俺も悪かったよ。何か行動を起こすなら相談すべきだった。それに、マリアには俺も会いたいと思ってたんだ」


 マリアは俺の手を取って、躊躇いがちに頬に寄せる。俺はそれに逆らわず、そっとマリアの頬に触れた。


 それで、マリアの緊張がほぐれる。安心した様子で、俺の手に頬をこすりつけている。


 そこでメメが言った。


「めぇ! おとさま、メメは? メメ、危険なのに遠ざけられてないってことは、大切じゃない?」


「メメはだってこの程度危険じゃないじゃないか」


「……?」


「あー、えっと、アレだよ。生まれたての赤ちゃんには台所も危険だけど、鍛え上げられたユディミルなら戦場も危険じゃない、みたいな」


「めぇ、ユディミルは大事じゃないの」


「それはメメだけね」


 メメは目を細めて「めぇぇ……」と唸っている。メメはユディミルの話をするとすぐに不機嫌になるな。


 ともかく、マリアには人狼が出かねないような場所は危険だ。一旦引き上げて、後々で直すのがいいだろう。


 俺はマリアの手を取って立ち上がらせ「いったん帰ろうか」と呼びかける。マリアが「はい。ごめんなさい、変な勘違いをして」と話す途中で、メメが言った。


「めぇ、おとさま、足音」


「―――――っ。二人とも、来て。息を潜めて」


「めっ、めぇ」「えっ? な、何ですか? ディアル様、どうされたのですか?」


 俺は疑問に答える余裕がなく、かなりの早足で二人を連れて道の先に進む。


 俺たちがいたのは、奇妙な吹き抜け空間の二階部分だ。先に進むと一回に繋がる階段がある。


「下りるよ」


 俺は短く告げて、三人で降りていく。下りた先にも豪華な調度品が置かれていて、裏ぐらいのを我慢すれば優雅なひと時が過ごせるだろう。


 つまりは、そういう身分の人間が、この場で過ごすことが想定されている。


「隠れる場所……あっちだッ」


 俺はクローゼットを見つけ、開け放った。すでに足音は二階部分に響き始めている。声も聞こえるが、くぐもっていて聞こえない。


「ここに隠れるよ」「めぇっ」「は、はい」


 俺たちは素早くクローゼットに三人で入り、身を隠す。


 息を殺す。心臓がドクンドクンと鼓動している。


 もう少し時間が経つと、足音の主が現れた。二人。隙間から見て、俺は片方に見覚えがあったが、何というキャラかを思い出せない。


 目立つのは、斧のアクセサリーが垂れるブレスレットだ。腕の端から、小さな斧が揺れている。


「(……お兄様……?)」


 マリアの小声に、俺は尋ねる。


「(マリア、知ってるの?)」


「(は、はい。あの方はわたくしの兄上殿下の一人、マティアお兄様です。もう一人も、マティアお兄様のお付きの方だったかと)」


 マティア、第十二王子だっただろうか。俺は段々と思い出し始める。


 そういえばマティアってアレか。原作ユディミルが知らん内に排除していた王子の一人だ。オルソス寮である。


 そう、原作でもユディミルは有能なので、知らん内に結構な数のキャラを倒していたりして、その関係で覚えていないキャラがままいるのだ。


 当時は有能だなぁ、と済んだけど、前世の記憶便りの俺としては、中々に厄介な要素である。ユディミルめ、許さんぞ。


 という冗談はさておき、俺はマティア十二王子たちの会話に耳を傾ける。


「体の調子はどうだ」


「そうですね……悪くないです。むしろ良いかもしれません」


「そうか……、ふ、ふふ、ふふふははは。いや、中々面白い実験だったな。まさか人狼になれる薬なんてものが手に入るとは」


 マティア王子は、手元の小瓶をうっとりとした面持ちで見つめている。それに、俺たちは揃って険しい顔だ。


「人狼騒ぎは随分と噂のようだったな。実際、とてつもない戦闘力だった。好成績の生徒の召喚獣を軽々に薙ぎ払い、その上誰の目にも止まらぬとは」


「手加減には失敗してしまいました。あそこまでの怪我をさせるつもりはございませんでしたから」


「なに、そんなものは些事だ。どうせ我が派閥には与しない、カソリカ寮の貴族よ。むしろ、命を取らなかっただけでも十分温情があるというものだろう」


 先ほど訪ねた怪我人の生徒だろうか。貴族の子女相手でも、あまりに軽い生命観。これが政争に慣れ親しんだ王族か、と改めて思う。


「薬が効いている間も意識はあるのだったな」


「はい。多少意識と認識が粗暴になりますが、制御は可能でした。ただ、力加減が難しくなります。壊すだけなら簡単ですが、程よく壊すのは困難かと」


「ふぅむ。使い方が考えさせられる話だな。とすると、散々に壊してもいいものに対して使うのがいいか。例えば―――」


 マティアは、ニヤリと笑う。


「邪魔な他の兄弟殿下たちとかな? ははははは」


「……お戯れを」


 部下らしき人物が諫めると、マティアは肩を竦めて受け流す。


「そうだな、戯れだ。本気にするなよ? これはちょっとした冗句というものだ。もっとも、優秀なお前が勘違いするとは思えんが」


「ええ、その通りにございます」


 歪で、不可解なやり取り。王子と言うのは、ここまで迂遠に話すものなのか、と思う。言いたいことははっきりと伝わってくるのに、断言をどこまでも避ける。


 これを見ていて思うのが、ユディミルについて良かった、ということだ。あんな風に会話されたら、苛立たしくて悪態をついてしまう。


「いやはや、幸運というものは不意に飛び込んでくるものだな。有意義に使わねばならん」


「そうでございますね、殿下」


「さて、どのように使うのが有意義かな? 非才の身には、とんと見当もつかぬ。だが、有意義に使い、我が権力を高めてくれた者には、褒美を与えねばならんな」


「……御意に」


「ははははは。まったく、余は果報者だ。では、良きに計らえよ。ははははは」


 マティアは部下に薬を押し付け、悠々とこの部屋から出ていった。それに、メメがよく分からない、という顔で俺の服を引っ張ってくる。


「(めぇ、おとさま。どういうこと?)」


「(……アレは、要するに『他の王子を人狼の薬を飲んで殺せ。だがそれを指示したのは自分じゃなく、お前が思いついただけだ』って話してたんだよ)」


「(めぇ……!? そんなひどい命令、従わないの!)」


「(いいや、彼は多分従うよ。少なくとも褒美は約束されているからね。恐らくそういう大盤振る舞いが上手いんだ、マティア殿下は)」


 俺はマリアに視線をやる。マリアは恥ずかしそうに、こくんと首を縦に振った。


 そういうことだろう。これが王族の政争というわけだ。とにかくリスクを取らないままに攻撃を重ねる。だから家臣同士の殺し合いが激化する。


「(ですが)」


 マリアが、小声で付け足した。


「(きっと、上手くは行きません。王族は強力な召喚獣に恵まれやすいですから、恐らくは人狼の彼が負けて終わりです)」


「(そして、人狼の彼もそれは分かってる。とするなら、真っ先に狙うのは王子じゃなく)」


「(はい。……王子の周りの面々。その中でも優秀かつ戦闘能力に欠ける者から、じわじわと殺していくのでしょう)」


「(めぇ……!?)」


 えげつない。そう思う。実際、原作ではモブからどんどん襲われていった。


 人狼事件を放置していると、各王子陣営の勢力値(ルート分岐に関わる値)がどんどん減っていくのだ。人が死にまくるからだと思っていたが、そういう理屈だったのか。


「(ここで止める必要がある)」


 俺がそう言うと、二人は頷く。戦闘準備を整えてきてはいないが、生徒一人なら敵ではない。それに、これを放置すれば今日にでも死人が出るだろう。


 俺はメメに視線をやる。メメはクローゼットの扉に手を当てて、飛び出す準備をした。逆にマリアは奥に引っ込んで、姿がバレないように努めている。


「(三、二、一、で飛び出すよ。三……)」


「(っ! 見てください、ディアル様!)」


 俺がカウントを始めた瞬間、マリアが外の様子を窺うように促してくる。何だと思ってみれば、マティア殿下の部下はおもむろに人狼薬を飲み干していた。


「ぷはぁ……。ああ、いい気分だ……」


 ごき、ゴキゴキゴキ、と生徒の姿が変貌していく。


 百七十センチほどだった体躯が、二メートル、さらに三メートルと巨大化する。四肢の太さは三倍を超えて太くなり、服が破れて布切れになる。


 そうして、毛むくじゃらの体から、制服だったものがハラリと滑り落ちた。そこに立つのは、二足歩行の巨大な人狼。


 人狼は、俺たちに背を向けて立っていた。そうしながら、すん、と鼻を鳴らす音が聞こえる。


「ニオウ……ニオウゾ……人間のオスと、メスと、羊のニオイ……!」


 まずい。そう思った瞬間、人狼の姿が掻き消える。その直後、衝撃が訪れた。

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