第5話 メメとサテラ
もちろんメメの雷が大ごとにならない訳もなく。
俺含む当事者四人に、騎士団長、そして父上が、顔を合わせて沈鬱な顔を突き合わせていた。
「……ディアルの説明は分かった」
父はそう言って、非常に難しい表情で唸る。気持ちは痛いほどわかる。これほどまでの難事は、家庭内で起こるものではない。
「ディアルの召喚獣……メメと名付けたのだったな。そのメメが、いつものサテラ、ルルフィーのちょっかいを本気にして、癇癪であの雷を落とした、と」
「すべて俺の責任です。メメを処罰するようなことはないようにお願いします」
俺が毅然として言うと、「ぅ……」と叱られたような涙目で、メメが俯く。
しかし、父は首を横に振った。
「いいや、土が捲れた程度のことで厳罰に処す親もいるまい。それに二人を守り抜いたのは他でもないディアル、お前だ。何も叱ることはない」
「……はい」
「だがまぁ、今回のことで姉二人はそろそろ弟に対するちょっかいの掛け方を考えた方がいいかもしれんな? 弟が気になるのは分かるが、次こそ死にかねんぞ?」
「きっ、気になんか! あ、う、……はい」
「う~……! う~……!」
「ルルフィー、ディアルをつつくのをやめなさい」
反射的に反論しようとして、しかし言葉を飲み込むサテラ。俺をからかうという楽しみを奪われて、名残惜しそうに俺をつつくルルフィー。
「ひとまず、誰が悪い、ということではないと考えている。これは不幸な事故だ。だが、いずれ必ず起こる事故でもあった」
「そして予防をせねば、また起こる事故でもある、ということですな、領主様」
「その通りだ、騎士団長」
大人二人は息を吐いて、気負い過ぎても仕方ない、という雰囲気で言い合った。その雰囲気に、俺は助けられる。
「しばらくは召喚獣との息を合わせる程度の訓練を考えていましたが、この様子ですともっと厳格に行った方が良いでしょうな」
「うむ。詳細な塩梅は任せるが、緩いものではダメだな。ディアルも心の大らかさがマイナスに働いた面もある。ある程度の帝王学も、家庭教師から叩き込むべきか」
「少なくとも魔法訓練と召喚獣訓練を同時並行で行うべきですな。召喚獣側の独断での魔法行使は厳禁としませんと」
「まったく、これだから才能というのは恐ろしい」
二人はいくらか言い合って、それから俺を見た。
「ディアル。お前は聡い子だから分かるだろうが、お前の召喚獣は恐らく神話に名が刻まれていても何らおかしくない力を有している」
「はい」
「つまり、主たるお前が強く手綱を握らねば、簡単に人を殺すような召喚獣ということだ。早めの召喚の儀が功を奏したな。お前には、召喚獣を飼いならすのに十分な時間がある」
父の物言いに怯えたのか、メメは俺の腕をぎゅっと抱く。それを見て、父は穏やかに笑った。
「おっと、すでに懐かれてはいたようだ。しかし躾はまだまだ足りぬぞ。それを、徹底せねばならん」
「はい。分かっています」
「そうだな。お前は分かっている。ディアル自身が強くならねばならぬことも、それが巡り巡って召喚獣を守ることになることも」
父の俺を見る目は透き通っていた。俺も前世がある身だ。幼いつもりはないが、それでも父にはまだ敵わないな、と思う時がある。
「にしても、坊ちゃんはいつのまにそこまで召喚獣を懐かせたのですかな?」
重苦しくなりすぎている俺たち子ども組を気遣ってか、騎士団長が明るく尋ねてくる。
「確かに召喚獣は、『この主の下がいい!』と望んでくるものですが、それでも主がバカにされていた程度で、あれほどの癇癪を起すのは珍しいですからな」
「確かにそうだな。おい、ディアル。これほどの幼子をいつたらし込んだ」
「父上、人聞きの悪いことをいうのは止めてください」
俺は渋面だ。すると、メメが言った。
「めぇ! だってね? おとさまは、すっごいの!」
まるで何か見てきたかのように、メメは言う。
「もうね? どっかーん! わーきゃー! ってね? ぜーんぶぐわーっ! って!」
「そうかそうか、それはすごいんだなぁ。それでディアル、どういうことだ?」
「何一つ分かんないです」
「めぇ……悲しいの……」
メメはしゅんとしてしまう。語彙力ぅ……と思いながら、俺はその頭を撫でるばかり。
しかし、不意に思う。どっかーん、わーきゃー……。
……『サモイリュ』ラスボス戦前の地獄絵図を彷彿とさせる効果音だけど、いや、まさかな。
記憶に残るラスボス戦前の地獄絵図は、何というか、それはも―――酷くて。
シンプルに世界の終わりという感じなのだ。それを、ラスボスの存在ごと否定して、全部巻き戻して勝利するというシナリオだった。
存在ごと否定だなんてあんまりにもあんまりだったが、それしか人間世界が存続する未来はなかったのだ。
俺はメメを見下ろす。完全に純朴な状態のラスボスの在りし日の姿と思っていたが、メメにはメメで何か、俺が知らない何かを知って、ここにいるのかもしれない。
「めぇ? おとさま、どうかしたの?」
「いや……何でもないよ、メメ」
「めぇ!」
元気に返事をするメメに、俺は、今は深く考えないでおこう、と決めた。
だってこんなに可愛いもん。藪蛇だったら嫌だもん。俺はメメのもふもふを堪能するんだい。
「では明日から坊ちゃんは、召喚獣と共に魔法訓練、召喚獣訓練に取り掛かることとしましょう。なぁに! 心配することはございません! 大船に乗ったつもりで参りましょう!」
騎士団長も、ドンと自分の胸を叩いて呵々大笑だ。俺はそんな大人二人の深い理解に助けられ、「はい、よろしくお願いします」と頭を下げるのだった。
【サテラ】
弟のことをどう思っているのかと言えば、やはりナマイキの一言に尽きる。
養子に迎えた弟、ディアルは天才だった。剣を振るえば大人を圧倒し、全身鎧を着てなお満足に動ける底なしの体力を持つ。頭脳も明晰でサテラどころか教師すら言い負かす。
サテラだって、まったくの無能という訳ではない。不器用だが努力家だ。
年齢よりも一つ上の年の座学を学び、剣も女だてらにレイピアで訓練を続けている。他の教養についてもちゃんとしたものだ。
だが、そういった細々とした才能や結果は、ことごとく弟に追い抜かされてきた。
そんなサテラが、自分より遥かに優秀なディアルに反発しない訳がないのだった。
「ナマイキディアル!」
何で自分から突っかかりに行くのかもよく分かっていないような年頃なのが、サテラと言う少女だった。それを軽やかにいなすのがいつものディアルだ。
「さっきの話はよく分からなかったけど、アンタには分不相応な召喚獣だったのは分かったわ! そんなの、どこかに捨てて来ちゃえばいいのよ!」
父上たちとの会話が終わった後、羊のような外見の少女の召喚獣の手を繋いで歩くディアルに、サテラはそう言っていた。
その本心は複雑で、サテラには分からない。強い召喚獣に対する嫉妬、先ほどの落雷への恐怖、召喚獣への敵愾心。そういったものがないまぜになっての言葉だった。
それに、真っ先に反応したのが羊の召喚獣だ。振り向いて涙目で睨んでくるから、サテラは「ひっ」と怯えた。だが自身の怯えに気付いて、吠えて恐怖を誤魔化す子犬のように言う。
「そっ、そんな召喚獣、アンタの手には負えないわよ! どこかに捨てて来なさいってば!」
「……サテラ」
振り返ったディアルは、困った顔でサテラを見た。そこまではいつもといっしょ。けど、そこから続く言葉と表情が、違った。
「―――いいや、サテラお姉さま。お言葉ですが、それはできません」
「え……?」
サテラはディアルに『姉さま』と呼ばれて困惑した。
ディアルは続ける。
「召喚獣というのは、そんな軽い存在ではないんです。犬猫とは違う。新しい家族で、特に俺にとってはかけがえのない相棒なんです。そんなことはもう言わないでください」
「え、ぁ、な、何よ。姉さまとか、敬語とか、気持ち悪い……」
「サテラ姉さまが望んだことでは?」
「じゃ、じゃあいい! いつも通りで良いから! うぅ……」
ディアルが今まで見せてこなかった、本気の表情に、サテラは戸惑っていた。羊少女の召喚獣は、ディアルに隠れながらサテラを見つめている。
サテラとて、この召喚獣がただ事ではないことは理解していた。いつも笑っているお父様がアレだけ困った顔をするのだから、そのくらい分かった。
だが、ディアルが今まで絶対に聞かなかった『お姉さま』呼びをしてくることで、その程度がやっと腑に落ちた。
―――あのディアルが、必死になっている。
「……」
それが、サテラにとっては大きな衝撃だった。いつも余裕そうで、ずっとサテラの先を行っていたディアル。今回もそうなのだと、無意識に思っていた。しかし違った。
それが分かると、何だか、今までディアルに反発していた気持ちが、嘘のように消えていくのが分かった。むしろ、困っているのなら助けてあげたいとすら思った。
けど、それを素直に言うのは気恥ずかしい。
だから、口をムッと曲げたまま、サテラは羊娘の召喚獣に近づいた。
「アンタ、名前は?」
「……メメ」
「そう、メメね。分かったわ。ディアルが家族だって言うんなら、アンタは新しい妹ってわけね」
「えっ?」「めぇ?」
キョトンとする二人の顔が、サテラは何だか面白くて「ふふっ」と少し笑ってしまう。それから「ナマイキディアル!」とサテラは弟にビシッと指を差した。
「アンタはナマイキだけど、今回ばっかりは手伝ってあげる! 困ったことがあったらお姉さまを頼りなさい! 分かった!?」
「……サテラお姉さま……」
「うっ、だ、だからお姉さまはもういいの! ふんっ!」
ぷいっ、とそっぽを向いたサテラに、ディアルは微笑してこう言った。
「メメ、サテラは頼って良い相手だよ。仲良くしてあげて」
「めぇっ、サテラは良い人!」
「う、うるさい! それだけだから! じゃあね!」
サテラはとうとう恥ずかしさが限界に達して、その場を駆け足で歩き去る。
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