第8話 小ダンジョンへ

 ダンジョンというのは、地中深くに伸びていく迷宮のことだ。


 中にはたくさんの魔物が蠢き、人間を狙ってくる。極めて危険な場所。


 だが人間は、絶えずダンジョンへと足を運ぶ。何故かと言えば、ダンジョンには財宝が眠っているから―――


 ……と、もっともらしく説明したが、本当に危険なダンジョンなど、地下百階以上続くとされる大迷宮くらいのものだ。


「ここか……」


 俺たちが前にするのは、それよりもずっと小さなダンジョンだった。ゴッドリッチ伯爵領の小ダンジョン。最深部は地下三階。


 そしてその最奥に居るボスゴブリンを倒すと、首飾りにしている宝石を落とす、と。


「宝石くらい宝石商から買えばいいのに」


「そういうんじゃないのよナマイキディアル! 気持ちの問題よ!」


「まだまだ女の子心は、ディアルには難しいかなぁ~?」


 サテラに一喝され、ルルフィーにからかわれ「ま、いいよ。付き合うと言ったからには付き合う」と俺は肩を竦めた。


 そんな俺の袖を引いて、メメが言う。


「よく分かんないけど、メメはおとさま大好きだよ!」


「ありがと~メメ~! 姉上二人が辛辣だから、メメは日々の癒しだよ~!」


「んきゅ~!」


 メメがあんまり可愛いことを言うので、俺は抱きしめてもふもふする。今日もメメの羊髪はふかふかでミルクの匂いだ。


「辛辣って何よ辛辣って! ……ルル、意味知ってる?」


「浅いダンジョンって、洞穴みた~い! わ~まっくら~!」


 姉上ズは姉上ズで自由極まりない。


 そんな訳で、俺たち四人はそれぞれ装備を整えてダンジョン前に立っていた。


 基本的にみんな、身軽な皮鎧だ。俺は全身鎧でも動けるが、俺一人ならともかく、守るべき味方がいる以上身軽な方が良い。


 だから俺は、剣と盾というシンプルな武器だ。メメは皮鎧だけで素手。サテラは細剣を佩き、ルルフィーは松明を握っている。


 ダンジョンの周囲には変哲もない森が広がり、人も俺たちしかいなかった。


「一応聞くけど、二人って戦えるの?」


 俺が聞くと「失礼ね!」とサテラが言う。


「レイピアなら多少使えるわ! しかもレイピアはルーン文字入りよ!」


「武器は使えないけど~、ルーン魔法くらいならできるよ~?」


「なるほど」


 ルーン文字、及びルーン魔法というのは、召喚魔法に続いて、このムーンゲイズ法国でポピュラーな魔法だ。


 ルーン文字、という魔法文字があって、空中に書けば魔法が発動し、武器に刻んでなぞればスキルの発動やエンチャントになる。


 召喚魔法には劣る、平民の魔法と家庭教師から教わった。


 とはいえ、そう舐めたものでもない。サモイリュでもサブ装備で使えたが強かった。


 とすると二人の実力も、最低限攻撃力にはなれる、というあたりか。防御は俺とメメ頼りだな。


「分かった。じゃあ俺が先頭。続いて、サテラ、ルルフィー、でメメだな」


「ちょっと! 何勝手に仕切ってるのよナマイキディアル!」


「めぇ~!? おとさまと一番離れてるの何で~!?」


 ルルフィー以外の二人から文句が出る。俺は淡々と切って捨てる。


「俺以上に訓練してる人がいればその人に従うよ。そう言う人がいたら手をあげて。いないね」


「ぐぎぎ……ナマイキ……」


「メメ。メメは俺と同じで頑丈だから、最後尾で真ん中二人を守ってあげて欲しいんだ。これは、俺からのメメへの信頼の証だよ」


「信頼の証……! 分かった! メメ頑張る!」


 二人の納得を確認して「ルルフィーは?」と聞いておく。ルルフィーはキョトンとして、「えっ? アタシ~?」と目を丸くする。


「別に何もないけど~……」


「わかった。じゃあ早速入ろう」


 号令をかけて、俺は先陣を切った。その後ろを不承不承サテラが付いてきて、不思議そうなルルフィー、意気揚々としたメメと続く。


 洞窟然としたこの小ダンジョンは、その内側に湿った空気を孕んでいた。ぽたぽたと雫が落ち、その音が小さく長く反響している。


 暗がりを照らすために、ルルフィーが松明に向けてルーン文字をなぞった。一瞬遅れて松明に火が付く。小ダンジョンの中に、ぼんやりとした光源が生まれる。


「う、な、何か雰囲気あるわね……!」


「このダンジョンで出てくるモンスターは、確かスライム、ゴブリン、で目当てのボスゴブリンの三種類だったっけ」


「っていうか~、ディアルって平和主義とか何とか言ってなかった~? そんな人が本当に戦えるの~?」


 歩きながら、俺をからかうようにルルフィーは言う。


 俺は肩を竦めて短く返した。


「ルルフィーは平和主義と不殺主義の違いが付いてないね」


「……その二つって違うの~?」


「違うよ。不殺主義は『どんな命にも価値があるから誰も殺さない』って感じの生易しい奴」


「じゃあ平和主義は~?」


「『言葉が通じないやつは殺した方が平和だね』が平和主義」


「ひゅ……」


 ルルフィーが沈黙する。一方怒鳴り始めるのがサテラだ。


「ディアル! 怖いこと言うんじゃないわよ! 私たちはどうなるのよ!?」


「二人は会話通じるじゃん。今も会話してるし。俺が言ってるのは、魔物レベルの話が通じない、だよ。……人間でもそのレベルがいないとは言わないけど」


「やっぱり怖いじゃない!」


「――――っと。サテラ、声抑えて。メメ、気配分かる?」


 何か違和感があったので、俺は指示を出す。するとサテラはビクッと震えて口をつぐみ、メメはじっと耳を澄ます。


「……いるかも。前。三匹……?」


「後方は?」


「居ない……うん、いないよおとさま」


「分かった。メメ、前線に上がって。他二人は後方に気を払いつつ、俺たちの援護を」


「ギギ……」


 俺が指示を出すのと同時、岩陰から三匹のゴブリンたちが現れた。


 俺は剣を抜き放ち、盾をかざす。メメは俺の横に並んで、ぎゅっと拳を構えた。


 一方サテラはレイピアが思うよりすんなり抜けずに慌てている。ルルフィーはそれよりも不慣れで、ただ目を丸くしていた。


「人生初の、ガチ戦闘だ」


 俺は、二人というよりメメに声を掛ける。メメは度重なる訓練で、この程度では動じない。


「メメ、背中は預けるよ」


「うんっ! 任せて、おとさま!」


 息を吐く。姿勢を落とす。ゴブリンは小柄な敵だが、そもそも俺たちだって小柄な子供だ。雑魚と侮ってはいけない。


 ―――やるぞ。この世界で、初めての命を懸けた戦闘だ。


 俺は息をのみ、一歩を踏み出した。

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