第7話 メメのいる日常
メメを召喚してからの一年は、さらなる訓練の日々だった。
まず最優先なのが、メメの躾だ。そもそもメメは俺に従順だが、俺がバカにされたりなんかすると俺以上に反発して癇癪を起こす。
なので合理的に考えた結果、こんな訓練が実施された。
「いいね、これは訓練なんだ。メメが勝手に暴れたら、最悪人死にが出る。それは俺の意思から大きく外れることなんだ。分かるね?」
「めぇ……! メメ、頑張る!」
「よし。じゃあルルフィー、よろしく」
「キャハハッ! こうやって表立ってディアルのことはバカにできるの、何かシンセーン! っていうかこれを訓練として取り入れるとか~、ディアルってもしかしてドM~?」
「めぇ……めぇ……!」
俺は涼しい顔だが、メメはルルフィーを睨みつつも、顔を真っ赤にして我慢我慢である。
ルルフィーも俺よりもメメを見て楽しんでいる。俺はこの時間暇なので座学の復習をしている。
「なーんかムカツクけどね~。ディアルは何の興味もないのに、メメの訓練にだけ付き合わされてる感じがして~。サテ姉も最近付き合い悪いし~!」
「好きに悪口言って許される環境でも文句が出るんだから人間って欲が深いよね」
「そういう話してないんですけど~!」
むー! と怒り心頭のルルフィーである。俺は復習を終えて予習に入る。
次に訓練が必要なのは、俺が発動するメメの魔法である。『ホワイトサンダー』をもっと取り回しの良い形にしないと、威力が高すぎて使いづらい。
だがこちらは、さして苦労もしなかった。
「ホワイトサンダー・パラライズ」
「あがががががっ」
俺との訓練相手の一般兵が、真っ白な電撃を受けて痺れる。だが胸元に大きな穴が開いたりはしない。
いくらか試して分かったが、魔法の威力は魔力をどれだけ入れるのかで調整可能のようだった。ただ少なすぎると形にならないので、別の特性を持たせてそこに魔力を注ぐのだ。
「いやぁ……坊ちゃんは何させてもお上手ですな」
威力をかなり抑え込んで、代わりに麻痺特性に魔力をつぎ込んだ『ホワイトサンダー・パラライズ』は、かなり俺の性にあっていた。
基本的に俺は平和主義者なのだ。召喚獣大好き、動物も大好き、動物が好きなので人間も大好き、という具合である。
なので、攻撃力を無にした代わりに無力化能力を高めたこの魔法は、俺のお気に入りだ。平和裏に完封。勝利以上の勝利という訳である。
他にも、ゴッドリッチ家に起こった変化は多い。
一例としてもっとも俺が驚いているのは、世話焼きサテラの件である。
「そこまで! 坊ちゃんにメメ殿、お疲れ様でした」
「お疲れ……様……」「めぇ~……」
騎士団長の高強度訓練を終えて、俺とメメは地面にぶっ倒れた。
その様子を見て、周りの兵士が「やりきったぞ坊ちゃんにメメ殿……!」「俺ならあの訓練の半分でもう吐いてる」とざわめく。
「いやはや! もう坊ちゃんはいつ戦場に出しても問題ありませんな! 見事大将首を落としてご帰還なさるでしょう!」
「ほめ過ぎだよ……。ふぅ、疲れた」
「おとさま……もうへいきなの……?」
メメが驚愕の目で、立ち上がった俺を見上げている。俺は「メメの主だから、このくらいはね」と言いながら、全身鎧を脱いでメメを背負った。
それから屋敷の方に戻っていくと、駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
「ディアル! メメ! お疲れ様! はいこれタオルに水! しっかり休みなさい!」
「あ、ああ、ありがとう」
「めぇ~、サテラ~」
サテラからタオルを取りつつ、困惑気味の俺。一方メメは元々のサテラを深く知らないから、されるがままにサテラに汗を拭かれている。
そうなのだ。メメが来て以来、妙にサテラが甲斐甲斐しいのである。
元々反発してくるお子ちゃまという感じだったのだが、最近は背伸びするお年頃という感じだ。我が姉ながら成長を感じる。
実際サテラの成長はこれに留まらず、今まで良くない意味でガムシャラだったのが、地に足がついてきた、という雰囲気があった。
剣の訓練はほどほどになり、代わりに座学ベースで違う国の魔法を学ぶようになった。
今まで「ディアルも全然やってないでしょ!」と避けていた貴族の令嬢としての礼儀作法に重点を置き、佇まいに落ち着きが見えてきた。
お蔭で、父上も「サテラはそろそろ召喚の儀を行っても良いかもしれんな」と言い始めるほど。
その時のサテラの喜びようは、こちらも見ていて嬉しかった。
そんな風にして一年が過ぎたとある朝のこと。
「……朝か」
俺の朝は早い。何せ早朝訓練がある。なのでだいたい四時には自然に目が覚める。
まず行うのは、俺のベッドにもぐりこんで寝ているメメを起こすことだ。
「メメ、朝だよ。起きて」
「めぇ……あさ……朝!」
メメは目覚めがいいので助かる。パチッと目覚めたメメは、すぐに上体を起こして「おとさまおはよ!」と満面の笑みだ。
もふもふの髪は、大抵朝にはボッサボサの大爆発になっているのが愛おしい。
メメが朝のハグを求めてくるので、俺は満足いくまでギュッと抱きしめる。華奢な体にもふもふの髪。そこから香るミルクのような甘い匂い。
ひとしきり堪能したら、俺は勢いでメメを抱き上げ、そのまま三面鏡の前に座らせる。
「あと三十分で訓練が始まるから、それまで髪を梳かそうか」
「めぇっ!」
それから三十分ほどメメの髪との格闘が始まる。一日で一番の戦いがここだ。他の物事はうまくいくが、メメの髪には何度敗北したか分からない。
「……今日の爆発はすごいな……どうすんだこれ……」
とりあえず頑張る。水とか使って何とかしようと試みる。悪化する。全部面倒になって風呂場に連れていってシャワーで流す。ついでに洗う。
「髪の毛綺麗になった!」
「よし!」
「よし!」
二人で指さし確認だ。我ながら仲良し召喚ペアである。
全裸ではしゃぐメメの体を拭いて、俺は服を着せてあげる。訓練用の動きやすい服だ。
ちょうど三十分経ったので、訓練場に向かう。
騎士団長は今日も呵々大笑だ。
「おはようございます! 坊ちゃんにメメ殿! さぁ訓練の開始ですぞ!」
鬼教官と化した騎士団長の訓練はひどい。
まず徹底的な肉体鍛錬。大人でも悲鳴を上げるような内容だ。具体的には大剣で素振り二千回、筋トレ各種を二百回五セット。最後に敷地を二十周走り込みだ。
「さぁもっとペースを上げて! もっともっともっと! メメ殿! その程度でへばってどうする! 主がへばらない距離でへばる召喚獣が、主を守れますか!」
「めっ、めぇっ、めぇ~~~!」
召喚直後と違って中々泣かなくなったメメも、毎日の訓練ではいまだに泣く。気持ちは分かる。俺も訓練開始しばらくはキツすぎて泣いてた。
「そこまで! 各位お疲れ様でしたな! メメ殿も体のできてない状態でよく頑張りました! 成長すればこの何倍もこなせるようになりますぞ!」
「め……」
精魂尽き果てて倒れるメメを背負って、俺は井戸に向かう。するとサテラが待っていて「お疲れ様! すごい汗ね、水ぶっかける?」と聞いてくる。
「頼むよ」
「分かったわ!」
バケツを使って、ばっしゃーん! と派手にやってもらう。この瞬間が訓練の醍醐味で、俺とメメは一気に解放されたような気持になる。
それから汗を流して身ぎれいにしてから、朝食を済ませて座学が始まる。俺とメメは横並び。座学を別で行っていたサテラも、最近は合流して授業を受けることが多くなった。
「うぐぐ……ディアル! ここが分からないわ! 教えて!」
「これをこう」
「……あ。……こ、こんな初歩的なミス、恥ずかしいだなんて思ってないんだからねっ!」
素直になったんだかそうじゃないんだか、と俺は苦笑だ。
ちなみにメメは、座学は寝る時間だと思っているようで、俺の膝枕に頭を預けてスヤスヤと眠っている。
偶に起きて勉強することもあるので、このくらいでちょうどいい、というのが俺の考えだ。
座学が終わると、ちょうど昼食の時間になる。朝食同様に、昼食も軽く済ませる。
そして午後は、各自自由時間、と言う運びだ。
さらに訓練をしてもいい。座学に励んでもいい。趣味に興じてもいい。
さて今日はというと、姉妹二人が揃って、何かをコソコソと話し合っていた。
「あ、二人とも。何話してるの?」
「めぇっ! コソコソしてる。悪だくみ?」
俺とメメが近づいて声を掛けると双子の姉上たちはこちらを見た。
「ギクッ! ディアルにメメ! ……べ、別に何も話してないわ。ふんっ!」
「いや無理でしょ。ギクッって言ってそこから取り繕うのは無理だって」
っていうかその物言い、本当に何か悪だくみでもしてるのか。
「ぐぎぎ……ナマイキディアル……!」
サテラは歯ぎしりをして、俺を睨みつけている。多少大人になったが、まだまだ子供だな。
それで言えば、双子の片割れの方が多少大人びているといえるだろう。
「ん~……ね、サテ姉。今回はディアル巻き込んじゃった方がいいんじゃな~い?」
いつもの他人を小馬鹿にしたような笑みを口元に貼り付けて、ルルフィーはそう提案する。
「……巻き込む? ナマイキディアルを?」
「そ! ディアル、何だかんだ言ってけっこう強そうだし~? か弱いお姉ちゃん二人のこと、守ってくれるんじゃないかな~って」
体をくねくねさせながら近づいてくるルルフィーに、俺は言った。
「いつも『よわよわ』言ってる相手を頼るの?」
「え~っ!? 効いてたの~!?」
「真剣に驚くんじゃないよ」
効いてるというよりは矛盾が気になっただけだ。
しかしルルフィーは、ついに俺が反応した! とばかり、いつもよりもニヤニヤを大きくしながら言ってくる。
「やぁ~だぁ~! も~! ごめんごめん♡ いつものはちょっとからかっただけっていうか、メメの訓練でしょ~? ウソウソ♡ 冗談だから許してよ~」
「はいはい……。それで? どんな悪だくみしてるのさ」
「悪だくみって何よ! 人聞きが悪いわね!」
「キャハハッ! バレちゃったなら仕方ないね~」
双子の癖に息が全くかみ合っていない。
「実は、ちょっと行きたいところがあるの~」
「行きたいところ?」
「そ♡」
ルルフィーは、ニヤリと笑ってこう言った。
「近くにあるダンジョン。アタシたち、そこで採れる宝石が欲しいんだ~♡」
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