第二十三話「このカッコはみっちゃんたちには内緒なんだ」
※※※
「くっそお、キリがねえ!」
光圀と八兵衛が無龍と対峙している頃、格さんは激しく後悔していた。
眼前に立ち塞がる敵……無数の屍兵と赤毛の少女たち、そして、忍軍の頭領だという老人一人。なんとなく老人相手には気が引けるのと、そこ知れない圧力を感じたため咄嗟に老人の相手を助さんに任せて敵陣に飛び込んではみたものの、その物量を舐めていた。
実は、数の多い屍兵たちは大した問題ではない。比較的単純な動作しか行わないため、完全に沈黙させることは難しくとも、足を破壊して移動力を奪えば、自分の足を掴まれるようなヘマをしなければものの数ではない。格さんが過小評価していた敵の物量とは、
「気味が悪ぃんだよ、おんなじ面並べやがって」
赤毛で癖っ毛の、同じ顔をした少女たちだった。
八兵衛が地下施設で出会った〈シイナ〉と同じ顔をした個体が、十人や二十人では効かないほどの数。しかも屍兵とは異なり、その全てが自律した思考を持ち、チームワークを持って襲いかかってくる。おまけに、機械で回転する丸鋸や、何かの薬品が入っているであろう注射器を振り回してくるものだから、シンプルに怖い。わずかでも触れれば、大怪我は免れないし、薬を打たれた日にはどうなるか見当もつかない。必然、回避にしばらく専念することになるが。
距離をとって地面を踏み締めた時、足元に違和感。
「!?」
かちり、と何かのスイッチを踏んだような感触の直後、四方八方の地中から、大人の腕ほどの太さのある鎖が無数に射出された。先端には分銅がついており、格さんの体を瞬時にぐるぐる巻きに戒める。
虚をつかれ事態の把握に苦心していると、あたりを取り囲む赤毛の少女たちを掻き分け、一人の女が現れた。頭領・ガゴゼ爺の側近であるネムであった。あたりの少女たちと似たような色の髪を無造作に掻き上げ、どろりとした視線を格さんに向ける。
「このあたりは全部私の庭なんでね。テキトーに歩いたら罠にかかって即終了だよ」
「どっかで見たツラだな、あんた」
「ん? この子達のこと? そりゃそうだよ、この子達は全員私の複製なんだから」
「……は?」
見回す。周囲に陣取る少女たちは、髪型の作り方や眼鏡などこそ微妙に異なるが、まだらに黒が混じった赤い髪、特徴的な金色の瞳、そして何よりも顔貌。そのどれもが瓜二つ(二つどころではない)である。そしてその容貌は、今目の前にいるネムをそのまま幼くしたようでもあった。
そのうちの一人がネムに駆け寄る。見ると、衣服がぼろぼろで、半身が傷だらけになっている。出血も夥しい。
「どうした、ミイヤ」
ミイヤと呼ばれた少女はネムの目の前にまっすぐ立つと、澱みない口調で報告を始めた。
「約40分前にシイナが確保していた被験体と交戦。重篤な損傷を受けました。これ以上の作戦続行は、不可能」
「ふうん、そっか。ご苦労さん」
こともなげにそう答えると、ネムはミイヤの側頭部から鍵に似た何かを引き抜いた。途端、ミイヤは脱力し、その場に崩れ落ちて動かなくなった。鍵のようなものを今度は自らの側頭部にそっと差し込んだ。わずかに喘いで身震いすると、ゆっくりと息を吐いた。
「……何、やってんだ、お前」
「ん? 情報の同期だよ。この子達は私の細胞を培養して脳と体を作ったものだ。脳同士を霊的な絆で繋げて、情報伝達を行うことで知識や経験の同期が可能。今みたいにガワがぶっ壊れそうなら、霊的な情報伝達ができなくなる前に、こうやって物理的な記憶媒体を使ってこの子の記憶を私に保存する。私は大勢の私を使って、知識を蓄え続けられるってわけさ。すごいだろ」
「……こんだけの数の命を生み出して、その全部を道具扱いしてるってのか」
ネムは呆れたように息を吐く。
「それね、もう百万回は言われたよ。どーーでもいいんだよ、命の尊さなんてものは。知識に比べればさ。私はただ、知れることを全て識って、極めたいだけなんだよ」
「〈禍学〉ってやつか。イカれてんな」
「へええ、物知りだね。〈禍学〉なんて言葉を知ってるのは、ごく僅かのはずだけど」
「……知ってるやつに似てるよ、あんた。見た目も含めて。ただまあ、外道には違いないが、自分の写身を使ってるってとこだけでは、あいつよりはマシなのかもな」
その言葉に、ネムはぴくりと眉を動かした。
「……今、なんて言った? 私に似てるやつがいる?」
その声色は、嫌悪感に満ちていた。
「そうだよ。見た目もやってることもあんたにそっくりだ。人間の体を弄ったり、霊的な何かがどーのこーのとかな」
「……そいつを知ってるの?」
「ああ、よく知ってるよ。ただな、あたしはそいつのことが大っ嫌いなんだ」
ぴしり、と何かにひびの入る音がした。
その音と同時に、格さんは不敵に笑った。
「何せ、あたしの大事な体をいじくり回してめちゃくちゃにしてくれたんだからなあ……こんなふうに!!!」
鋼鉄の鎖が粉微塵と化す。戒めが解かれ、格さんの逞しい両腕が露わとなった。刺青がびっしりと刻まれたその腕に、異変が起きていた。
刺青が発光し、その形を生き物のように変えている。模様の一つ一つが蠢き、成長し、上腕だけでなく、首から顔へ、禍々しくふちどる。
その威容に、ネムは引き攣った笑みを浮かべた。
「それは、〈呪装〉だね……でも、ひどく不格好だ」
「不細工で悪かったな。こちとら試作品なもんでね。あんた、あんまり騒ぐなよ。このカッコはみっちゃんたちには内緒なんだ」
「面白い! 捉えてバラして、腹の奥まで調べ尽くしてやる!」
「やってみな!」
赤毛の少女たちが襲いかかる。機械仕掛けの凶器を携え、丸鋸を、注射針を、金槌を、一斉に格さんの体に振り下ろした。
が。
「……なんだ、それは……!」
そのいずれも、格さんの体には傷一つつけることができない。
格さんの身体に刻まれた刺青は、肉体そのものにかけられた呪法。その効果は。
「今のあたしは、黒鉄より固くて、鋼より強えぜ? 逃げんなら……今のうちだ!!」
渾身の力で腕を振り抜く。呪法により強化された肉体の一振りは、巨大な鉄塊が転がってくるに等しい。辺りにいた屍兵や少女たちを打ち据え、沈黙させる。が、その沈黙の時間すら与えず、目についた敵に向かって突進し、体当たりだけで吹き飛ばしていく。その様は、さながら嵐であった。
吹き飛ばされた屍兵や少女たちの一部はその体を粉砕されており、辺りに夥しい量の血糊と肉片が転がっている。返り血に半身を染めた格さんは、同じく誰かの血液で真っ赤に染まったネムを見つけ、睨みつけた。
「ったく、こんなことさせやがって。気分が悪ぃ」
一歩ずつ、近寄る。
「あたし個人としてはよー、別に世直しをしたいわけじゃねえんだよ。みっちゃんを守るために一緒に旅してるだけでよ」
声色は軽いが、そこには微塵の暖かさもない。
「だから別に、邪魔なやつを排除するために、わざわざ選ぶ必要もねえんだよ。〈殺さねえ〉って選択肢をな」
ひっ、と声が出る。ネムはここ数年殺気だった忍軍で仕事をしていたが、殺意を明確に自分に向けられるのは生まれて初めての感覚であった。
死にたくない、逃げたい。恐怖と生存本能が思考を研ぎ澄ませ、ある事に思い至らせた。反射的に、ネムは両腕を振り下ろし、足元を全力で叩いた。
思い出したのだ。このタイミング、奇跡と言っても過言ではない。今ネムがいるこの場所、その真下にあたる地下には、屍兵の研究棟がある。そこには、一般の忍者の死体を使って動かしているだけの屍兵ではなく、死体のパーツを継ぎ接ぎして実験用に作り出した試作大型屍兵、通称〈鵺〉が格納されている。
格納庫は地上への射出路を備えている。ネムが叩いたのは、地上から唯一操作可能な緊急射出用のスイッチ。がしゃん、と音をたて地面に穴が空く。ネムの呼びかけに呼応して、〈鵺〉が飛び出し、地上に現れた。
「は、ははは……私はツイてる。こいつの実戦試験もできるなんて」
着地と同時に地響き。その姿は、首のない四つ腕の巨人。
死した忍びの中でも、特に体格の良いものを厳選し、骨格、筋肉そのどれもが、常人ではあり得ないサイズと強度を誇る。背骨と筋肉に直接、体を動かすための呪法を書き込んでいるため、頭部はない。そのため頭脳は機能していないので判断力などは比べるまでもないが、純粋な膂力の数値だけで見れば、無龍をも超える。
「行け、〈鵺〉! その女をぶち殺せ!」
「……〈ヌエ〉だぁ?」
格さんはその名を聞いて不快そうに顔を歪める。
「気に入らねえな、その名前。だが、おかげで心置きなくやれるぜ」
言うと、格さんは手に力を込め、自らの両肩を五指で引き裂いた。傷が走る。
その五本の紅い条線は、両肩の刺青に新たな意味を刻む。
彼女の両腕に刻まれている刺青は、全て呪術的なある意味を持っている。だが、肩口に掘られた模様だけは、あえて未完成のままにされているのだ。五指で切り裂き、傷跡を持って五本の線を追加することで完成する呪紋。
地面が揺れる。この忍び里の大龍脈を流れる霊力が、急速に格さんに向かって流れ始めた。
「何をした、お前……!!」
それは、時間限定で、周囲の龍脈から霊気を無尽蔵に吸い上げ、その力を自らのものとする呪術。傷が塞がるまでの間、格さんは超常の突破力を手に入れるのだ。
強大な力が洪水のように身体に注ぎ込まれるのを感じ、格さんは呻く。が、その顔は苦痛に歪むことはなく、なおも好戦的な笑みを作っていた。
「いっこ予告してやるよ。今からそのデカブツは、あたしのパンチ一発で粉々になる」
「ふ、ふざけるな! 粉々になるのはお前だ!!」
「……お前さあ、お前みたいな感じのやつが、進退極まってこんな筋肉ダルマを呼び出してけしかけてって、自分でもこれ、負けそうだなって気分にならない?」
「何を言ってる……!」
「まあ、なんでもいいや」
〈鵺〉が踊りかかる。その巨体からは信じられないほどの早馬のような速度。四本の巨腕が格さんを捉える。
よりも早く。
格さんが全力を込めた拳を叩き込み、〈鵺〉の上半身は内側から弾けたように、文字通りの粉微塵となって消滅した。
ミンチのような肉片が豪雨となり、ネムに降り注ぐ。ネムは固まったように動かなかったが、パンチの衝撃と、あまりの事態に気絶していた。
「ほら、言ったとおりだったろうが」
両肩の傷が急速に癒えていく。と同時に、全身を覆うように変形していた刺青はしゅるしゅると元の形に戻っていった。
辺りを見まわし小さくため息をつくと、面倒そうにこぼした。
「ああ、良かった、みっちゃんに見られてなくて」
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