第五話「私と一緒に世直しをしようじゃないか、きょうだい」
※※※
「敵は広場だ! 全隊で囲め!」
「一人でやり合おうとするな! 隊全員で掛かれ!」
「三番隊が全滅……? たった三人相手にか!」
「2号棟が潰された……ここはもうだめだ!」
疑神衆の怒号が、朱色の明かりに照らされた夜闇に飛び交う。
剣戟の音、爆発音、そして悲鳴が広場の方から聞きながら、異常事態を察して宿を飛び出した光圀一行は、呆然と立ち尽くしていた。
「おら、シャキッとしろ。とんでもねえことになってんぞ」
「面目ない……」
格さんにもたれかかった助さんがわずかにうめく。あまりに珍しい光景に、光圀は心配そうな視線を送るが、格さんが「いや、ただの酔っ払いだ」と苦笑して見せると、光圀は安堵したように微笑んだ。しかし、明らかに顔色がすぐれない。見れば、目がなぜだか赤く腫れている。そういえば、光圀が大部屋から駆け出してきた時、なぜか八兵衛も一緒だった。ある可能性に思い至り、格さんは冷たい殺気を八兵衛にぶつける。八兵衛は咄嗟に顔を逸らした。
「お前……みっちゃんに何した。場合によっちゃ、マジで殺すぞ」
「ち、違うよ格さん! 何もないって!」
「みっちゃんは黙ってな。おチビ。じゃあなんであたしから目を逸らしたんだよ。答えてみろ」
強く踏み出し、今にも殴りかかりそうな格さんを光圀が制した。
「えと、む、虫! お布団のところにおっきな虫が出て、きゃーって叫んじゃって、そしたら、はちべえがきてくれたんだよ!」
光圀のうるむ目が格さんの殺気に満ちた視線とぶつかる。釈然としない様子ではあったが、大きくため息を着くと格さんは肩を落とした。
「みっちゃんがそう言うなら、わかったよ。さて、じゃあどうする。あたしとしちゃ、このゴタゴタに紛れてとんずらしちまいたいところではあるんだが……」
しかし、光圀は首を横に振る。
「だよな」
「うん……仲間にはなれないかもしれないけど、ご飯と泊まるところをくれた疑神衆の人たちが困ってる。助けなきゃ。それが、世直しだと思うから」
一同は頷くと、広場に向かって走り出した。
八兵衛も、表情は暗いまま光圀の隣を走る。八兵衛は混乱していた。
なぜだ。なぜ、自分を殺そうとした俺を庇ったんだ。仲間にばらして、俺を追い出すなり殺すなりしたっておかしくないのに。
その時、走る八兵衛の肩に、光圀の大きな手がそっと触れた。光圀は、泣きそうな顔をしながらまっすぐ走っている。視線は前に向けたまま、小さな声で呟いた。
「あとで、もう一回聞かせて。約束」
「なんで……!」
「聞かなきゃいけない気がするの。だから、約束して」
八兵衛は答えられなかった。
答えようとした。しかし、そこに割って入ったものがあったのだ。
「危ない!!」
炎を纏った大木が倒れてきた。光圀が即座に反応し警告できたため、一同はすんでのところでそれを回避した。地面に突き刺さったそれを見ると、それは大木ではなく、燃え盛る、巨大な鉄塊だった。
「いやあ、重畳重畳。良い反応速度だね、さすが〈光圀〉」
その鉄塊は長方形の鉄板のような形状になっており、槍のような持ち手が伸びていた。そして、それを把持しているのは、朱色の装束を纏った、長身の少女だった。
少年のように短く切った黒髪が、炎の巻く風に煽られて踊り、黄金色の鉢金が灯りを受けて輝く。
辺りを取り囲む炎そのもののように、好戦的な笑顔がぎらりと光った。
その眼光に怯みつつも、光圀は立ち上がり、拳を構えた。
炎の少女は芝居がかった仕草で身の丈よりもさらに大きな鉄塊を担ぎ上げると、不敵に笑った。
「おやおや、心外だな。今の一撃は、君の力を試したに過ぎない。私は君を迎えに来たんだぜ? きょうだい」
きょうだい。
記憶のない光圀が知るよしもない、家族に関わる存在。
「あなた……誰……? 私を知ってるの? それに、さっき〈光圀〉って名乗ってたのも……」
「ああ、やめてくれ、やめてくれ。私は頭が悪いんだ。そんなに一度に質問されたら参っちまうぜ。だから、まずは自己紹介といこう」
があん、と鉄塊のような槍を地面に突き刺す。その音を合図に、広場の方から二つの人影が現れた。
一人は、長身痩躯で眼帯をした、二刀流の女性。
もう一人は、見るからに山賊上がりであろう、獣の皮で拵えた装束に身を包んだ、身体中傷だらけの巨体の女性。
その二人が、少女の両脇に立った。
風が吹く。辺りに火の粉が舞った。
少女は自信に満ちた笑みを浮かべ、名乗った。
「私は〈烈火光圀〉。幕府なき世に再び平穏をもたらすため、世直しの旅をするもの。この二人はお供の……〈助さん〉と〈格さん〉という。さあ、私と一緒に世直しをしようじゃないか、きょうだい」
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