第十三話「惚れた腫れたは最優先」
※※※
「……光圀!」
腹の痛みに八兵衛は目を覚ました。真っ白い部屋。古巣である忍軍の施設ではあるのだろうが、見覚えがなかった。どこからか、微かに滝のような音が聞こえていた。
痛みを警戒しながら慎重に腕を動かす。何かの管が腕に突き刺されており、得体の知れない液体が点滴されているようだった。気味が悪いので管を抜こうとした時、自分の腕の向こうの寝台に、倶炎童子が寝かされているのが見えた。童子は布団の上から胴体と手足を丈夫そうな革帯で固定されており、身動きが取れないようだった。
目を閉じ動かないが、わざわざ拘束されているということは、生きてはいるということか。
「童子……! おい!」
反応はない。八兵衛が何度か声をかけると、大義そうに唸り声を上げて、ようやく、かろうじて動く首と目を八兵衛に向けた。
「……何じゃ、ちっこいの」
「よかった、無事か」
「これが無事に見えるのか。人間は変わっとるのう」
「でも、生きてるだろ」
「生きてても、何もできることがなければ、死んでるも同然じゃろう……うう、わしは、わしは……」
童子は珍しく落ち込んでいる様子だった。
「光圀はどうなった。お前、起きてたんだろ?」
「……連れて行かれた。わしらとは別の部屋じゃ」
「すぐ、助けに行くぞ。お前の拘束を解いて……」
「いい。お主一人で行け」
「はあ? ふざけんなよ、置いてけるわけないだろ」
「わしみたいな役立たずは足手纏いにしかならん。長く生きてるくせして、戦いはからっきし、惚れた女一人守れないクソ鬼なんぞ、連れてかん方がマシじゃろう。光圀によろしく伝えておいてくれ」
「バカ言うな、役立たずなんてことは」
一瞬、八兵衛の脳裏に悪い考えがよぎった。
戦闘力は期待できないとはいえ、この脅威的な再生能力があれば、例えば敵に囲まれた時に……。
「……お主、今なんか酷いこと考えてるじゃろ」
「バレたか」
「ふざけんなー!」
「でも、それでも、置いてくなんて、したくない」
「……わしはな、人を見る目だけは多少自信があるんじゃ。光圀も、お主も、いい奴じゃ。きっと土壇場でわしを見捨てない。でも、そのせいでお主らが傷ついたり、命を落としたりするのは見とうない。わしは刻まれたり切られたりしたところでどうせ死なん。だから気にせず助けに行け、わしの嫁候補を。でも、帰りには助けに来てね」
「……」
八兵衛は頷くと、上体を起こした。すると、意外なものが目に入った。
自分の足の向こうに、もう一つ寝台がある。
そこには、見知らぬ少年がいた。
自らの両腕を枕に、昼寝でもするかのような気楽さで。
八兵衛は腕に突き刺さった点滴の針を抜き、身構えた。
「……誰だ……?」
少年は、問われると片目だけを開けた。
麦畑のような金色の髪をばつが悪そうに掻き、申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、なんか、二人、割り込める感じじゃなかったからさあ」
「いや、それよりも、いつからここに……?」
「ずっといたさ。あんたらが来るより前からね。俺は盗人だから」
よっ、と声を出すと、その場で跳躍、寝台のうえに立ち上がった。
その身のこなし、安定した姿勢は、相当な身体能力を伺わせた。
「俺は〈八咫郎〉。あんたら、気に入ったぜ。特に、そっちの鬼みたいな兄ちゃんが惚れた相手を助けに来たってところがな。惚れた腫れたは最優先。どうだい、俺と一緒に脱走しないか? 愛のために!」
※※※
「……で、この忍び里の跡地に眠ってるらしいお宝を探しに来たら、忍軍の残党に見つかって捕まったってわけか」
「そういうこと」
言っていることが真実なら、どうやらこの八咫郎、信憑性も微妙な噂話だけを頼りに、待宵草忍軍の忍び里に辿り着き、さらにそこの忍者屋敷に侵入し、さらに加えて忍者屋敷に隠された地下施設にまで忍び込んだということらしい。
ちなみに、忍者屋敷は迷宮のような構造になっていて、正しい道順で床や壁を触れて行かないと、象が即死する毒が塗られた矢が飛んでくる仕組みになっている。おまけに、道順は頭領の気分でランダムに設定され、その時の正しい道順は、〈二位〉以上の一部の忍びにのみ断片的に伝えられていて、彼ら全員から聞き出さないとわからない。さらに言うと、地下施設は、ダミーの壁や扉に触れると超高圧電流が流れる。
「結構罠だらけでなあ、二回くらい死にかけたぜ」
「二回で済んだのかよ! いや、お前、すでに並の忍者よりすごいんだけど」
「そうか? まあ、盗人も忍者も似たようなもんだろ。人目を忍んで闇を駆け、誰にも見つからずに目的を遂げるってな」
「いや、まあ、うん……」
忍者の修行を何年積んでも花開かなかった身からすると、泥棒稼業で食っていた素人にあっさり先を越されたような気がして、八兵衛は人知れず傷ついていた。
しかし、それは、あくまで八咫郎が本当のことを言っているのであれば、だが。
「八兵衛って言ったか。俺のこと、信用してないだろ」
ぎくりとする。顔に思い切り出ていたようだ。
「はははは、いいよ、こんなところであった得体の知れない奴を信用しろってのが無理な話だ」
「いや、その……ごめん」
「謝ることはねえよ。全部信用しろとは言わねえ。ただ、一個だけ信じてくれ。俺は俺の探し物をするためにここに来た。俺の愛のためにな。他のことに興味はねえ。あんたらの邪魔もしねえ」
「……」
「それに、こんなところで巡り合ったのは、並の縁じゃない。〈八咫郎〉と〈八兵衛〉。同じ〈八〉の字どうし、同じ道を歩いてる限りは助け合おうぜ」
八兵衛は八咫郎の目をじっくりと観察した。色素が薄く、瞳孔がはっきり見える、青灰色の瞳。別に人心を読むことに長けているわけではなかったが、その邪気のなさそうな目を、これ以上疑ってかかる必要もないと思った。
八兵衛が頷くと、八咫郎は破顔した。
「おっし、じゃあ、とっととここの鍵を開けて……」
八咫郎が扉に手をかけると、何の抵抗もなく開いた。あまりの手応えのなさに面食らったが、すぐにその顔は緊張に満ちたものとなった。
扉から、ぞろぞろと異形のものたちが入ってきた。八咫郎は飛び退き、慌てて寝台の上に戻った。
数は四。そのいずれも、濁った沼のような色の皮膚をしている。両腕が極端に肥大しているもの、下肢だけが発達し、上半身は異様なほど痩せ細ったもの、幼児ほどに小型なもの、そして、つま先から鼻まで黒い革帯でぐるぐる巻きにされ、ぎょろりとした双眸から上だけがのぞいているもの。
そしてその中央には、小柄な少女がいた。忍軍の一員か? 人体改造を専門に行う技術者たちなら、確かにいた。しかし、八兵衛の記憶では、このような年恰好の少女はいなかったはずだ。
「あれ? 起きてる。なんで?」
赤い癖っ毛の左のこめかみあたりから突き出た鍵のような金属質の棒をしきりにがちゃがちゃといじっている。気のせいか、その鍵を捻るごとに、左の眼球が連動して動き、あらぬ方向に向いているように見えた。
「ねー、なんでなんで? あと1時間は起きない量の麻酔を入れておいたのに」
八兵衛をしたから舐め回すように観察する。じいっと目を凝らしたあと、
「うん、わかんないから、診てみよう」
がちゃり。
少女こめかみからのびる鍵を捻ると、左目がぐるりと上に向き、真っ青な石の義眼が現れた。
「!?」
八兵衛は面食らう。瞳に相当する部分が、淡く光を放っていた。
「あー、これ、異常活性が代謝系に現れてるんだね。元々素人みたいな身体に、いきなり異常に早い代謝が目覚めちゃったもんだから身体中が細胞の代謝に追いつけなくて壊れ始めてる。だから傷の治りは早く見えるけど、それ以外が脆い。麻酔の薬効もあっという間に排出しちゃうから、これじゃダメだな」
あどけない少女のように見えるが、その振る舞いを1秒でも見ればわかる、その異様さ。目の前の八兵衛に問いかけているようで、その言葉は誰にも届かせようとしてもいないような。彼女の言葉は、全てが独り言のようだった。
と思いきや、
「〈八〉くんだったよね?」
少女は八兵衛の両肩に手を置き、まっすぐに目を見つめてきた。
「覚えなくてもいいけど、識別のために教えておこう。私は〈シイナ〉という。頭領の命令だ。私は、きみの性能を最大限引き出すためにここにきた」
「俺の……性能?」
「そうだよ。せっかく使えそうな才が花開いたんだ。忍軍の役に立てるように、きみを強化する」
舌足らずな声色で淡々と告げる。にぱ、と笑うと、上着に大量についたポケットから、銀色に光るものを取り出した。
それは両手いっぱいの刃物だった。
「そう。きみは〈最速〉の才に目覚めたけれど、使いこなせていない。それはなぜか。それはね、早く動けるのは体だけで、早く動く体に、きみの意識自体が追いついていないんだ。反射神経と脳の演算速度がきみの最高速に対応できないから、まだ人間の限界くらいしか速さが出せないんだね。でも、私たち忍軍が求めるのは、人外の強さ。速さだ」
一理ある。と、八兵衛は不覚にも頷いてしまった。
しかし、どうやる? 今からまた修練を積めばいいのか? いつまで?
混乱する八兵衛に、少女が表情を変えずに告げた。
「それじゃあ強化計画を伝えるね。まず、きみの全身に麻酔をかける。意識が飛んだら頭を開けて、脳髄に呪法を書き込むよ。きみと戦った、〈七〉の死体や、私の護衛にかかっているのと同じようなね。余計なことを考えすぎる人間の意識では、人外の力は振るえない。だから、外部から入力された命令を最大効率で実行するってこと以外を考えなくて済むようにする。どう、わからないことがあれば質疑を受け付けるよ」
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