第十二話「こんな身体でも、あいつらには」
※※※
疑神衆は、各地に複数の拠点を持っている。牛火村にしたような〈神殺し〉を行い、解放・教化した村に自分たちの屋敷を建てたり、何もない拓けた場所にキャンプを展開したりと、その規模や形態は多岐にわたる。だが、共通点が一つあった。それは、〈龍脈〉が交わり、霊気の流量が有意に多い〈龍穴〉の近くにあること。世界各地の呪術を高い精度で再現し操るには、呪術を行う上でのエネルギーたる霊気が、ほぼ無尽蔵に湧き出る泉のような場所であることが必須であった。逆に言えば、彼らにとって優先すべきは、仲間たちの居住性よりも、〈龍穴〉の方である。まさに今ヨギリがたどり着いた拠点の一つは、山間の大岩の亀裂の奥、洞窟のような場所。人が生活するには極端に向かない空間であった。
牛火村からの避難民たちはカイに任せ、別の村に向かわせた。今ここにいるのはヨギリと、心配そうな顔でついてきた火和。そして、ヨギリに背負われて、唸り声を上げるマガナだけであった。
と、思われたが。
「どしたのマガナちゃん。ボロボロじゃな〜い」
間延びした、緊張感のない女性の声が洞穴に響いた。
不快感を露わにして、マガナが苦しそうに口を開く。
「うっせえぞエンジュ。早く直せ、クソババア」
髪を派手な色に染めた、丸眼鏡の女性が洞窟の奥から現れた。へらへらと緩ませた表情からは、感情が読み取れない。
「はいはい、ガキにはあたしもババアに見えんだねえ〜。いいからそこで寝てなね〜」
言いながら、巨大な卒塔婆のような、何かの文字がびっしりと書かれた木板でマガナの頭頂部を叩いた。触れた途端、文字の一部が赤黒く発光し、小さな稲妻のようなものが走った。マガナは短く呻き、ヨギリの背中から転げ落ちた。
「てめえ、エンジュ……! 次それやったら、殺す!」
「あははー、さすが〈火雷天気毒王〉の護符だ。効果覿面。だったらおとなしく言うこと聞いてろっての。あたしがいなきゃ身体も維持できない癖に、舐めた口聞いてんじゃないんだよ」
エンジュと呼ばれた女は、眼鏡の奥の目を冷たく細めた。
「それは……てめえらが……無理やりやったんだろうが……! こんな身体、好きでなったわけが……ねえだろうが……! それに……こんな身体でも、あいつらには……!」
「聞いたよ。〈光圀〉と戦ったんだってね。申し訳ない。マガナちゃんが奴らに太刀打ちできなかったのは、あたしの力不足だ。ごめん」
マガナの悪態に、エンジュの口調は途端に引き締まったものになる。眼鏡の奥の目が冷たく光った。
「しおらしくしてんじゃねえよ……気色悪い」
「調子に乗るんじゃないよ」
木板で、再びマガナの頭を小突く。また赤い稲妻が走り、マガナは叫びながら痙攣した。
「クソが……マジで、いつか殺す……絶対に……」
呪詛の言葉を吐きながら、マガナは気絶するように眠った。エンジュは肩にかけた鞄から植物や瓶を取り出すと、何やら作業を始めた。
夜霧は鋭い視線を向けるが、
「これでやっと仕事できるわ〜。さて、〈后土〉の祝福入りの浄水に〈オオゲツヒメ〉の祝詞をぶち込みゃ肉体の修復には十分そうだけど、霊力の回復が足りないか。全く、〈呪装〉使いが雑なんだから。マガナちゃん、霊気の浪費癖ついてんじゃないの〜?」
エンジュは元の調子に戻っていた。
「……マガナは我々の貴重な仲間です。もう少し、彼女の気持ちを考えた言動をしていただけませんか」
「え〜、なんで〜?」
「彼女が、人間だからです」
エンジュは笑い出した。
「……なぜ笑うのです」
「いやあ、だってあんた、そっちのが酷いよ?」
「どういう意味です」
「決まってんじゃん。あたしたち〈疑神衆〉の目的は?」
「神の業による現象を全て排除し、人間によって全て制御できる、奇跡のない世界を作ることです」
「あたしたちの計画は順調に行ってる。時間はかかるけど、あれが手に入れば目標は達成できる。でも、そのあとは?」
「……」
「ほら、ヨギリくんだってわかってるよね。龍脈とか、霊気とか、人間の手に負えないものを全て無くした世界が達成できたら、そういう霊的なもの……あたしらは〈禍学〉って呼んでるけど、〈禍学的なもの〉は全て消え去る。つまり」
夜霧は俯いた。その先の答えを知っているからだ。
「マガナちゃんは、死ぬ。あの子の身体中にぶち込んだ、洋の東西を問わない呪術の数々。もうそれはあの子の生物としての基本機能を司る器官にまで食い込んでいて、それが効力を失ったら、あの子は、心臓も肺も脳みそも神経も何もかも、シロアリに食い荒らされた建物みたいになって、朽ち果てる。あたしらが施しためちゃくちゃな改造のせいでね」
「……」
「あの子だってそれは知ってる。だからあたしは、必要以上に情なんかわかさないように距離とってんのよ。でもヨギリくんは、半端に優しい。無理もないけどね。幼馴染だったんだから」
「……そんなつもりは」
「ヨギリくん、上辺だけ優しい態度をとって、自分が許されようって思ってんなら、それは、相手を直接傷つけるよりよっぽど残酷だよ。マガナちゃんとアサカちゃんに対する罪滅ぼしのつもりかもしれないけど、あたしたちの罪は、絶対に滅びない。背負って、受け入れるしかない。その覚悟をするしかないんだ」
ヨギリは黙ったまま、杖を拾うと歩き出した。
「話は終わってないよ、ヨギリくん」
「……何ですか」
「今のマガナちゃんは、はっきり言って、あたしたちが現在持ってる最高峰の技術の結晶だ。今できることは全部やってる」
「……しかし、〈光圀〉には」
「そう、負けた。今のままじゃ、何度やったって同じだ」
「では、どうすればいいんですか……!」
「あたしたちはさ、勘違いしてたじゃない。〈光圀〉が一人しかいないって」
「……!」
エンジュは中指で眼鏡を直す。その奥からの視線が、火和と合った。
「え、エンジュさん、何……?」
「火和ちゃん、あんた、あの場で〈光圀〉と友達になったんだってね」
火和は思い返す。自分を窮地から救ってくれた恩人で、友達で、しかし、村を火の海に変えた〈烈火光圀〉にきょうだい、と呼ばれた光圀を。
「……おみつちゃん……」
エンジュはにたりと笑う。
「ねえ、火和ちゃんのお友達をちょっとだまくらかして連れてきてくれない? 身体の中を開けて調べれば、マガナちゃんをもっと強くできるヒントがあるかもしれない。毒をもって毒を制す。光圀をぶっ殺すには、同じ〈光圀〉の部品を使えばいいんだよ」
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