第七話「ぼくがたった一人の〈光圀〉だ」
※※※
炎の噴出による推進力を失い落下する。
炎の剣は霧散し、そこらじゅうのものが焦げた匂いだけが残っていた。
べしゃ、と音を立てて、〈烈火〉と彼女の肘から下についていたものが地面に落ちた。眼帯の女と巨体の女が必死の形相で駆け寄る。血が絶え間なく両肘から吹き出し続けていた。
〈烈火〉は何が起きたのか全く分からず、顔面蒼白で自らの腕があった場所を見つめ続けるばかりであった。
消耗の末、〈ヌエ〉の発動を解除したマガナも、眼前で何が起こったのか判じかねていた。自分ではない何者かが、怨敵の腕を切り落とした。しかし、何も見えなかった。どこから、誰が何をしたのかも。ちくしょう、と口中に漏らし、朦朧とする意識を手放した。だから、〈烈火〉の腕を斬ったものの姿を見ることはなかった。
「みっともなく騒ぐなよ。お前も一応〈光圀〉だろ」
その声の主は、倒れ伏した〈烈火〉のすぐそばに立っていた。
あまりにも唐突な出現に、その場にいた誰もが目を疑った。
極端なほどに痩せた、手足の細長い長身の黒い影。
黒衣を纏い、黒い長髪を頭の左右から垂らした、影そのもののような出立ちの少女がそこにいた。
いつから?
最初からそこにいたかのように、彼女は立っていた。
眼帯の女と巨体の女が身構える。しかし、黒い少女が指を弾くと、二人の背後に人影が現れた。
眼帯の女の後ろには、烏帽子を被り奇妙な形の皮帯で目隠しをした女が。
巨体の女の足元には、同じく目を仮面で覆った、巨大な斧を持つ童女が。
突如現れた影に動揺を見せる暇すらなく、〈烈火〉が〈助さん〉〈格さん〉と呼ぶ二人は胴体のあたりから真っ二つになって、倒れたきり動かなくなった。
「助さん! 格さん!! ああ……お前が……〈光圀狩り〉なのか……!」
〈烈火〉は涙を流しながら、明らかに怯えた表情でその黒い少女を見上げた。〈烈火〉の共を屠った二人は、黒い少女の両脇に立つ。
黒い少女は、口元を黒い覆面で隠していたが、悍ましいほどに端正な目元をゆっくりと細めた。嗤っていた。
「人聞きの悪いことを言うな。ぼくに言わせれば、お前達〈五行〉なんて〈光圀〉のうちに入らないんだよ。特に……ふふふ、お前は〈五行〉の中でも一番手応えがなかった。お前の〈助さん〉〈格さん〉も含めて」
「どうして……こんなことを……」
「ぼく以外に〈光圀〉なんかいらない。それに、ここにはいい龍脈が流れてるからね、ぼくの居城を作るにはちょうどいいんだよ。邪魔者には出て行ってもらわないと」
「村人たちも……殺す気か」
「兵隊になってくれるなら、って思ったけど、疑神衆なんかに入れ込むような村なら、村人は一人もいらないかな。さあ、お前をこのまま殺せば、ぼくがたった一人の〈光圀〉だ」
失血で〈烈火〉の顔色はみるみる青白くなっていったが、しかし、口元は不意にほころんだ。笑い声が漏れ出す。
「……何がおかしいの。不愉快なんだけど」
「はははは、これが笑わずにいられるか。私が最後だって? それは大間違いだ」
「は……?」
「いるんだよ、もう一人。〈光圀〉が」
光圀に視線を飛ばす。
格さんに背中から抱きしめられ、跪いたまま動かない。
その様を見て、黒い少女は不快そうに眉を顰めた。
が、何かに思い至り、長いまつ毛に縁取られた目を大きく見開いた。
「まさか、あいつは」
「気づいたか。だったらそのまま焼け死ね」
「!?」
黒い少女が目を離した隙に、〈烈火〉はその炎の力を自らの身体に集め、一気に解き放った。
低い爆発音が響く。
瞬間、黒い少女は飛び退く。〈烈火〉がつけていた装飾物や彼女自身の肉片が弾丸となって飛び散ったが、それは黒い少女の頬にわずかに一筋の傷を付けただけだった。烏帽子の女と、斧の童女にもかすり傷程度しか見えない。
爆心地には、〈烈火〉の鉢金だけが焼け残っていた。彼女が存在したということを示す唯一のもののように転がっていたそれを、黒の少女は忌々しげに踏み砕いた。
「くそ、馬鹿のせいで傷がついた。でも……」
爆発を呆然と眺める光圀に視線を向ける。
「収穫はあった。まだ〈狩り残し〉があったなんてね」
※※※
疑神衆の兵団と、疑神衆に付いていくことを決めた村人達を引き連れ、ヨギリ達は牛火村から離れるべく、足早に出口を目指していた。村はめちゃめちゃになったが、人的被害は極めて少ない。あの〈烈火光圀〉と名乗った存在が、巻き込まないように留意しながら戦っていたのかもしれない。
カイは胸を真一文字に切り裂かれていたがなんとか止血し、自力で歩いていたが、力を使い果たしたマガナは意識が戻らず、ヨギリが背に担いでいる。
満身創痍。完全敗北。
着々と仲間を増やし、版図を広げ、戦う術も磨いてきた。にも関わらず。
「……何もできなかった……」
ようやく巡り会えた〈光圀〉に、最高戦力であるマガナすら太刀打ちできず、しかもその〈光圀〉を瞬殺する存在まで現れた。自分たちに何ができる。
炎に包まれた村を振り返る。
無力感が込み上げ、叫び出しそうになる。しかし、自分が今率いている者たちの憔悴しきった様子を思い出し、それを飲み込む。今自分が取り乱した姿を見せてしまったら、何かが終わってしまう。目を閉じ、深呼吸するヨギリに、カイが小声で話しかけてきた。
「ヨギリ、火和がいねえ」
「……あの旅の女性たちと一緒にいたはずです。彼女たちは?」
「そっちも姿が見えねえ。位置的には、さっきの爆発の近くにいたはずだ。巻き込まれちまったのかも」
「……」
ヨギリは一層表情を曇らせるが、その時、近くの茂みががさ、と揺れた。
現れたのは、身体中すすだらけになった火和だった。
「火和! よく無事で……!」
カイは駆け寄って抱き上げようとしたが、火和の表情を見てその足を止めた。
「……どうした。あの姉ちゃんたちと、一緒じゃなかったのか?」
火和は首を横に振る。
「おみつちゃんたちなら、来ない」
「……何があった。まさか」
火和の双眸から、大粒の涙が流れ出す。
怒りの表情で、火和は声を絞り出した。
「あいつらの……仲間だったんだよ。おみつちゃんも……〈光圀〉だった! おみつちゃんは、あたしを……あたしも……!!」
掴まれて赤く痣になった首元を抑えて泣き出す。
ヨギリとカイも、その跡に気づいた。
火和の号泣が響く中、ヨギリは奥歯が砕けそうなほどに、怒りを噛み殺していた。
「ヨギリ……!」
いつもと温度の異なるカイの声に、ヨギリは我に返った。鷹揚なカイが目を見開いて、出口の先を凝視している。
そこには。
壮年の男が。老女が。小さい子供たちが。
ありとあらゆる歳格好の、夥しい数の人間たちが松明を掲げ並んで立っていた。
「何です……あなたたちは……!」
問いには誰も答えない。ただ、そこに立っている。一言も発さず、みじろぎ一つせず。
彼らは、この村を取り囲んでいるように見えた。
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