第二十一話「それでもまだ、付き合ってもらえますか。わたしの……世直し!!」
※※※
燃え盛る火炎の中、助さんと格さんは微笑む。光圀は駆け寄りそうになったが、一歩目を踏み込む前に足が止まる。
「なんで……? わたしは化け物で、二人を傷つけちゃうかもしれないのに」
怖かった。助さんが自分のことを教えてくれなかったことも、格さんがわたしの正体を知ったとき、離れていってしまうかもしれないことも。そんな恐怖を、そんな恐怖ごと、
「ばっかやろう。誰かを傷つけながら生きるなんてのは、当たり前のことだろうが。誰だってそれ以外の生き方なんてできねんだよ」
格さんは抱きしめる。
「みっちゃんが人間じゃないとか、化け物とか、関係ねえよ。あたしは、あたしを拾ってくれたみっちゃんだから、こんなとこまで来たんだぜ。だからさあ、もう、黙っていなくなったりすんなよ」
「うん……ごめん……ごめんね……」
目頭に浮かんだ涙を拭きながら、格さんは一歩下がり、助さんの背中を乱暴に突いた。姿勢をよろめかせ、助さんは光圀の目の前に放り出される。数秒、言葉を探していたようだったが、深く息を吸い込むと、助さんは深々と頭を下げた。
「お嬢。謝るべきは私です。もっと早く話すべきだった。黙っているほど、お嬢を傷つけるなんてことは、わかっていたのに。私は、どうしようもない、ばかものでした。許されることなどないとわかっています。でも、御免なさい。本当に……」
最後の声は震えている。
「ったく、ほんとだよ。この根暗姉さん、肝心なことはなーんも話さねえんだから」
格さんが揶揄うと、光圀は本当にね、と苦笑する。
「……みんなの言う通りです。だから今、一番肝心なことを伝えます」
姿勢を正し、まっすぐ瞳を見つめる。
「私は、お嬢のことを何より大事に思っています。天に誓って。あなたに誓って。あなたがこの後どんな道を歩むことになっても、私は……あなたの味方です」
「あ! おい、抜け駆け狡いぞ! みっちゃん、あたしも! あたしもそれだから!」
「……あなた、さっきから人の決意の言葉を茶化すの、やめなさい」
「暗いんだよ、あんたの言うことは全部! 黙ってるか暗いこと言うかしかできねえのかよ」
「聞き捨てなりませんね。撤回しなさい」
「やなこった」
そんな口論すら懐かしく、たまらなく愛しく、光圀は気付けば微笑みながら涙を流していた。喧嘩しても、元通りになって、離れても、いつかはまた一緒になれて。ひょっとしたら、
「家族って、こういう感じなのかな……」
言葉が漏れていた。その声に、助さんと格さんは口論を止め、思わず光圀を見る。
二人と目が合う。そんなことすらも嬉しく感じていた。
「ううん、だといいな、って、思っただけだよ。ねえ、助さん、格さん。わたし、やりたいことができたよ」
「?」
「自分が生まれた場所に行きたい。わたしが、〈光圀〉になる前のわたしのことを、知りたいんだ」
助さんの顔が、一瞬曇ったように見えた。
「お嬢、それは……」
「みっちゃんがやりたいことなら、なんだって力になるよ」
割って入った格さんに、光圀は笑顔で頷く。
「で、さあ。ずっと気になってたんだけど……」
格さんがおずおずと切り出す。指差して示したのは、八兵衛だった。
「こいつ、誰?」
「八兵衛だよ! 忘れんな!」
八兵衛は抗議の声を上げたが、言われてみれば、と思い直す。童子の眼球を譲り受けてからの身体の変化は、そのまま外見にも表れていた。髪は逆立ち、身体中にはひび割れと焦げ跡。眼の色まで変わっている。
「……まあ、色々あってさ。こんなんなっちゃった」
「通るか、そんな説明で! 別人じゃねえかよ」
「話すと長いんだって」
「っつうか、おチビ。あんた、結局何者なんだよ。何が目的であたしたちに着いてきてんだ」
正直、それは答えに窮する質問だった。復讐のために始めた旅も、光圀のことを知り、その落とし所はずいぶん違うものになってしまった。だから、強いて言えば。
「俺は……ここの忍び里出身の忍者だ。落ちこぼれだけどな。仲間は、〈天帝計画〉のせいでほとんど滅ぼされた。〈光圀〉って名前を手がかりに復讐の旅をしていた時に出会ったのが、お前たちだ」
「お前、みっちゃんを……」
「今は違う。今は、〈天帝計画〉を復活させようとしている忍軍を止めたい。止めて……光圀の世直しに、着いてく。約束したから」
格さんも助さんも、明らかな警戒の姿勢をとっている。が、奥で必死に頷く光圀に
気づき、苦笑した。
「正直わけわかんねーけど、ま、この状況でみっちゃんがそう言うんなら、あたしは信じるだけだ」
「同じく」
「っていうか、ここって忍者の忍び里だったんだな。道理で分かりづれえ場所にあるわけだよ」
「いや、知らないで来てたのかよ。どうやって辿り着いたんだ……」
「そりゃもちろん、あたしのみっちゃんへの想いの力でだな」
八兵衛は気づいた。いや、そもそも。この二人は何故ここにいる? 光圀のような霊力の探知能力でもあれば、地下の〈大隠石〉に引かれてきたことも考えられるが。
問いただそうとした瞬間、地面が揺れた。
振動し、ひび割れ、拳が地から突き出された。
光圀たちは反射的に構える。
地中から現れたのは、無龍だった。その後ろには、ネムとガゴゼ爺が屈んで飛び散る土塊から身を守っていた。
「無龍……様……!」
助さんも格さんも、無龍に見えるのは初めてであったが、その異様な風貌と、一瞥しただけで本能が感じ取る圧倒的な生命体としての強靭さに、警戒を強める。
辺りから、異常なまでに規則正しい足音が鳴り響く。見渡すと、忍び装束に身を包んだ異形の兵隊がずらりと周りを取り囲んでいた。その合間に、一様に似たような格好をした、赤毛の少女たちがまばらに立っている。
緊張が走る光圀たちの様子をおかしがるように、ガゴゼ爺が破顔した。
「いやあ、流石に面食らったわ。見事、見事。儂らの目を掻い潜って、これだけのことをやってくれるとはのう。だが、無駄なこと。儂らは予定どおり、光圀殿の御身を貰い受ける。それ以外の有象無象にはご退場いただいた上でな」
「そんなこと、させない」
「おお、〈八〉。もちろんお主も別よ。お主の身体は忍軍が作り上げたもの。手にした力は、儂らの元で活かせよ」
「……話が通じないな。お断りだって言ってんだよ!」
「暗愚よの。お主の意思など関係はない。周りにいる、お前の同胞と同じようになってもらうという意味じゃ」
手を広げ、あたりを取り囲む屍兵たちを示す。そんなことだろうと思ったが、どちらにせよ、そんな話に乗るつもりはない。交渉は無意味。ぶつかり合って、ねじ伏せる以外の選択肢は最初から一つたりともなかった。
八兵衛は光圀を振り返る。その視線にこもった意志に、頷く。
光圀は前に進み出た。
「みんな。わたしは、自分のことを知るために、旅を続けたい。そして、その旅の中で出会った人たちを助けたい。元々思っていた、世の中全部をよくするようなことはできないかもしれないけれど……それでもまだ、付き合ってもらえますか。わたしの……世直し!!」
その答えに、言葉は要らなかった。
並び立つ、足音。力強く鳴り響くその音に、光圀は確かな温度を感じていた。
だが、その時、光圀は何かに気づいた。
どこかから微かに光圀を呼ぶ声。どうやらそれは、足元から聞こえてきているようだ。
視線を落とすと、光圀のくるぶしあたりを、赤橙色にちらちらと、拳大の光る玉のようなものがうろちょろとしている。
(みつくにー……)
恐る恐るそれに触れると、光の玉は光圀の手を伝って、ぴゅうと肩にまで登ってきた。光圀は面くらいはたき落とそうとしたが、
(ま、まてー! わしじゃ!)
その物言いと、光の玉の表面に浮かび上がる尊大な表情には、見覚えがあった。
まさか、と思いながらも、問いかける。
「ひょ、ひょっとして……童子さん?」
ちょんと突き出た二本の突起は腕だったようで、短いそれをにゅっと組み合わせて、腕を組んでいるような姿勢を取る。
(そのとおり。わしこそ、ごうべやまの〈ぐえんどうじ〉じゃ! おぬしのちからになるため、じごくのそこからまいもどってきたわ!)
偉そうな人魂は、甲高い声で名乗りをあげた。
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