第八話「お主、わしの嫁になれ」

※※※


 童子は首から下げた鍵のようなものを外し、地面に突き刺す。


「〈金気〉」

 

 すると足元の土や砂利が集まり、ぼこぼこと音を立てながら融けるように形を変えると、いわゆる鬼の金棒然とした形状になった。


「返答次第によっては、この桐塾山の倶炎童子、鬼の誇りにかけてお主らを叩き潰すぞ」


 長身の身の丈よりもさらに長い金棒を、軽々と担ぎ上げる。


「ちょ、ちょっと待て! 俺たちはその氷砂姫って人も知らない!」

「そ、そうだよ! 話を聞いて、童子さん!」

「信じるに足らん。わしが聞きたいのは理由だけじゃ。それと、みだりに氷砂の名を……口にするな!」


 金棒が振り下ろされる。その勢いで光圀の足元の地面が砕かれた。何とか攻撃を躱し続け、隙を見つけて動きを止めて、説得の糸口を掴みたいところだが。

 童子は金棒の勢いに引っ張られたのか、振り下ろした方向にそのままバランスを崩して突っ伏した。おのれ、と言いながら起き上がり、今度は八兵衛に向かって金棒を振り上げるが、腰が入っておらず、軌道もふにゃふにゃ。八兵衛の速度を使うまでもなく、一歩下がって回避することができた。はあ、はあ、と童子は八兵衛たちを睨みつけたまま息を荒くしている。

 やああ、と妙に迫力のない掛け声と共に再び光圀にかかっていったが、その動作は緩慢。光圀は戸惑った表情のままその胴体を両腕で抱えると、えいっと近くに優しく転がした。

 この手応え。何かがおかしい。


「はちべえ、ねえ、ひょっとして……」

「あ、ああ……想像してなかったけど……」


 こいつ、めちゃくちゃ弱いんじゃないか……?



※※※



 八兵衛が差し出した竹筒に入った水を飲み干すと、大きく息を吐き、童子は顔中に浮かんだ汗を拭った。


「ふう、お主たち、なかなかやるな」

「いや、お前がやらなさすぎるんだけど」


 聞くところによると、どうやら童子が先ほど言ったように、鬼社会の少子高齢化は非常に深刻で、童子が物心ついた時にはもう、彼の集落にはほとんど老いた鬼しかいなかったらしい。そのため、一緒に運動してくれる遊び相手もおらず、端的に言うと倶炎童子は運動不足なのだ。さらに、唯一の喧嘩友達であった氷砂には常にコテンパンにされていたため、殴り合いのようなものに根本的に苦手意識がついてしまい、戦闘力は皆無に等しい。と言うことのようだ。


「な、だから仕方がないのじゃ」

「な、って言われてもなあ……」


 童子が敵意を解いたところで光圀が精一杯の語彙力で〈天帝計画〉について説明したが、元々全てを理解しているわけではないのに加え、論理立っての説明が非常に苦手なのもあり、事情を説明するのには困難を極めた。八兵衛がなんとかフォローしようとしたものの、そもそも又聞きの知識しかないため、童子に状況をしっかり理解してもらうのはいささか難しそうであった。


「ふむ、お主らは氷砂を知っているわけではない。そして、そっちの娘の背中にはわしの同胞の背骨が埋め込まれているらしい、ということか。そんなことが人間に本当にできるとは俄かには信じられんが……まあ、人間は頭が良い。わしらには想像もつかんモノを作ることもあるじゃろう。しかし、わしらの背骨を引っこ抜いて人間に移し替えるなんて、何のためにそんなことを?」

「だから、俺たちは〈天帝計画〉のことを調べるために、俺が昔いた忍び里を目指してるんだよ」

「なるほど、小さいのは忍者だったのか。この辺りに忍び里……なるほど、道理で」

「……何だよ? 道理でって」

「いや、わしを追っていた奴らも妙な出立ちをしておったからのう。そ奴らも忍者に違いあるまい」


 八兵衛は絶句した。

 この付近にいる忍者なら、〈待宵草忍軍〉にゆかりのあるものかもしれない。だがしかし、あの〈歪みの日〉以降、同胞を見かけたことはおろか、どこかで活動をしていると言う話を聞いたことすら一度もない。いかに落ちこぼれであった八兵衛でも、この三年、気配すら感じられていないということは、それはつまり、全滅していたと結論づけることに無理はない。


「童子、お前を追っていた忍者って、どんな奴らだったんだ? 服装とか、武器とか、何でもいい、覚えてないか……!?」


 だが、童子を追っていたのが、もし、八兵衛のかつての同胞であれば。

 失ったと思っていた仲間と再会できるかもしれない。かつては落ちこぼれの無能力であったが、不本意とはいえ〈最速〉の才に開花し、多少なりとも場数を踏んだ今であれば、忍軍と合流できるかもしれない。〈天帝計画〉のことを突き止める上でも、助けになってくれるかもしれない。


「ううむ、逃げるのに精一杯で、詳しくは……」


 その時、童子はぽんと手を打った。


「おお、一人妙な武器を使う女がおったのう。鉄でできた、空飛ぶ風車のようなものを操る女よ。妙な連中ばかりじゃったが、あやつは特に異様な雰囲気を纏っておった」


 一瞬、時が止まったように感じた。


「い、今……なんて言った? 風車……?」


 忍びの歴史がいかに長かろうとも、そんなものを使う忍者はそう聞いたことがない。考えられるとすれば。

 〈七〉。八兵衛がかつて見捨てて逃げた、恩人にして理解者。

 だが、彼女はあの〈歪みの日〉に、八兵衛を逃すために〈鬼〉に立ち向かい命を散らしたはずだった。


「本当に……風車を使ったのか? ど、どんな女だったんだよ、なあ……!」


 必死の形相で顔を近づけてくる八兵衛を、童子は露骨に嫌そうに手で遠ざける。


「だああ、寄るな、気色悪い!」

「わ、悪い。でも、もしその風車使いが本当にいるなら……」

「何じゃ、会いたい、とでも言うのか?」

「いや……大事なのは、〈天帝計画〉について調べることだ」


 そうだ、ナナ姉はあの時、いなくなってしまったんだ。俺が見捨てたから。もし生きてたとしても、会う資格は、俺にはない。

 そう自分を納得させようとした時、両肩を強い力で叩かれた。


「はちべえ!」


 光圀が力強く八兵衛の目を見つめる。


「わあ! な、何だよ!」

「よくわからないけど……その風車の人に、会いたいんでしょ? 会えるかわからないけど、確かめたいんじゃないの?」

「それは……」

「はちべえは、わたしが自分のことを調べることにも、ついて来てくれるって言ってくれたよね? だったら、わたしも、はちべえの確かめたいこと、手伝うよ」

「……い、いいのか……?」


 光圀は、もちろん、と花が咲いたように笑う。

 その様子を見ていた童子が、いきなり、がば、と立ち上がった。


「うはははは、重畳重畳。良いものを見せてもらった。どれ、小さいの。わしがその風車の女を見かけたあたりまで案内してやろう」

「わかるのか?」

「愚問よ。ただし、条件がある」

「条件?」

「わしだって、襲われた場所にのこのこ歩いて行くのは怖い。だから、お前たち、全力でわしを守れよ。わしは弱いからな。もし痛いことをされたら、泣くぞ」

「なんで偉そうなんだよ……」

「それと、もう一つ」


 童子は光圀の方にぐいと顔を近づける。


「大きい娘、お主のその献身的な心遣い、痛く感動した。腕っぷしもなかなかだし、十分に役目を果たせよう。匂いも氷砂に似てるしのう」

「え、な、何ですか……?」


 童子は腕を組み、鋭い犬歯を剥き出しにして笑った。


「お主、わしの嫁になれ」

「え……」

「ええええええええっ!?」 


 光圀と八兵衛の叫びが、山間にこだましていった。


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