第63話 メイド、ご主人様の顔を見てほっとする

「そろそろ戻りましょう、アリス」


 スカーレット様に促され、椅子から立ち上がる。

 小部屋にいた時間はそう長くないはずだが、どっと疲れが押し寄せてきた。


 だって、ものすごい情報量だったもの……!


 正直まだ、頭の中で情報を上手く処理できていない。

 スカーレット様がランスロット様を大切に思っているということがはっきりしたのはよかったけど。


 小部屋を出て、私は思わずかたまってしまった。

 目の前に、ランスロット様がいたからだ。


「ランスロット様……!」


 ランスロット様の顔を見ただけで、なんだかすごく安心してしまう。


 令嬢たちと喋ったり、スカーレット様からとんでもない秘密を打ち明けられたり、いろいろと大変だったもの。


「アリス」


 ランスロット様は私を見て一瞬笑顔になったけれど、すぐに真顔になってしまった。

 スカーレット様を見つけたからだろう。


「スカーレット様、私の婚約者がお世話になりました」


 丁重に頭を下げたものの、ランスロット様の声は冷ややかである。


「礼を言っていただく必要はないわ。わたくしは、お友達とお話していただけだもの。

 ねえ、アリス?」


 スカーレット様は私を見て、意味深な笑みを浮かべた。


 ランスロット様との仲をとりもて、ってことよね。


 私としても、二人の関係が改善するのは悪いことじゃないと思う。

 ランスロット様が嫌なら、無理やり改善させようとは思わないけど。


 それに、貴族社会を生きていく上で、スカーレット様の後ろ盾があるのはかなりありがたい。

 今後私がスカーレット様の友人だという話が広まれば、平民上がりだとしても私をあからさまに悪く言うことはできないはずだ。


「はい、そうです。私、スカーレット様と友達になったんですよ!」


 にっこりと笑いかけても、ランスロット様から返ってくるのは怪しむような眼差しだけ。

 どういうつもりだ、と顔に書いてある。


「わたくし、会場へ戻るわ。アリス、約束を忘れないでちょうだいね」


 スカーレット様はそう言い残し、小広間へ戻っていった。

 彼女の姿が見えなくなってから、ランスロット様が私の肩をがしっと掴む。


「いったい、何の話をしたんだ?」

「えーっと……」


 ランスロット様の父親を知りました、なんて言えない。

 きっとこれは、今伝えるべき情報じゃないはず。


「約束とはなんだ?」

「わ、私たちの結婚式に、招待してほしいという話です!」

「……結婚式に?」


 ランスロット様は驚いたような顔で私を見つめた。


「アリス、お前は派手な結婚式を挙げたいのか?」

「え?」

「どうなんだ?」


 結婚式のことなんて、全然考えていなかったわ。


「もし大きな式を挙げるなら、叔母である彼女を招待するのは当然だ。

 もちろん向こうは断ってもいいが、俺が招待しないなんて許されない」


 そういうものなのね。

 だとすれば、大きい式を挙げさえすれば、スカーレット様との約束を守ることはできる。


「ランスロット様は、スカーレット様を呼ぶのは嫌ですか?」

「……正直、混乱しているというのが本音だな」


 ランスロット様は軽く溜息を吐いて、廊下の窓から外を眺めた。


「ついさっきまで、陛下と話してきた。……いろいろと話を聞いた。

 スカーレット様が俺をどう思っているかも、どんな気持ちで俺に手紙を送っていたかも」

「ランスロット様……」

「それにな、アリス」


 ランスロット様が私の手をぎゅっと握った。

 その手がわずかに震えていたから、反射的に強く握り返す。


「陛下の話を聞いて、お前のことを考えて……少し、あの人の気持ちが分かるかもしれないと思ったんだ」

「どういうことですか?」


 ランスロット様はきょろきょろと背後を確認した後、私を先程の小部屋に連れ込んだ。

 窓もなく、防音設備もしっかりとした密室である。


 ここなら、誰かに話を聞かれる心配はないわ。


「以前、お前に言っただろう。あいつが俺を愛しているとしても、それは俺が俺だからではなく、俺が愛する男との子だからだ、と」

「はい、覚えています」


 実際、スカーレット様の話を聞いて、その通りかもしれないと感じた。

 ただ、理由がどうであれ、彼女がランスロット様を愛おしく思っていることに変わりはない。


「陛下から聞いた。父親が誰かは教えてもらえなかったが、あの人は未だに、一途に一人だけを思い続けているらしい。

 好きでもない男に嫁いだ、今もな」


 それ、陛下が自分で言ったのよね。

 今もスカーレット様が、自分を愛しているってことを。


 要するに現在も、二人は両想いというわけか。


 二人は兄妹という関係なのだから、親しくしても文句なんて言われない。

 隠れて逢瀬を重ねることもできるはずだわ。


 けれど絶対に二人の関係を公にすることはできない。

 二人が、墓場まで持っていかねばならない秘密だ。


 それを、私だけが聞いちゃったってことよね。本当、荷が重いわよ。


「以前の俺なら、それを聞いても、だからなんだ? としか思わなかっただろう。

 でも……」


 ランスロット様が手を伸ばし、私の耳に優しく触れる。

 まるで壊れ物を扱うみたいに、丁寧な手つきだ。


「お前との子が生まれれば、俺は無条件にその子を愛するだろう。お前との子だから、という理由だけでな」

「そんな、急に子供だなんて……!」

「いいから話を聞け」


 呆れたように溜息を吐かれたが、こっちの身にもなってほしい。

 たとえ話だとしても、子供の話なんて出されたら動揺するに決まっている。


「もし俺が子供と離れて暮らしていても、会ったことがなくても、お前との子なら大切にするかもしれないと思った。

 つまり俺は、あいつが俺を大切に思っているという事実に、納得はした」


 そう言いつつ、ランスロット様の表情は複雑そうだ。

 納得したとはいえ、すぐに気持ちを切り替えられるわけではないのだろう。


「アリス、一度パーティー会場へ戻るぞ。さすがに席を外しすぎた」

「はい、分かりました」


 部屋から出ようとした私の腕を引き寄せ、ランスロット様は私をぎゅっと抱き締めた。


「だが、その前に軽く癒してくれ。かなり疲れたんだ」


 甘えるように、ランスロット様が私の肩口に顔をうずめる。

 子供みたいな仕草に、どうしたらいいか分からなくなるほどときめいてしまう。


「安心してください、ランスロット様。アリスがずーっと、ランスロット様のお傍にいますからね」


 あの日、エリーの空き部屋でしたのと同じように、ランスロット様を強く抱き締めた。

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