第56話 メイド、ふかふかのベッドで寝る

 王都に到着してすぐ、私たちは宮殿へ向かった。

 パーティー参加者には、宮殿の客室が用意されたのである。


「ここが、私たちの部屋……!」


 広々とした部屋には、煌びやかな家具がおかれている。

 大きなベッドは天蓋付きで、床を覆う深紅の絨毯はふかふかだ。


 ベッドじゃなくて、床でも眠っちゃえそう……!


 さすがは宮殿である。数多ある客室の一つに過ぎないのに、目を見張るほどの豪華さだ。


「ランスロット様、このベッド、びっくりするほどふかふかですよ!」


 しかも布団からは、太陽の香りがする。

 私たちが到着する直前に干してくれたのだろう。


「アリス、まず気にすることが、ベッドの質か?」

「え?」

「ベッドが一つしかないことについては、何かないのか?」

「……あっ!」


 この部屋は、ランスロット様と私のために用意された部屋だ。

 つまり、私はランスロット様と同じベッドで眠らなければならない。


 婚約者なんだし、当然といえば、当然よね。


 ランスロット様と同じベッドで眠るのは初めてだ。

 婚約者になった後も、相変わらず私は自室で眠っているから。


 どうしよう。どきどきして寝不足になっちゃったら、顔のコンディションが悪くなりそう。

 それに、寝ている間にいびきをかかないかとか、いろいろ心配だし。


「お前が嫌なら、別の部屋を用意してくれと頼んでもいい」

「えっ?」

「そもそも、俺たちは夫婦ではなく婚約者だ。お前が貴族の令嬢なら、同室になんてされなかっただろう」


 そうなんだ。

 婚約者なんだから、同じ部屋になるのは当たり前だと思っていた。


 じゃあ、平民である私に対する差別が、もう始まってるってこと?


 これを仕組んだのがスカーレット様なのか、もっと末端の人たちなのかは、私には分からない。

 そもそも、嫌がらせかどうかを断言することもできない。


「その必要はありません」

「……いいのか?」

「ええ。だって、せっかく一緒の部屋なのに、別々にするなんてもったないじゃないですか!」


 この機会に、ランスロット様の寝顔をじっくり見ちゃおう。


「ああ、そうだな」

「はい!」

「それから、今日は明日に備えてゆっくり眠るといい。明日は早いんだから」

「……早い?」


 確か、スカーレット様の誕生日パーティーは夕方から夜にかけて開催されるはずだ。

 だから、わりとゆっくりできると思っていたんだけど。


「明日は朝からパーティーの準備だぞ」

「えっ? 朝からって、どういうことですか!?」


 領地から王都はかなり離れていて、長旅で疲れている。

 だからこそ今日は、ふかふかのベッドでゆっくり眠ろうと思っていたのに。


「王妹の誕生日パーティーだ。招かれた貴族は皆、気合を入れてくる。

 見た目の美しさや服、装飾品の高級さで競い合うのが社交場だ」


 呆れたように言いながらも、ランスロット様の目は真剣である。


「そんな風習、馬鹿らしいと思っていた。だが……」


 ランスロット様が、私の髪にそっと触れた。


「俺の婚約者が誰よりも綺麗だということを、皆に披露するのも悪くない。そうだろう?」


 ランスロット様の言葉に、身体中が熱くなる。


「任せてください、ランスロット様!」

「ああ、任せたぞ、アリス」





「そろそろ寝るか」


 そう言って、ランスロット様が部屋の明かりを消す。

 だが、枕元の小さなランプはまだついている。


 大きいベッドだから、同じベッドに入っても狭くはない。

 くっつかなくても、一緒に眠ることだってできるだろう。


 ランスロット様はベッドに横になると、ほら、と私を手招きしてくれた。


「は、はい」


 少し緊張しながら、ベッドに入る。

 横を見ると、ランスロット様とすぐに目が合った。


 近くで見る横顔、めちゃくちゃ格好いい……!


 元々、私はランスロット様の顔が大好きだ。それに今、私を見つめるランスロット様の表情はとびきり甘い。


「おやすみ、アリス」

「お、おやすみなさい、ランスロット様」


 ランスロット様はすぐに目を閉じてしまった。

 明日が早いから、今日は本当に眠るつもりなのだろう。


 心の準備なんてできてないし、それはそれでいいんだけど……。


 冷静に考えたら、こんなシチュエーションで眠れるわけなくない!?


 だって、ランスロット様が隣にいるのよ?

 しかも私たちはもう婚約者で、両想い。


 寝顔をじっくり見ようと思っていたけれど、それどころじゃないかもしれない。


「……どうしよう。私、寝れるかな」


 明日のために、しっかり寝たいのに。


 頭を抱えそうになったところで、隣から静かな寝息が聞こえてきた。


 ランスロット様、もう寝ちゃったの!?

 意識してどきどきしちゃったのは私だけってこと!?


 なにそれ、と怒ることはできなかった。

 だって、ランスロット様の寝顔があまりにも穏やかだったから。


 私の隣で、ランスロット様はこんなに安心してくれてるんだ。


 そう思うと心が温かくなる。

 そっとランスロット様の頭を撫でてから、私も目を閉じた。


 眠れるかは分からない。でもとりあえず目を閉じて、身体を休めなきゃ。





「アリス、アリス……アリス、起きろ!」


 何度も身体を揺さぶられる。

 そして、私がぎゅっと握っていた毛布を奪われた。


「アリス」


 耳元で叫ばれる。

 仕方なく、私は重い瞼を持ち上げた。


「もうちょっと、穏やかに起こしてください……」

「何度もそうしたが、いびきをかいて起きなかったのはお前だろう」

「えっ!? 嘘ですよね!?」

「本当だ」


 嘘……。

 どきどきして眠れないかも、なんて思ってたのに、いつの間にかぐっすり寝たあげく、いびきまでかいてたの?


 恥ずかしすぎる。


 とっさに両手で顔を覆うと、呆れたようにランスロット様が溜息を吐いた。


「それに、もう迎えがきてるぞ」


 ランスロット様が部屋の扉を開ける。

 するとそこには、上品な老婦人が立っていた。そして、老婦人の後ろには二人の中年女性もいる。


「今日は頼む」


 ランスロット様が言うと、老婦人は自信満々に頷き、私を見つめた。


「アリスお嬢様、今日は私たちが、貴女を会場一の美人にしてみせますからね」

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