第55話 メイド、王都へ

「お二人とも、馬車がきましたよ」


 ヴァレンティンさんにそう言われ、私とランスロット様は立ち上がった。

 いよいよ今日、私たちは馬車で王都へ向かうのだ。


 そう、私、王都に行くの。

 ランスロット様の婚約者として!


 ついつい、顔がにやけそうになってしまう。幸せすぎて、笑顔がやめられない。


「アリス」


 ランスロット様が自然に私の手をとった。

 ランスロット様が私の手を握るのは、なにもおかしいことじゃない。だって、私たちは婚約者同士なのだから。


 今日はいつものメイド服ではなく、以前ランスロット様に買ってもらった青いワンピースを着ている。

 ただ、髪はいつも通りツインテールだ。ランスロット様が、この髪型がいいと言ってくれたから。


「お前は俺の婚約者だ。なにを言われても、堂々としていればいい」

「わざわざそう言うってことは、なにか言われちゃいそうなんですね?」

「……社交場は、そういう場所だ」


 歩きながら、ランスロット様は溜息を吐く。

 私たち三人が馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き始めた。


「噂好きな方も多いですしね」


 ヴァレンティンさんもそう言って、困ったような笑みを浮かべている。


 そういえばヴァレンティンさんは、わりと長い間宮殿で働いていたのよね。

 だとすれば、社交界や宮殿について、ヴァレンティンさんはかなり詳しいのかもしれない。


「他人の懐事情から痴情のもつれまで、なんでも話の種になってしまう場所ですよ」

「ヴァレンティンの言う通りだ。だからこそ、社交界に姿を見せない俺の話もしていたんだろうからな」


 確かに、言われてみればそうだわ。

 でもまあ、噂話が好きなのは、いつの時代だろうと、どこだろうときっと一緒よね。


 私がメイドカフェで働いているという噂も、一瞬で広がった。

 学年や専攻が違って、私と全く関りがなかった人たちですら、わざわざ私を見にきたりもしたのだ。


 だけど、噂の力に助けられたこともある。

 商人たちがエリーの噂を流してくれたおかげでエヴァンズ男爵がエリーにきてくれた。

 メイドカフェで働いていた時だって、神対応、という噂が広まったことで、新しいお客さんがきてくれたのだ。


 だからきっと貴族社会のそういう面も、悪いことばかりじゃないはず。


「今回、俺たちは注目の的だろうな」

「そうですね。ランスロット様がパーティーに参加するのは本当に久々だそうですし」

「ああ。しかもそれが俺を気に入っているという噂がある人物の誕生日パーティーだ。

 その上俺は、婚約者まで連れている」


 ランスロット様はじっと私を見つめた。


「元メイドの婚約者なんて、噂にならないわけがない」

「……それ、バレるんでしょうか?」

「確実にな。お前は何度か、貴族たちにも会っているだろう」


 そうよね。地味で目立たないメイドならともかく、こんなに可愛いメイドのことは、きっと一度見たら忘れられないはず。


 元メイド、そして平民でありながら、伯爵の婚約者。


 注目されるに決まっている。

 そしてどう考えたって、貴族の令嬢たちによく思われるはずがない。


 金目当ての女、卑しい平民、マナーや礼儀のなっていない馬鹿な女……きっと、いろいろな陰口を言われることだろう。


 しかも、ランスロット様は若くて格好いい。

 嫉妬による悪口も覚悟する必要があるだろう。


「アリス、なにを言われても、気にする必要なんてないからな。

 お前は、俺が選んだ婚約者なんだから」


 ランスロット様の言葉は優しくて甘い。


 ランスロット様がいればそれだけで十分です、なんて答えるのが、きっと普通の女の子なら正解なのだろう。


 だけど私、悪く言われるだけっていうのは、どうしても性に合わないわ。


「安心してください、ランスロット様。

 誰だって私と話せば、私が可愛いってことに気づいてくれるはずですから!」


 メイドカフェには男性客だけでなく、女性客もかなりきていた。

 そんな中で、あざと可愛いぶりっ子全開の私は、女性客にもかなり人気だったのである。


 令嬢たちが私のことを悪く言えるのも、最初だけよ。

 メイドカフェで数々のお嬢様たちを落としてきた実力、社交界でも発揮してみせるわ!


 両手の拳を握って決意を示すと、ランスロット様はくすっと笑った。


「アリスは、やはり頼もしいな」

「そりゃあ、ランスロット様の婚約者ですから!」


 スカーレット様は、ランスロット様に見合い話をしてきた。

 見合い相手にと考えていた令嬢も、もしかしたらパーティーにやってくるのかもしれない。


 私が誰よりもランスロット様に相応しいと証明してみせる。

 絶対、私がパーティーで一番輝いてやるわ!





「ここが、王都……!」


 王都・カメリア。通称、万物の都。

 あらゆるものが国中から集まる場所だ。


 王都の城門をくぐってから、私はずっと外の景色を眺めている。

 一秒ごとに姿を変えるから、どれだけ見ても飽きないのだ。


「わ、ランスロット様、あの広場でなにか催しをやっていますよ!

 あっ、あっちでも……そっちでも!」


 目がいくつあったって足りない。興奮のあまり馬車内で飛び跳ねてしまうと、ランスロット様に手を強く引かれた。


「あまり動くと危ないぞ」

「そうは言っても、動きたくもなっちゃいますよ!」


 以前、デートへ行った街とは比べ物にならない。

 賑やかな場所だとは聞いていたが、想像以上である。


「久しぶりに王都へくるのは憂鬱だったが、お前を見ていると元気が出るな」

「じゃあ、一生私のこと見ててくださいね!」


 王都は、ランスロット様の生まれ故郷だ。

 ランスロット様にとっては、あまりいい思い出はないのかもしれない。


 だからこそ、私はここで、ランスロット様と素敵な思い出を作って帰りたい。


 ランスロット様の悲しい思い出は、全部幸せで上塗りしちゃいたいもん。

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