第54話 メイド、遂にご主人様に勝利する

 屋敷に戻ってヴァレンティンさん特製のスープを飲んだ後、私はすぐに風呂に入った。

 早く身体を温めてこい、とランスロット様にきつく言われたからである。


「お風呂から出たら、すぐ居間にくるようにって言われたけど……」


 さすがに、メイクはちゃんとしなきゃよね。


 よく考えてみたら、さっきの私はすっぴんだった。

 メイクをしよう、なんて考えが頭に浮かばないほど、不安な気持ちでいっぱいだったのだ。


「元気になったし、とびきり可愛いメイクしちゃお!」


 そして、可愛い可愛い私をランスロット様に見てもらおう。

 いつもの私らしく、あざとさ前回でランスロット様を魅了しなくちゃ!





「ずいぶんと長い風呂だったな、アリス?」


 私が居間へ行くと、ランスロット様が呆れたような顔でそう言った。

 テーブルの上にはティーカップが置かれているけれど、中身は空っぽである。


「ランスロット様のために可愛くしようとしたら、時間がかかっちゃったんです」


 ランスロット様を上目遣いで見つめた後、可愛らしく頭を下げる。

 すると、ランスロット様は柔らかい微笑を浮かべてくれた。


「やはりお前は、そうじゃないとな」

「え?」

「図々しいくらいが、お前にはよく似合っている」

「ちょっと! 図々しいじゃなくて、せめてあざといって言ってください!」


 頬を膨らませて怒ってみせると、そうだな、とランスロット様が頷いてくれた。


「アリス、俺が宮殿で開かれるパーティーに招待されたのは覚えているだろう?」

「はい。もちろんですよ。スカーレット様の誕生日パーティーですよね?」


 参加するかどうかが決まったら、私にも教えてくれると言っていた。


 この話をするってことは、参加するかどうか決めたってことよね。


「参加することにした」


 そう宣言したランスロット様は、少しだけ緊張しているように見えた。

 けれど、迷いは一切感じられない。


「そもそも、王妹からの招待を断るなんて、普通の貴族には許されない。

 断って何のお咎めもなければ、ますます特別扱いをされていると噂されるだけだ」

「なるほど……」

「それに、あれこれと考えるより、一度会った方がいいと思ったんだ」


 確かに、そうかもしれない。

 スカーレット様から直接話を聞かない限り、彼女の気持ちなんて分からないのだから。


 でも、ランスロット様が自らそんなことを言うようになったなんて……!


「もう、返事の手紙も用意した」


 ランスロット様が懐から真っ白い封筒を取り出す。


「婚約者をつれて誕生会に出席する、と書いておいた」

「……え?」


 今、ランスロット様、なんて言った?

 婚約者をつれて? えっ? 婚約者って言ったわよね?


「ら、ランスロット様、お見合いは断ったはずでは……?」

「お前は馬鹿なのか?」


 ランスロット様がわざとらしく溜息を吐いて、私の額を人差し指でつつく。


「お前以外につれていく奴なんていない」

「そ、それって……!」

「お前から言わせようと思っていたが、俺の負けだ」


 ランスロット様がそっと右手を伸ばし、私の頬に触れた。

 大きい手のひらに、心臓がどきんと飛び跳ねる。


「俺はお前が好きだ。だから、婚約者としてお前をつれていく」


 これってもう、正真正銘の告白よね?

 私、ランスロット様に告白されたのよね?


 つまり……正式に、ランスロット様に溺愛されるってこと!?


 いろんな気持ちが、涙になってあふれてきた。

 せっかく時間をかけたメイクも、これでは全部落ちてしまう。


「ランスロット様……!」


 言いたいことはたくさんあるのに、泣きすぎて、ランスロット様の名前を呼ぶことしかできない。


「アリス。告白には、返事が必要だろう」

「そ、そんなこと言って、私が断るわけないことくらい、分かってるじゃないですか……!」


 ランスロット様は既に、私を婚約者としてパーティーへつれていくと断言したのだ。

 私の気持ちなんて、完全に分かっているに違いない。


「だが、俺はお前からの返事を聞きたい」


 なにこれ。

 どきどきしすぎて、心臓がおかしくなっちゃいそう。


「だっ、大好きです、ランスロット様……!」


 私がそう言うと、ランスロット様は満足そうに頷いた。

 そして、涙がとまらない私の頭を優しく撫でてくれる。


「これからお前は、正式な俺の婚約者だ。分かったな?」

「はい!」

「他の男と気軽に話すなよ」


 そう言ったランスロット様の眼差しは真剣で、思わず私は笑ってしまった。


 明らかな両想いになっても、ランスロット様の嫉妬深さは変わらないのね。


「返事は?」

「分かりました。ランスロット様も、他の女性に目移りしてはいけませんよ。

 まあ、王都にだって、私より可愛い子はいないでしょうけど」

「そうだな」


 ランスロット様はしゃがんで私に目線を合わせた。

 そして、私の額に軽いキスをする。


「お前は、世界一可愛いんだから」


 ぎゅ、と強く抱き締められた。

 あまりのどきどきに手が震えながらも、ランスロット様の腰に腕を回す。


 どうしよう。ときめきすぎて、心臓がもたない。


 婚約者になったことだし、これからどんどん溺愛が加速するのよね?

 私、耐えられるの?


 そんなことを考えて、私は思わず笑ってしまった。


 こんなに幸せな悩み、きっと世界中のどこを探したってないもの。

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