第54話 メイド、遂にご主人様に勝利する
屋敷に戻ってヴァレンティンさん特製のスープを飲んだ後、私はすぐに風呂に入った。
早く身体を温めてこい、とランスロット様にきつく言われたからである。
「お風呂から出たら、すぐ居間にくるようにって言われたけど……」
さすがに、メイクはちゃんとしなきゃよね。
よく考えてみたら、さっきの私はすっぴんだった。
メイクをしよう、なんて考えが頭に浮かばないほど、不安な気持ちでいっぱいだったのだ。
「元気になったし、とびきり可愛いメイクしちゃお!」
そして、可愛い可愛い私をランスロット様に見てもらおう。
いつもの私らしく、あざとさ前回でランスロット様を魅了しなくちゃ!
◆
「ずいぶんと長い風呂だったな、アリス?」
私が居間へ行くと、ランスロット様が呆れたような顔でそう言った。
テーブルの上にはティーカップが置かれているけれど、中身は空っぽである。
「ランスロット様のために可愛くしようとしたら、時間がかかっちゃったんです」
ランスロット様を上目遣いで見つめた後、可愛らしく頭を下げる。
すると、ランスロット様は柔らかい微笑を浮かべてくれた。
「やはりお前は、そうじゃないとな」
「え?」
「図々しいくらいが、お前にはよく似合っている」
「ちょっと! 図々しいじゃなくて、せめてあざといって言ってください!」
頬を膨らませて怒ってみせると、そうだな、とランスロット様が頷いてくれた。
「アリス、俺が宮殿で開かれるパーティーに招待されたのは覚えているだろう?」
「はい。もちろんですよ。スカーレット様の誕生日パーティーですよね?」
参加するかどうかが決まったら、私にも教えてくれると言っていた。
この話をするってことは、参加するかどうか決めたってことよね。
「参加することにした」
そう宣言したランスロット様は、少しだけ緊張しているように見えた。
けれど、迷いは一切感じられない。
「そもそも、王妹からの招待を断るなんて、普通の貴族には許されない。
断って何のお咎めもなければ、ますます特別扱いをされていると噂されるだけだ」
「なるほど……」
「それに、あれこれと考えるより、一度会った方がいいと思ったんだ」
確かに、そうかもしれない。
スカーレット様から直接話を聞かない限り、彼女の気持ちなんて分からないのだから。
でも、ランスロット様が自らそんなことを言うようになったなんて……!
「もう、返事の手紙も用意した」
ランスロット様が懐から真っ白い封筒を取り出す。
「婚約者をつれて誕生会に出席する、と書いておいた」
「……え?」
今、ランスロット様、なんて言った?
婚約者をつれて? えっ? 婚約者って言ったわよね?
「ら、ランスロット様、お見合いは断ったはずでは……?」
「お前は馬鹿なのか?」
ランスロット様がわざとらしく溜息を吐いて、私の額を人差し指でつつく。
「お前以外につれていく奴なんていない」
「そ、それって……!」
「お前から言わせようと思っていたが、俺の負けだ」
ランスロット様がそっと右手を伸ばし、私の頬に触れた。
大きい手のひらに、心臓がどきんと飛び跳ねる。
「俺はお前が好きだ。だから、婚約者としてお前をつれていく」
これってもう、正真正銘の告白よね?
私、ランスロット様に告白されたのよね?
つまり……正式に、ランスロット様に溺愛されるってこと!?
いろんな気持ちが、涙になってあふれてきた。
せっかく時間をかけたメイクも、これでは全部落ちてしまう。
「ランスロット様……!」
言いたいことはたくさんあるのに、泣きすぎて、ランスロット様の名前を呼ぶことしかできない。
「アリス。告白には、返事が必要だろう」
「そ、そんなこと言って、私が断るわけないことくらい、分かってるじゃないですか……!」
ランスロット様は既に、私を婚約者としてパーティーへつれていくと断言したのだ。
私の気持ちなんて、完全に分かっているに違いない。
「だが、俺はお前からの返事を聞きたい」
なにこれ。
どきどきしすぎて、心臓がおかしくなっちゃいそう。
「だっ、大好きです、ランスロット様……!」
私がそう言うと、ランスロット様は満足そうに頷いた。
そして、涙がとまらない私の頭を優しく撫でてくれる。
「これからお前は、正式な俺の婚約者だ。分かったな?」
「はい!」
「他の男と気軽に話すなよ」
そう言ったランスロット様の眼差しは真剣で、思わず私は笑ってしまった。
明らかな両想いになっても、ランスロット様の嫉妬深さは変わらないのね。
「返事は?」
「分かりました。ランスロット様も、他の女性に目移りしてはいけませんよ。
まあ、王都にだって、私より可愛い子はいないでしょうけど」
「そうだな」
ランスロット様はしゃがんで私に目線を合わせた。
そして、私の額に軽いキスをする。
「お前は、世界一可愛いんだから」
ぎゅ、と強く抱き締められた。
あまりのどきどきに手が震えながらも、ランスロット様の腰に腕を回す。
どうしよう。ときめきすぎて、心臓がもたない。
婚約者になったことだし、これからどんどん溺愛が加速するのよね?
私、耐えられるの?
そんなことを考えて、私は思わず笑ってしまった。
こんなに幸せな悩み、きっと世界中のどこを探したってないもの。
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