第57話 メイド、お嬢様扱いされる!?

「アリスお嬢様、行きますよ」


 老婦人が私の腕を軽く引っ張る。

 戸惑っていると、背後に控えていた女性たちが私の背中を押した。


「あの、待ってください、これは……?」


 いきなりのことに眠気も吹っ飛んだ。慌ててランスロット様へ視線を向けると、ランスロット様に笑顔で手を振られる。


「安心しろ、アリス。エヴァンズ男爵に頼んで、信用できる方を紹介してもらった」

「信用できる方?」

「貴族の令嬢たちが、彼女に美しくしてもらいたくて、予約待ちをしているらしいからな」


 ランスロット様が言い終えると、老婦人は誇らしげに胸を張った。


「わたくし、グレースと申します。以後、お見知りおきを」

「は、はい」


 なんだかこの人、ものすごくオーラがあるわね。


「アリスお嬢様」


 グレースさんが近づいてきたと思ったら、背中を軽く叩かれた。


「背筋が曲がっています。お気をつけください。どれほど美しいドレスを着ても、姿勢が悪ければ魅力的にはなりません」

「分かりました……」


 慌てて背筋をピンと伸ばす。

 私なりに精一杯やったのに、返ってきたのは、まあいいでしょう、という言葉だった。


「ではサリヴァン伯爵様、失礼いたします」


 グレースさんがランスロット様に深々と一礼する。

 見たことがないくらい、優雅な礼だった。





 グレースさんに連れられて、私は宮殿内の一室にやってきた。

 部屋の中には、様々なドレスや装飾品が並んでいる。


「あの、ここは?」

「サリヴァン伯爵様が手配してくださった部屋です。わたくしたちは宮殿や屋敷に出張し、令嬢の身支度を手伝うことを生業としているのです」


 じゃあ、ここにある服やアクセサリーは、わざわざ全部持ってきたってこと!?


 とんでもない量である。しかも、どれも高そうだ。


 これ、輸送費用だけでかなりの金額がかかるんじゃないかしら。

 グレースさんたちを呼ぶのに、いったいどれくらいかかったのだろう。


 想像するだけで恐ろしくなったため、私は考えるのをやめた。


「まずはお嬢様、お顔を洗いましょう」

「え?」

「眠気が、完全にとれていないようですので」


 グレースさんが目で合図をすると、後ろに控えていた女性のうち一人が、どこかから桶を持ってきた。

 その中には、たっぷりと水が入っている。


「どうぞ、顔を洗ってください」


 そう言われて、断れるはずがない。

 水に触れてみると、かなり冷たかった。


 少量の水を手ですくい、顔にかける。すると、グレースさんが首を横に振った。


「もっと、きちんと洗わなくてはいけません」


 グレースさんは私の顔に容赦なく水をかけ、ふかふかのタオルで水を拭きとる。

 その後、肌触りのいい液体を顔に塗られた。


「花の蜜から作った化粧水です。美白、美肌効果がありますので」


 次に、グレースさんは私を白い壁の前に立たせた。


「では、本日お召しいただくドレスを決めていきます。

 アリスお嬢様は綺麗な青い瞳をしていますので、青のドレスも似合いますね。お肌の色との相性もいいでしょう」


 そう言いながら、グレースさんは透き通った水色のドレスを渡してくれた。


「一度着てみましょうか。何着か試して、一番よかったものにしましょう」

「分かりました」


 とりあえず、着ていた寝巻を脱ぐ。

 寝起きの状態で連れてこられたから、まだ寝間着のままだったのだ。


 ドレスを受け取ろうと手を伸ばすと、なぜか遠ざけられてしまった。


「アリスお嬢様」

「なんですか?」

「ドレスを着る前にまず、コルセットですよ」


 コルセット? コルセットってあの、腰に巻くやつよね?

 綺麗なくびれを作るために、かなりぎゅうぎゅうにお腹をしめるやつ。


「アリスお嬢様は元々細い方ですが、コルセットをつけることでより美しい体型になれます。

 少々痛いかもしれませんが、我慢してください」


 グレースさんは部屋の奥からコルセットを持ってくると、私の腰に巻いてくれた。

 そして、限界まで背中の紐を引っ張る。


「い、痛いです、グレースさん!」

「いいえ、まだまだです」


 何度も痛いと騒いだが、グレースさんは全く聞いてくれなかった。





「とってもお綺麗ですよ、アリスお嬢様!」


 グレースさんがそう言ってくれた時、私は既に疲れきっていた。


 朝から、もう何時間経ったのだろう。

 お腹が空いているはずなのに、コルセットのせいでよく分からない。


「あとは、淑女らしい振る舞いをしていただければ完璧です。くれぐれも気をつけてくださいね」


 そう言われても、淑女としての振る舞いなんてよく分からない。

 だが、正直に答えるわけにもいかず、私は曖昧に頷いた。


 それにしても、パーティーの準備がこんなに大変だなんて思わなかったわ。

 貴族の令嬢たちって、日常的にこんな思いをしてるのかしら?


 鏡に映った自分を見つめた。


 白と水色を基調としたドレスは華やかで美しい。袖口や裾には金糸で編まれたレースがつけられていて、上品な印象もある。

 全体的にふわふわとしたデザインだが、腰をコルセットでしめつけているおかげで華奢に見える。


 髪はランスロット様からの指示があったのか、いつも通りのツインテールだ。

 しかし、きっちりと巻かれ、巻きがとれないようにしっかりと固められている。


 それに加え、装飾品もかなり豪華だ。

 最も派手なのは、サファイアの埋め込まれたティアラである。


 貴族の令嬢どころか、まるでどこかの国のお姫様みたいだわ。


 自分の姿にうっとりしていると、控えめに部屋がノックされた。

 扉近くに控えていた女性が、少しだけ扉を開いて確認する。


「アリスお嬢様、サリヴァン伯爵様がいらっしゃいましたよ」

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