第58話 メイド、いざ誕生日パーティーへ!

「ランスロット様、どうですか?」


 ランスロット様の前で可愛く一回転しようとし、失敗した。

 ドレスや装飾品が重すぎて、いつものように動けないのだ。


 結果、ゆっくりと歩いて一回転することしかできない。


「ランスロット様?」


 私をじっと見つめているのに、ランスロット様は何も言わない。

 不思議に思って顔を覗き込むと、照れたように顔を逸らされてしまった。


「……似合ってる」


 もしかしてランスロット様、今の私にどきどきして、恥ずかしがってるの?

 やばい、可愛すぎる。


「それだけですか? もっと褒めてくれないと、アリスは悲しいんですけど?」


 不満そうに言って、わざと頬を膨らませる。


 ランスロット様の好きな顔をした私、可愛いでしょ?


「ほーら、ちゃんとよく見てください」


 ぐい、と顔を近づける。

 すると、ランスロット様は笑った。


「中身はいつものままだな」

「どういう意味ですかそれ!」

「褒め言葉に決まっているだろう」


 ランスロット様はそう言うと、グレースさんへ視線を向けた。


「アリスが着ている服と身に着けている装飾品を全て買いとることはできるか?」

「はい、もちろんでございます」


 ランスロット様が満足げに頷いたのを見て、私は慌ててランスロット様の腕を掴んだ。


「さ、さすがにこれ、高すぎるんじゃないですか?」


 グレースさんに聞こえないよう、こっそりランスロット様の耳元で尋ねる。


 以前、街の服屋で何着か服を買ってもらった。

 しかし、今着ているドレスは、前回買ってもらった物よりずっと高値のはずだ。


「気にするな。前よりサリヴァン伯爵家の財布が潤っているのは知ってるだろう」

「それはまあ、知ってますけど」


 エリーが繁盛し、領地を訪れる観光客が増えた。

 そのおかげで、サリヴァン伯爵家におさめられる税も増えている。


 だがなにより、ランスロット様の絵がかなりの高値で取引されているのだ。


「屋敷へ戻ったら、このドレスを着て絵のモデルになってくれ」


 ランスロット様の目はきらきらと輝いている。こんな瞳で見つめられたら、断れるはずがない。

 こんなに重たい服を着て長時間モデルをするなんて苦行だけれど、ランスロット様のためなら頑張れる。


「アリス、そろそろ時間だ。会場へ行こう」


 スカーレット様の誕生日パーティーは、宮殿内の小広間で行われる。

 大広間でないのは、スカーレット様がそれほど多くの人を招きたがらないからだという。


 つまり今日パーティー会場にいるのは、スカーレット様が招待せざるを得ないほど身分の高い人たちと、スカーレット様のお気に入りの人たち、ってわけよね。


 要するに、敵にまわしてもいい人は誰一人としていないわけだ。


 どれだけ嫌味を言われても、馬鹿にされても、怒らないようにしなくちゃ。

 とにかく笑顔でいて、少しでも好感度をあげられるように頑張ろう。


 私のせいで、ランスロット様に迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに、せっかくこんなに綺麗にドレスアップしたんだから、怒るなんてもったいない。


「グレースさん、ありがとうございました。行ってきますね!」

「はい。応援しております。アリスお嬢様なら、きっと大丈夫ですよ」





「ついたぞ。あそこが小広間の入り口だ」

「なんで、入らずに外で待っている人がたくさんいるんですか?」


 ランスロット様が教えてくれた扉の前には、煌びやかに着飾った人たちがたくさんいる。

 どう見てもパーティーの参加者なのに、中へ入らないのはどうしてなのだろう。


「暗黙のルールだが、入場順が決まっているからだ」

「入場順?」

「身分が低い者から入場する。身分が高い人間を待たせるのは失礼だからな」

「なるほど……」


 自分の番がくるまで入場できないが、遅くきてしまうと次の人を待たせてしまうかもしれない。

 だから、こうして扉の前で待機している人が多いのだろう。


 社交界って、面倒なルールがあるのね。

 それなら最初から、それぞれの入場時間を指定しておけばいいのに。


「今日の場合、最後に入場するのは国王陛下だ。まあ、おそらく、スカーレット様も同時に入場なさるだろう」


 スカーレット様のことを名前で呼んだのは、周りの目を気にしたからだろう。

 小さい声で話しているものの、誰かが聞き耳を立てているかもしれないのだから。


 ランスロット様は、国王の庶子ということになっている。

 そのため、表向きはスカーレット様の息子ではないのだ。スカーレット様に対して失礼な態度をとることは許されない。


「そろそろ入場するぞ」


 ランスロット様が歩き始め、私も後ろをついていく。

 扉の前に立った瞬間、無数の視線が私の背中を突き刺した。


「あれが、サリヴァン伯爵らしいぞ」

「あら、じゃあ隣にいるのが、メイド上がりの婚約者なのね」

「平民を婚約者にするなんて、物好きな伯爵だな」

「もしかして、ご自身にも半分、平民の血が流れているのかしら?」

「やめろ。スカーレット様に聞かれると怒られるぞ」

「まあ、大変ね」


 小さな笑い声がだんだんと広がっていく。

 けれど大きな笑い声にはならない。


「気にするな、アリス」


 後ろを振り向かず、ランスロット様が私の耳元で囁いた。


「前を見ろ」


 中には既に、多くの招待客が入っている。

 ランスロット様が小広間へ入ると、笑顔で近寄ってくる人たちもいた。


「サリヴァン伯爵、お会いしたかったですよ!」


 そう言って満面の笑みを浮かべたのは、30代半ばの紳士だ。


 この会場には、きっといろんな人がいる。

 友好的な人もいれば、悪意を向けてくる人もいるだろう。私たちに無関心な人だっているかもしれない。


 上等じゃない。

 どんな人だろうが、絶対に私を好きにさせてみせるわ!

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