第59話 メイド、ご主人様の母親に会う
「アリス、そろそろだぞ」
ランスロット様の言葉に、やっと始まる……と私は心の中で呟いた。
身分が低い人から順番に入場する、という社交界特有のルールのせいで、入場してからかなりの時間が経ったのだ。
せっかくの美味しい料理も、これじゃ冷めてるんじゃないの?
スカーレット様の誕生日パーティーは立食形式で行われるらしく、会場内に設置されたテーブルの上には様々な料理が並んでいる。
また、給仕係の数も多く、壁際に並んで待機してくれている。
どれも美味しそうだから食べたいけど、コルセットがきついから、たくさんは食べられなさそうよね。
パーティーが始まったらどれから食べよう、なんて悩んでいると、ランスロット様に手を引かれた。
「ほら」
ランスロット様の言葉に従い、入口へ視線を向ける。
すると、二人の男女が入場してくるところだった。
「わあ……!」
思わず、感嘆の息が漏れてしまう。
それほどまでに二人は美しいのだ。
燃えるような赤毛に、砂糖菓子のように甘い琥珀色の瞳。
まるで、神話に登場する女神様のような神々しさがある女性だ。
あれが、スカーレット様……!
ランスロット様の母親っていうくらいだから、もう結構年よね? 正直、お姉さんって言われても驚かないくらいの見た目だわ。
そして彼女の横に立つ男性もまた、息を呑むほど美しい。
銀色の髪に、凛々しい灰色の瞳。
背が高くてスタイルもよく、なにより威厳に満ち溢れている。
というか……ランスロット様に、似てる?
「皆様、今日はわたくしのためにお集まりいただき、ありがとうございますわ」
スカーレット様が優雅に一礼する。招待客が全員頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げた。
「今日は我が妹、スカーレットの誕生日だ。めでたい日を共に祝えることを嬉しく思う」
給仕係が国王陛下にワインの入ったグラスを渡す。
乾杯、という言葉と共に、陛下はグラスを掲げた。
◆
「まあ大体、パーティーはいつもこんな感じだ」
ランスロット様が目線を送ったのは、会場の中央である。
スカーレット様と国王陛下が並んで立っていて、二人と話したい招待客が列を作っている。
そして二人に挨拶を終えた貴族たちは、思い思いの場所で食事と会話を楽しんでいるようだ。
「私たちも並びます?」
パーティーが始まってすぐ、我先にと勢いよく列に並ぶ貴族たちが大勢いた。
そのため出遅れてしまったけれど、まだ間に合うはずだ。
「そうだな。義務みたいなものだ」
ランスロット様に手を引かれ、列の一番後ろに並ぶ。
ちらちらと視線を向けてくる人たちも多いが、スカーレット様がいるからか、悪口の類は聞こえない。
あっ、エヴァンズ男爵が、前の方にいるわ。
エヴァンズ男爵がいなければ、私たちが作ったレストラン・エリーが繁盛することはなかった。
後で、改めてお礼を伝えにいこう。
「基本的に、陛下やスカーレット様とは長く話せない。挨拶程度だから、あまり緊張しなくていい」
「はい、と言いたいところですけど、それは無理ですって」
スカーレット様はランスロット様の母親だし、陛下はこの国の主である。
緊張するな、なんて言われても無理だ。
改めて見ても、やっぱり陛下はランスロット様にすごく似ているわ。
これなら、ランスロット様が国王の庶子だという話を疑う人なんていないだろう。
まあ、スカーレット様は国王陛下の妹だし、似てても不思議じゃないわよね。
目の形は、かなりスカーレット様に似ているし。
順番が近づいてくると、小声でランスロット様と話すこともできなくなる。
背筋をピンと伸ばして、自分たちの番がくるのをひたすら待つしかない。
◆
「お久しぶりでございます。陛下、スカーレット様。
お誕生日、誠におめでとうございます」
ランスロット様はそう言って、深々と頭を下げた。私も、同じように頭を下げる。
大体の人たちは、これにスカーレット様と陛下が少し返事をして終わり……って感じだったけど、ランスロット様もそうなのかしら。
「顔を上げて」
スカーレット様の声だ。女性にしてはややハスキーな声で、それが彼女の見た目にはよく似合っている。
ランスロット様が顔を上げたのを確認してから、私もゆっくりと顔を上げた。
「今日はきてくれて嬉しいわ。貴方が社交界に顔を出すのは、ずいぶんと久しぶりね」
スカーレット様がランスロット様を見る眼差しは甘く、優しい。
どう見たって、スカーレット様がランスロット様を嫌っているとは思えない。
「ああ。大きくなったな、ランスロット」
陛下はそっとランスロット様の肩に触れた。
陛下からすれば、本当はランスロット様は甥ってことになるのよね。
「領地で開いたレストランの噂は、よく聞くぞ。それに、ランスロットが画家としても素晴らしいとはな」
「ありがとうございます」
「今度ぜひ、お前に絵を依頼したいと思っていたところだ」
ランスロット様は、陛下にも気に入られているのかしら? 甥だから? それとも、世間的には息子ということになっているから?
分からないけれど、安心する。
「久しぶりに、二人で話したい。時間をもらえるか?」
「もちろんです、陛下」
えっ!? ちょっと待って。
つまり私、ここに一人にされちゃうってこと!?
「すまないが、少し席を外す。スカーレット、しばらくの間、招待客の相手を頼むぞ」
「ええ、お兄様。分かりましたわ」
スカーレット様が頷くと、国王陛下はランスロット様を連れて小広間を出て行ってしまった。
いきなりのことに、小広間中がざわつく。
「ごめんなさいね、一人にさせてしまって」
私を見て、スカーレット様が微笑む。
「皆と話したら、わたくし、貴女と二人で話してみたいわ。後で、時間をもらえるかしら?」
ランスロット様じゃなくて、私と?
っていうか、スカーレット様に言われて、私が断れるはずないじゃない。
「も、もちろんです、スカーレット様」
さすがの私も、少しだけ笑顔が引きつってしまった。
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