第60話 メイド、社交界で本領を発揮する
壁の近くに立って、一人でワインを飲む。
酔いすぎないように、飲むのは少しずつだ。
相変わらず、部屋の中心には列がある。陛下は他の部屋へ行ってしまったけれど、スカーレット様に挨拶したい人はたくさんいるのだ。
それにしても……。
ちら、と視線を横へ向ける。目が合った令嬢が、くすっと笑みをもらした。
どう見たって、好意的な笑い方じゃない。
ランスロット様がいなくなったからって、あからさますぎない?
ランスロット様は国王の庶子であり、スカーレット様のお気に入りだ。
だが私は、ランスロット様がつれてきた平民の婚約者にすぎない。
そのため、みんなが私に気を遣う必要なんて微塵もないのだ。
溜息を吐く。グラスが空っぽになってしまった。
飲んでばかりいてもあれだし、せっかく美味しそうな料理がいっぱいあるんだから、食べちゃお。
立食形式のパーティーになんて参加したことはないけれど、バイキングみたいなものだ。
ただ、参加者が自ら料理をとるのではなく、給仕係に頼んで皿に盛ってもらう形式らしい。
やっぱり、まずはお肉よね。
あのステーキなんか、分厚くて脂身も多くて、絶対美味しそうだわ。
「すいません、あの料理、とってもらえません?」
近くにいた給仕係の少女に声をかけると、悪意のある笑い声が襲いかかってきた。
「聞いた? 給仕係にあんな言葉遣いをするなんて」
「仕方ないわよ。だってあの子、平民でしょ」
「それにしてもただの平民のくせに婚約者にしてもらうなんて、どんな手を使ったのかしら?」
私を見て笑っているのは、二人組の令嬢だ。
ただその周りにはとりまきのような令嬢が六人ほどいるから、それなりに身分が高いのだろう。
「お嬢様、どうぞ」
給仕係にステーキがのった皿を渡される。ありがとう、と言うと、令嬢たちの笑い声はまた大きくなった。
無視してステーキを口に運ぶ。
じゅわっ、と肉汁が溢れてきた。
なにこれ、めちゃくちゃ美味しい……!
味付けも上手なんだろうけど、きっと、素材そのものがすごく高級品なんだわ。
令嬢たちの悪口なんて耳に入ってこなくなる。
夢中になってステーキを食べ終えると、ねえ、と声をかけられた。
私の悪口を散々言っていた令嬢たちである。
「なんでしょう?」
背筋はピンと伸ばしたまま。絶対に、おどおどして腰を曲げたりなんかしない。
そんなことをしても令嬢たちが調子に乗るだけだし、可愛くもないもの。
「そのお肉、美味しいでしょう。平民が食べられるようなランクの物じゃないもの」
「はい、美味しすぎてびっくりしちゃいました!」
明るい笑顔でそう答えると、令嬢たちは驚いて一歩後退した。
その代わりに、私が一歩前に出る。
「だって、こんなに美味しいお肉、食べたことないんですもん。
私、どれがいい物かなんて、全然分からなくて……よかったらお嬢様、教えてくれませんか?」
顔を近づけて、あざとさ全開の上目遣い。
男性ウケというより、女ウケを狙うあからさまなぶりっ子ぶりだ。
女性客には、一番このモードがウケがいいのよ!
「あ、お嬢様の髪飾り、すごく可愛いですね! 華やかで、お嬢様の可愛いお顔にとってもお似合いです!」
「そ、そうかしら?」
「はい! それに、大きな髪飾りだから、お嬢様の顔の小ささが際立ってます!」
私に話しかけてきた令嬢の顔が、どんどん赤くなっていく。
照れ隠しのように俯いたのを見て、私は勝利を確信した。
「それにしても、美人のお友達って、みんな美人なんですね。びっくりしちゃいます。
ドレスの着こなしもお洒落ですごい……私、社交界の服装なんて分からないから、全部人にやってもらったんですよ」
令嬢たち一人ひとりと目を合わせていく。
そのたびに、にっこりと笑うのを忘れない。
「一人で寂しかったので、お嬢様たちに話しかけてもらえて、とっても嬉しいです!」
悪意に気づいて言い返しても揉めるだけだし、落ち込んでも面白がられるだけ。
だから、気づかないふりをするのが一番いいのだ。
「貴女……なにが好きなの?」
「え?」
「料理よ。おすすめ、教えてあげるから」
そう言ったのは、私に声をかけてきた令嬢だ。
勝ち気な顔立ちをしているが、かなりの美少女である。
「私、お肉が大好きです! あ、でも魚介料理も、甘い物も好きです!」
食いしん坊な可愛い女の子が嫌いな女の子なんて、絶対にいない。
予想通り、令嬢の口元が緩んだ。
「だったら、あれがいいわよ」
令嬢が教えてくれたのは、パイに包まれた肉だった。おそらく、牛肉だろう。
牛肉のパイ包みなんて、かなりいいレストランでしか出されないやつじゃない!
「ありがとうございます。とっても美味しそうなので、とってきます! あ、そうだ」
「どうかしたの?」
「よかったら、お嬢様たちも食べませんか? 一緒に美味しいご飯、食べたくて!」
無邪気な笑顔を浮かべてみせると、令嬢たちも笑みを浮かべてくれた。
「分かったわ。ところで貴女、名前はなんと言うの?」
「私、アリスっていいます!」
「そう。わたくしはシャーロットよ」
「シャーロットお嬢様! お名前まで素敵なんですね!」
大袈裟に褒めてみせると、シャーロットお嬢様は照れたように目を逸らした。
最初はむかついたけど、結構、ちょろくて可愛いかも。
メイドカフェで鍛えぬいたスキルは、社交界でだって通用しそうだわ!
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