第7話 メイド、全力で前世の経験を活かす
「よし、これで完璧!」
鏡に映る自分を見つめて、私はにっこりと笑った。
今日は早起きできたおかげで、化粧もヘアセットもばっちりだ。
朝が苦手な私が、目覚ましなしで早起きできるとは思えなかった。だから私はヴァレンティンさんにお願いして、起こしてもらうことにしたのだ。
部屋の扉を何度ノックされても起きなかった私も、さすがに枕元で叫ばれれば起きる。
全部の部屋の鍵を持ってるのに、前は使わなかったのよね、ヴァレンティンさん。
いくら寝坊しているとはいえ、許可もなしに女性の部屋には入れませんから、と言っていたヴァレンティンさんを思い出す。
見た目通り、紳士的な人だ。
そんなヴァレンティンさんにお願いし、私は毎朝起こしてもらうことにしたのである。
もちろん、部屋の鍵を開けても構わないとも伝えた。
おかげで今日は、ちゃんと起きられたわ!
「可愛いけど、やっぱりこのメイド服は地味ね」
今度、服に関してもちゃんと考えなくては。
◆
「ヴァレンティンさん、おはようございます!」
厨房へ行くと、ヴァレンティンさんはもう朝食の用意をほとんど終えていた。
朝食は三人分ある。しかも、かなり美味しそうだ。
ランスロット様とヴァレンティンさんの関係は家族に近く、食事を一緒にとることが多いそうだ。
しかし新しくきたメイドに関しては、同じ食卓に座ることをランスロット様が許さないのだという。
「私はご飯、ここで食べたらいいんですよね?」
「ええ。すいません、坊ちゃんは人見知りで」
「大丈夫です!」
過去のメイドが一緒に食事をとっていたならむかつくが、ヴァレンティンさんだけが特別扱いなら、それは納得できる。
それに、ご飯は一人で食べる方が、絶対楽よね。
「そうだ。私、ご主人様の朝ご飯、運んでもいいですか?」
「構いませんよ」
ランスロット様の分の朝食が乗ったトレイを持つ。
焼き立てのパンと薄く切った燻製肉。それから、スクランブルエッグ。
そしてスクランブルエッグにかける用のソースもある。
ソースがあるなら、あれができるわね。
料理はできないけれど、私、あれなら得意だし。
「じゃあ私、ご主人様のところへ行ってきます!」
◆
「おはようございます、ご主人様!」
居間の扉を開けて、にっこりとランスロット様に笑いかける。
いつもの椅子に座った彼は、朝だというのに完璧に身支度を終えていた。
おはよう、という返事はない。代わりに、ランスロット様は軽く頭を下げた。
「朝食をお持ちしました」
ランスロット様の前に朝食を並べる。すぐに食べ始めないのは、きっとヴァレンティンさんを待っているからだろう。
「この朝ご飯、このままでも十分美味しいんですが」
私がそう言った瞬間、ランスロット様は怪訝そうな顔で私を見つめてきた。
「魔法をかけると、もーっと美味しくなっちゃうんです」
「魔法? 何を言っているんだ、お前は?」
混乱しているランスロット様を無視し、私はソースの入った皿を手にとった。
「まず、ソースをおかけしますね」
返事を待たず、ソースをスクランブルエッグの上にたらす。
慣れ親しんだケチャップではないから苦労したけれど、それなりに上手くできたと思う。
「……これは?」
「うさぎさんです!」
何十回、いや、何百回も私がラテやオムライスに描いてきたうさぎのイラストである。
「じゃあ次は、一緒に、美味しくなる魔法をかけてくれますか?」
「は?」
「私と一緒に、魔法を唱えてください。美味しくなあれ、萌え萌えずっきゅん、ですよ?」
ランスロット様は驚愕と困惑が入り混じった眼差しを私に向けてくる。
まあ、メイドカフェに初めてくる人、特に誰かに連れられてくる人はみんなこんな反応だったものね。
「いきますよ」
両手でハートを作り、料理の上に手を持っていく。
あとは満面の笑みを作って、可愛い声で魔法を唱えれば完璧だ。
「美味しくなあれ、萌え萌えずっきゅん!」
ランスロット様は終始無言だった。
まあ、最初から、ノリノリで魔法を一緒に唱えてくれるなんて思ってないもん。
「はい、これでもーっと美味しくなりましたよ!」
「……あ、ああ……?」
ランスロット様はとにかく混乱しているみたいだ。
きょろきょろと視線を動かしているのは、きっとヴァレンティさんがくるのを心底待ち望んでいるのだろう。
「じゃあ、私はこれで。失礼しますね、ご主人様!」
掃除は苦手だし、料理だって苦手だ。
頑張る気がないわけじゃないけど、頑張ったってヴァレンティさん級にはどうせなれないし、今までのメイドにだって敵わないだろう。
でも、私には私の武器がある。
秋葉原で人気メイドとして働いていた実力がある。
私は私のやり方で……私の得意なことで、絶対、ご主人様を虜にしてみせるんだから!
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