第49話 メイド、王都からの使者に冷たくされる
エヴァンズ男爵がレストランにきてから、今日で約一ヶ月。
あれからあっという間にエリーの評判が広がって、今では本当に予約困難店になった。
主な客層は貴族や裕福な商人であり、中にはランスロット様との交流を目的に来店してくる客もいる。
ランスロット様は全ての人間に対して好意的なわけではないものの、しっかりとした相手に対しては相応の態度をとっている。
「週末だけにしておいて、本当によかった」
呟きながら、廊下の掃き掃除を続ける。
レストランの営業日は、ランスロット様と屋敷で二人きり……なんて考えていたけれど、実際は違った。
なぜなら、大半の客がランスロット様に挨拶したがるからだ。
そのためここ最近の週末は、ひっきりなしに客人が屋敷へ訪れている。
もし平日も営業をしていれば、きっと屋敷でのんびり過ごす時間なんてなかっただろう。
ランスロット様にとってはいいことなんだろうけど、やっぱり寂しい。
ランスロット様がどんどん社交的になっていくのも、なんかもやもやしちゃうし……。
はあ、と思わず溜息を吐いた時、玄関の扉が激しくノックされた。
こんな乱暴なノックは、確実に領民じゃない。
今日も客? 今日は平日だし、誰かがくる予定なんてないのに。
不満に思いながらも、私は掃除の手を止めて玄関へ向かった。
◆
「いらっしゃいませ」
扉を開きながらそう言う。外にいたのは、見慣れない中年男性だった。
少し神経質そうな顔立ちで、私へ向けられた眼差しは鋭い。
「なにかご用でしょうか?」
にっこり笑ってそう聞いても、男は眉一つ動かさない。
それどころか、私を見て溜息を吐いた。
「伯爵様に用事があってきた。メイドごときに話すことはない」
「……え?」
今、この人なんて言った?
メイドごとき、って言ったわよね?
笑顔でいなきゃ、と思うのに顔が引きつる。
「さっさと伯爵様に会わせろ」
男は名乗りもせず、無礼にそう言い放った。
なにこいつ……!
可愛い私に、こんな態度とるわけ!? っていうか、人としてあり得ないでしょ、こんな態度!
「だっ……誰かも分からない人に、ご主人様を会わせるわけにはいきません」
精一杯胸を張ってそう答えると、男は私を睨みつけた。
そして、胸元から手紙を一つ取り出す。
「これを見てもか?」
男は手紙にしっかりと押された蝋を指差した。
薔薇と鷹のマークだ。
このマーク、どこかで見たことあるような……。
あっ、思い出したわ! これ、王家の紋章じゃない。
以前、ランスロット様と晩酌をした際、ワインのボトルに描かれていた紋章だ。
じゃあこれも、王家からの手紙ってこと?
「たかがメイドでも、これくらいは分かるだろう?
私はスカーレット様の使者だ」
偉そうな顔で、男が私を見下ろす。
なによ! スカーレット様は偉いのかもしれないけど、あんたはただの使者じゃない!
そう怒鳴ってやりたくなったが、我慢する。
そうすれば、たかがメイド、と私を馬鹿にしたこいつと同じレベルになってしまいそうだから。
むかつくけど、スカーレット様の使者なら、ランスロット様と会わせないわけにはいかないわよね。
「分かりました。では、中へ案内します」
居間へ通すのは嫌だから、日頃はあまり使わない客間にでも案内しよう。
そう思って客へ背を向けると、おい、と声をかけられた。
仕方なく振り向くと、男が私の全身を舐めまわすように見つめてくる。
「変なメイド服だな。伯爵の趣味か?」
「……え?」
失礼すぎる発言に何も言えなくなっていると、男が一歩私に近づいてきた。
「どうせお前は、伯爵の愛人かなにかだろう」
見下すようにそう言いながら、男が私に向かって手を伸ばしてくる。
反射的に後ろへ下がった瞬間、背後から現れた手に男の手が払いのけられた。
「俺のメイドに気安く触るな」
「ランスロット様……!」
目が合うと、ランスロット様は優しく微笑んでくれた。
そして、私の腕を引いて、私を背中に隠す。
「誰だ、お前は?」
「これはこれは、サリヴァン伯爵様。私は、スカーレット様の使者にございます」
先程とは全く違う丁寧な口調でそう言い、男は深々と頭を下げた。
しかし、男を見つめるランスロット様の眼差しは鋭い。
「これはスカーレット様より預かった手紙にございます。
そして今日は、直接お話しするようにと、スカーレット様に言われているのです」
ランスロット様は思いっきり顔を顰めた。
ランスロット様はいつも、スカーレット様からの手紙を破り捨てていた。
だからとうとう、使者が直接手紙を持ってきたのだろうか?
しかも、手紙を渡すだけではなく、なにかランスロット様に話があるようだ。
なにか大事な用事があるってこと?
こいつはむかつくけど、スカーレット様の話は気になるわ。
「分かった。アリス、お前は部屋に戻っていていいぞ」
「ランスロット様……」
怖かっただろう、とランスロット様は私の耳元で囁いた。
そして、そっと私の頭を撫でてくれる。
「こっちへこい」
ランスロット様もかなり腹が立っているのだろう。使者への態度は、最近見たことがないほどきつい。
しかし男は何も言わず、黙ってランスロット様に従い、客間へと入っていった。
部屋へ戻っていい、って言われたけど……。
閉ざされた客間の扉を見ながら、少しだけ考える。
うん、決めた。
私は壁にそっと耳を当てた。
盗み聞きするしかないわよね!
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