第50話 メイド、自分の出自を嘆く

「ご機嫌麗しゅう、サリヴァン伯爵」


 扉を隔てていても、男の声はなんとか聞こえた。


 偉そうでむかつく大声だけど、それに助けられたわね。


 しかし、ランスロット様の声はあまり聞こえない。


「伯爵の噂は最近よく王都にも届いていますよ。なんでも、素敵な絵を描かれるとか。

 私も拝見してみたいものです」


 言葉では褒めているけれど、薄っぺらく聞こえる。

 実際、ランスロット様の絵にたいして興味はないのだろう。その証拠に、話がすぐに変わった。


「スカーレット様からのご伝言は二つです」


 耳をぴったりと扉にくっつける。要点を聞き逃すわけにはいかない。


「一つ目はこれです。今度、王都で開かれるパーティーへの招待状ですよ」


 招待状……ってことは、さっきの手紙のことかしら?

 ただの手紙じゃなくて、招待状だったのね。


「ご存知かもしれませんが、来月、スカーレット様の誕生日を祝うパーティーが開催されます。

 会場は宮殿、国王様も参加する大きなパーティーですよ」


 国王様も……まあ、妹の誕生日なんだから、当たり前よね。

 それにしても宮殿なんて、私には想像もつかないけど。


「最近、サリヴァン伯爵は積極的に他の方とも交流をしているとの噂です。

 それを聞いて、スカーレット様もぜひとおっしゃっていました」


 ランスロット様の声が聞こえないのがもどかしい。

 でも要するに、他の人とも仲良くしてるんだし……ってことよね?


「そしてもう一つ、大事な話があります」


 男の声がさらに大きくなる。

 それにつられたのか、なんだ? と聞き返すランスロット様の声も大きくて、はっきりと聞こえた。


「見合い話です。スカーレット様が、伯爵の結婚相手として相応しい女性を紹介したいと」


 見合い? 結婚相手?

 予想もしていなかった言葉に、頭が混乱してしまう。


 ランスロット様が、お見合いするの……!?


 頭が真っ白になって、なにも考えられなくなる。

 だってそんなこと、想像したことすらなかったから。





 気づいたら私は扉の前を離れ、自分の部屋へ戻ってきていた。

 あれ以上、二人の話を聞くのが怖かったのだ。


「お見合い、か……」


 貴族にとっては、当たり前のことなのかもしれない。

 アニメや漫画、小説では、貴族には親が決めた婚約者がいたりするものだし。


 ランスロット様にはきっと、親しい女の子はいない。

 だから、ライバルなんていない、と安心しすぎていたのかもしれない。


 最近のランスロット様は社交的になったし、他の貴族たちとも交流を持つようになった。

 伯爵で、王家の血を引いていて、なおかつ王妹であるスカーレット様のお気に入りという噂もある。


 見合い話が飛び込んできたって、おかしくない。


「それに、スカーレット様が直々に紹介したい相手ってわけでしょ?」


 おそらく、スカーレット様はランスロット様のことを大切に思っている。

 だとすればお見合いの相手に選ぶのは、家柄がいい上に、素敵な令嬢に違いない。


「可愛さなら、絶対負けない自信はあるけど……」


 だけど、私はただのメイドだ。

 貧乏な家で生まれ、奉公に出された平民。


「つり合うわけないじゃん」


 スカーレット様は、子を身籠るほど大切に想っている恋人がいたにも関わらず、婚約者と結婚させられた。

 彼女が、王族として生まれたから。


「それに、婚姻関係を結ぶことで家の力を強めるなんて、どこにでもある話よね」


 私は歴史になんて詳しくないけれど、いくつも例が思い浮かぶ。

 きっとこの世界でも、貴族は婚姻によって家同士の繋がりを強めるのだろう。


 ランスロット様からすれば、きっといい話だ。

 家柄のいい令嬢と結婚すれば、サリヴァン伯爵家はもっと大きくなるかもしれない。


 床に座り込み、膝を両手で抱える。

 瞳から涙が溢れてきた。


 ランスロット様は優しくて、誠実な人だ。

 だからきっと、不誠実なことはしない。


 もし婚約者ができたら、きっとその人を大事にするはず。

 その人のことを好きになろうと努力するかもしれない。


「少なくとも、愛人にばかり構うような人じゃないわ……」


 ランスロット様のことが好きだし、ランスロット様もきっと私のことが好きだ。

 でもまだ、私たちの関係に名前はついていない。


「メイドが溺愛されるなんて、無理な話だったのかな……」


 もし、ランスロット様に婚約者ができたら、私はどうなってしまうのだろう。

 追い出される? それとも、本当にただのメイドとして、私以外の女の子のことを好きになっていくランスロット様を近くで見るの?


 どちらも嫌だ。

 ランスロット様と離れたくないし、私以外の誰かを愛するランスロット様なんて見たくない。


「……泣いて縋れば、どうにかならないかな」


 ランスロット様は私のことが好きだし、きっと私の涙には弱い。

 でも……。


 このお見合いが、ランスロット様にとってとてもいい話だとしたら?


 私は可愛い。可愛いし、ランスロット様のことが好きだ。


 でも、それだけ。私はどう頑張っても、それ以上のものをランスロット様にあげることはできない。


 私はランスロット様のことが大好きだ。だからこそ、ランスロット様の幸せのために、身を引くべきなのだろうか?


 溜息を吐こうとして、私は失敗した。

 口からもれるのは嗚咽だけ。涙がどんどんあふれてきて、視界が滲む。


 どうして私は、貴族の令嬢に転生できなかったんだろう?

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