第5話 メイド、仕事のできなさに凹む

「主な仕事は屋敷の掃除と、食事の用意です」

「分かりました!」


 寝坊はしてしまったけれど、やる気がないわけじゃない。

 元気よく頷くと、ヴァレンティンさんは穏やかに笑ってくれた。


 ちなみにランスロット様は自室にこもっている。日中、彼は部屋にこもって一人で過ごすことが多いらしい。


「アリスさんは何か得意なことはありますか?」

「え? えーっと……」


 私の得意なことは、お客さんに好きになってもらうこと。

 あとは、可愛くいること。メイクや自撮りが得意だ。


 そして、料理も掃除も大の苦手である。


「ないんですけど、頑張ります!」

「はは、素直でいいですね。大丈夫ですよ。今までは私一人でやっていましたから」

「一人で……」


 そこまで広くない屋敷とはいえ、ここまで綺麗に保つにはかなりの労力が必要なはずだ。

 しかも三食用意しているなんて、ヴァレンティンさんの仕事量は多すぎる。


「私も年をとったので、もう一人くらい雇ってもいいかと、坊ちゃんに頼んだんですよ」

「なるほど……」

「でも、そう気負わないでください。私はまだまだ元気ですから」


 確かに、ヴァレンティンさんは健康そうに見える。


「じゃあ、居間の掃除を頼めますか? 夕飯の仕込みをしているので」

「はい、分かりました!」

「掃除用具はそこへ入っていますから」


 ヴァレンティンさんが小さな部屋を示す。

 どうやら、ここは物置部屋のようだ。中にはほうきや雑巾など、掃除に仕えそうなものがたくさん入っている。


 ヴァレンティンさんが厨房へ入るのを見届けてから、私はほうきと雑巾、それからバケツを取り出した。


「……ほうきも雑巾も、かなり久しぶりかも」


 最後に使ったのは、高校生の時かもしれない。

 一人暮らしをしてからは掃除なんてほとんどしなくて、たまに掃除機をかける程度だった。


「それにしても、どこをどう掃除しろって言うの?」


 居間はもうぴかぴかだ。正直、掃除をするところなんてないように見える。

 まさか、毎日掃除をしているのだろうか?


「とりあえず、掃いて雑巾かけよ」


 ほうきで床を掃く。ゴミなんてあるように見えないけれど、まあ、とりあえずやっておけばいいだろう。

 その後に雑巾がけをすれば、掃除をした感が出るはずだ。


 掃除なんて嫌いだけど、まあ、ちゃちゃっとやっちゃうか。





「よし、終わった!」


 元々綺麗だからすぐに終わるかと思っていたけれど、意外と時間がかかってしまった。

 でもまだヴァレンティンさんはきていないし、時間がかかりすぎている、ということはないはずだ。


 どうしようかな。他の部屋も掃除する?

 とりあえず、ヴァレンティンさんのところへ行こうかな。


 そう考えた瞬間、居間の扉が開いた。

 ランスロット様だ。


「ご主人様!」


 とりあえず、とびきりの笑顔で名前を呼んでみる。

 しかしランスロット様はにこりともせず、黙って居間を見回した。


「……ここの掃除、お前がやったのか?」

「え? あ、はい、そうです。頑張りましたよ!」

「頑張った?」


 ランスロット様は分かりやすく溜息を吐いて、部屋の隅を指差した。


「ちゃんと隅まで掃いたのか? ゴミやほこりは隅にたまりやすいんだ。おまけに床もびちゃびちゃだな。雑巾、ちゃんと絞ったのか?」

「え?」


 確かに、大雑把に掃いたから、隅の方は掃けていない。

 雑巾は私なりに絞ったけれど、少し力が弱かったかもしれない。でも、少しくらい濡れていても、どうせ乾くからいいと思ったのだ。


「……お前、掃除もろくにできないのか」


 呆れたような物言いと、深い溜息。

 ずきん、と胸が痛んだ。


 そりゃあ、完璧な掃除はできてないかもしれないけど。

 でも私、結構頑張ったのに。冷たい雑巾だって、必死に絞ったし。


 掃除は不十分だったのだろう。指摘されれば納得はする。元々、私は細かいところに気がつくタイプじゃない。

 でも、私なりに頑張ったのだ。それを真っ向から否定されたことは悲しい。


「ごめんなさいっ! 私、お掃除ってあんまり得意じゃなくて」


 反射的に出た言葉だった。

 お客さんに多少嫌なことを言われても、それを顔に出さない。そうやって働いてきたから。


「お掃除、やり直しますね。ご主人様、お部屋でお待ちくださいませ!」


 居間の扉を開けて、ランスロット様を廊下へ誘導する。

 彼は少しだけ迷った顔をしたものの、素直に廊下に出てくれた。


「ちゃんとぴかぴかに掃除しますから! ご主人様、期待しててくださいね?」


 可愛く言って、おまけにウインクもしてみせる。

 戸惑ったような表情を浮かべているランスロット様に頭を下げて、居間の扉を閉めた。


「……掃除、やり直さなきゃ」


 改めて部屋を見る。確かに、綺麗とは言えない。床が濡れているせいで、掃除する前よりも汚くなったようにも見えてきた。

 じわ、と瞳に涙が滲む。


 だめだめ。泣いたって、何にもならないんだし。


 気合を入れるために、私は両手で頬を軽く叩いた。

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