偏屈な辺境伯爵のメイドに転生しましたが、前世が秋葉原ナンバーワンメイドなので問題ありません
八星 こはく
第1話 メイド、転生してもメイドになります
「え……なに、ここ?」
目を覚ますと、視界に入ったのは見覚えのない茶色い天井だった。
私が住んでいたマンションは壁も天井も真っ白だったはずだ。
もしかして、酔っぱらって、誰かの家に泊まっちゃった?
いやでも、昨日私は、家で一人でお酒を飲んでいたはずだ。外に出てすらいない。
ゆっくりと起き上がり、私はそこでも違和感に気づいた。
身体が軽いのである。
起き上がって、部屋中を見回す。天井だけでなく、部屋の全てに見覚えがない。
かなり狭い部屋だ。それに薄汚れてもいる。
「しかもなんか、古びてるような……」
なんとなく、私は部屋の隅にある鏡の前に立った。
そして鏡に映る自分を見た瞬間、私は大声を上げてしまった。
「え!?」
鏡に映っていたのは、いつもの私……黒髪ロングで童顔の、25歳には見えない
眩い金髪に、透き通った真昼の湖のように青い瞳。
寝起きの肌はツヤもハリもある。おそらく十代の少女のものだ。
「嘘でしょ……」
目が覚めたら知らない場所にいて、違う自分になっていました、なんて。
「これ、なんてアニメ……?」
深夜アニメで何度か見かけたことがある。
その時はあり得ないと思いつつも、違う世界にいけたら、なんてお酒を飲んで考えたりもしていた。
でもまさか、あり得ないことが、私の身に起こるなんて。
これは夢? そうじゃないなら、酔っぱらいの妄想?
だけど、意識は明瞭だ。物にだって触れる。
「嘘……え、じゃあ、私は何か特別な力が使えたり、悪役令嬢や聖女だったりするの?」
きょろきょろとあたりを見回す。
この部屋はあまりにぼろいから、きっと裕福な家ではないのだろう。
じゃあ、貧しい家に生まれた聖女かしら?
何も分からないけれど、私には不思議な力があったりするんだろうか。
手をやたらと動かしてみたり、脳内で魔法を使う想像をしてみる。けれど、何も起こらない。
「おかしいわね……」
どうなっているのだろう、と首を傾げたところで、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
慌てて扉の方を向くと、涙目になった女性が立っている。
年はおそらく40歳前後だろう。
「アリス、起きてたのね」
「えっ……あ、う、うん」
たぶん、この子の母親よね?
いきなり知らない人相手に、子供として振る舞えるか自信がないんだけど。
っていうか、アリス? この子、アリスっていう名前なの?
アリスといえば、私のメイドカフェでの名前である。
そう、私は、メイドカフェで働いていたのだ。
大学入学と同時に上京し、一年生の夏から私は秋葉原のメイドカフェ・すうぃ~とふぉ~むかふぇで働き始めた。
可愛い顔と抜群の愛嬌で人気になった私は、辞め時を見失っていた。
同世代の子が大学卒業を機に辞めていく中、たいしていい大学に通っていなかった私は、ずるずると就職を先延ばしにしていた。
そうこうしているうちに人気はどんどん上がり、ますます辞められなくなっていた。というか、辞めたくなくなっていた。
しかし、どんどん年はとっていく。
いつまでもメイドカフェで働けるわけじゃない。
昨日もそれで、十歳くらい下の高校生が入ってきて、むしゃくしゃしてお酒飲んじゃってたのよね……。
「アリス、大丈夫?」
「あ、ごめんなさい、お母さん」
こんな感じでいいのよね? この人が何も言ってこないから、いいんだと思うんだけれど。
今のところ、私にはこのアリスという少女の記憶は微塵もない。
「謝るのは私よ。本当にごめんね、アリス」
ええっと、私はなんで母親に謝られてるの?
しかも、すごく深刻そうな顔をしているし。
「でもありがとう。貴女のおかげで、おばあちゃんの薬を買ってあげられるわ」
おばあちゃんの薬?
「でも心配よ。おとなしい貴女を、あのサリヴァン伯爵のところへ働きに行かせるなんて……」
サリヴァン伯爵? しかも、あの、って言ってたわよね?
それに結婚でも婚約でもなく、働きに行くの?
「あそこで働き始めたメイドは、次々に辞めていると聞くわ。貴女も本当に辛かったら、逃げ出してきてもいいの。私もおばあちゃんも、貴女が一番大事だから」
言い終えると、母親は激しく咳き込んだ。
よく見ると痩せているというよりやつれているし、顔色もあまりよくない。
もしかしてアリスって子、病弱な母親と病気の祖母と暮らしていたの?
それで、お金のために、恐ろしい伯爵のところへメイドとして働きに行くことに決めたの?
なんということだろう。
せっかく転生したというのに、私はお姫様でも令嬢でも聖女でもなく、とびきりのイケメンと結婚するわけでもない。
メイドとして働くのだ。
っていうか……。
私、転生してもまた、メイドになるの!?
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