第28話 メイド、酔っぱらったご主人様にときめく

「……ついでくれ」

「ご主人様、まだ飲むんですか?」

「お前はもっと飲んでいるだろう」


 不満げな顔をして、ランスロット様が空になったグラスを差し出してくる。


 ランスロット様、もうかなり顔が赤いんだよね。

 たぶん、かなり酔っていると思うんだけど。


 とはいえ、メイドとしてご主人様の命令を断ることはできない……というのは、ただの建前だ。


 本当はただ、もっと酔っぱらったランスロット様が見たいだけ。


「どうぞ」


 グラスにワインをたっぷりそそぐ。

 ランスロット様は満足そうに笑って、すぐに飲み干してしまった。


 ゆっくり飲むのが好きだと言っていたけれど、明らかにペースが上がっている。


「アリスも飲め」


 そう言うと、ランスロット様は私のグラスにワインを注いだ。

 まだ半分以上中身が入っているというのに。


「はい、飲みますね」


 私がワインを飲むと、ランスロット様が嬉しそうに笑う。

 いつもより幼く見える笑顔は可愛くて、ついどんどん酒を飲ませたくなってしまう。


「なあ、アリス」

「はい」

「この酒が気に入ったなら、いつでも言え。大量にあるからな」

「ありがとうございます、ご主人様」


 これほど上質な酒をいつでも飲めるというのは、かなりありがたい。

 本音を言えば、毎日だって飲みたいくらいだ。


 だけどこれって、貴重なワインなんだよね。

 なのに、どうしてそんなにたくさんあるんだろう。


 目が合うと、ランスロット様は目を細めて笑った。


 ……聞いてみちゃおうかな。遠慮しなくていい、って言ってたし。

 それに今、かなり酔ってるから、いつもより口も緩そうだもん。


「どうしてそんなにたくさん、ワインをもらえるんですか?」


 私の質問に一瞬だけ顔をしかめたものの、ランスロット様はちゃんと答えてくれた。


「母親が頻繁に送ってくるんだ。貴重な物を贈れば、俺の機嫌がよくなるとでも思っているんだろうな。他にも、高価な物がよく届く」


 溜息を吐くと、ランスロット様はまたワインのおかわりを要求してきた。

 どうぞ、とワインを注いであげると、また一気に飲んでしまう。


「しかもこれと同じで、簡単に売ったり捨てたりできないものばかりだ」

「そうなんですね」


 高価で貴重で、簡単には処分できないような贈り物。


 それって、捨てた息子に送るようなものなの?


「不思議に思うか?」


 ランスロット様は薄く笑った。

 こう問われたら、頷くしかない。


「きっと、俺に秘密をばらされるのが嫌なんだろう」

「秘密?」

「俺が国王と娼婦の間にできた子ではなく、王妹の子だという秘密だ」

「……なるほど」


 頷いたものの、私の中で疑問は残る。

 確かに、その秘密が世間に公表されるのはまずい。ランスロット様が口外しないよう、機嫌をとろうとするのも、分からない話じゃない。


 でもそれなら最初から、ランスロット様にも黙っておけばいいんじゃないの?


 生まれたばかりの赤子に、実の両親が誰かなんて分からない。

 国王の子だと告げれば、ランスロット様はそれを信じて育っただろう。


 それに、生まれてすぐ、どこかへ捨てたり、養子に出すことだってできるわけよね。


 しかも、機嫌をとるだけなら、わざわざ売れない物をあげる?

 高く売れる物にしたり、直接お金を渡す方が効果がありそうなものだけど。


 そこまで考えて、私の頭の中に一つの可能性が思い浮かんだ。


 ランスロット様の母親は、彼を愛しているのではないだろうか?


 だからこそ贈り物を送って気を引こうとするし、わざと処分できない物を贈っているのではないだろうか。


「アリス? 黙り込んでどうしたんだ?」

「いえ、少し考え事を……」

「俺といるのにか? 何を考えていた?」


 ランスロット様は拗ねたような顔で私をじっと見つめた。


「もちろん、ご主人様のことをですよ」

「……口ではなんとでも言える」


 うわ、面倒くさい。


 とっさにそう思ってしまったが、そんなことないですよ、と笑顔で告げる。

 するとランスロット様は立ち上がり、急に私の腕を引いた。

 私も慌てて立ち上がると、ぎゅ、と強く抱き締められる。


 えっ!? なに!?


 いきなりのことに戸惑っていると、アリス、と耳元で囁かれた。


「俺といる時は、俺のことだけを考えてほしい」

「ご主人様……」

「俺といない時も、俺のことだけを考えてほしい」


 なんて我儘で、独占欲が強い人なの。

 そう思うのに、それ以上にときめいてしまう。


「アリス」

「は、はい」


 緊張で声が震えてしまう。

 だってまさか、こんなにランスロット様と密着することになるとは思わなかったから。


「お前は、俺を捨てたりしないよな」


 私を抱き締めている腕の力がさらに強まる。

 ちょっと苦しいけれど、そんなことを言える雰囲気ではない。


 ランスロット様は、酔うと素直になっちゃうタイプなのね。


 そしてきっと、母親から捨てられたというトラウマがずっと胸の奥にあるのだ。


「ええ。私はそんなことしませんよ。っていうかそもそも、ご主人様は私の物じゃないですけど」

「……お前の物になると言ったら?」

「えっ!?」

「……いや、忘れてくれ」


 そう言うとランスロット様は私を解放し、そのままベッドへ向かってしまった。


「今日は酔い過ぎた。もう寝る。アリスも下がれ。片付けは明日でいいから」


 そしてそのまま、ランスロット様は布団を頭の上までかぶってしまった。


 なに、今の……。

 酔っていろいろ言い過ぎて、恥ずかしくなっちゃったの?


 全身の血液が沸騰してしまったみたいに、身体が熱い。

 火照った身体をしずめるために、グラスに残っていたワインを一気飲みした。

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