第27話 メイド、久しぶりの晩酌を楽しむ

 ランスロット様の部屋の中央には、相変わらず描きかけのキャンバスがある。

 今描かれているのは私だ。

 まだ色はついていない、描きかけの私。


「気になるか?」

「気になりますよ。私のこと描いてるんですもん」


 描かれている私は満面の笑みを浮かべている。

 この表情を描くために、何度「笑え」と指示されたか分からない。


 でもこの絵を完全に描き終わってしまったら、もうモデルをやることもなくなるのよね。

 それはちょっと寂しいかも。


「さっきも描いていたんだ」

「だから、まだここにあるんですね」


 常に部屋の中央にキャンバスを設置しているのはさすがに邪魔だ。

 だから絵を描かない時や就寝時には、壁際に移動させているらしい。


「ああ。なかなか終わらなくて」

「私から見ると、もう完全に仕上がってますけど」


 ランスロット様は首を横に振った。


「まだ駄目だ」

「……本物はもっと可愛すぎるってことですか?」

「普通、それは俺の台詞じゃないのか」


 呆れたように溜息を吐きながらも、ランスロット様の目は優しい。

 ランスロット様は丁寧に絵を片付け、壁際にあったテーブルを部屋の中央へ移動させた。


「つぎますよ!」


 ワインのボトルを受け取り、グラスにそそぐ。赤ワインだ。


 うわ、高そうな匂い……!


 こんな感想を抱いてしまうのは悲しいけれど、仕方ない。

 転生前の私は大人気メイドとはいえフリーターで、高い酒を飲む機会なんてほとんどなかったのだから。


「ランスロット様はお酒好きなんですか?」


 厨房には高そうなワインがたくさんあるわりに、ランスロット様がお酒を飲んでいるところはあまり見かけない。


「好きでも嫌いでもないな」

「そうなんですね」

「ああ。もらうことが多いだけだ」


 好きでもないのに高いお酒をもらう機会があるなんて、羨ましい。


 辺境の伯爵だとしても、ランスロット様は立派な貴族だものね。


「これは母親が送ってきたものだ」

「えっ!?」


 ランスロット様の言葉にびっくりして、夜なのに大声を出してしまった。


 以前、ランスロット様は母親から届いた手紙をびりびりに破り捨てていた。

 そんな彼が、こうして母親からもらったワインを保管しているなんて。


「なんで母親からもらった物を処分してないのか、と聞きたいんだろう?」


 お前の考えなんてお見通しだ、と言い出しそうな表情でランスロット様が私の顔を覗き込んだ。


 そりゃあ、聞きたいに決まってるじゃん。

 でも、聞いていいの?


「遠慮するなんて、お前らしくない」

「……私、ちゃんと気遣いもできる可愛いメイドですけど?」

「そうだな。お前は案外、人をよく見ている」


 そんな風に言われると思っていなかったから、びっくりしてかたまってしまう。


「言い方を変えよう。お前には遠慮してほしくない」

「ランスロット様……!」


 狡い。好き。どうしよう。

 心の衝動のままに叫んでしまいそうになって、必死に口を閉じる。


「なんだ、その顔?」

「わ、笑わないでください、努力の結晶なのに……!」

「本当に面白い奴だな、お前は」


 くすっと笑って、ランスロット様はワインの入ったグラスを渡してくれた。


「今夜は酒を飲みながら話そう」


 乾杯、と二人でグラスを合わせる。

 どきどきを誤魔化すためにも、ワインを口の中へ流し込んだ。


 美味しい!

 ちょっと苦みがあるけれど、その奥に控えめな甘さがあって、癖になりそうな味だ。


「気に入ったか?」

「はい、すごく美味しいです、これ!」

「そうか。とっておいてよかった」


 ランスロット様もワインを口に運んだ。

 グラスを傾ける様がものすごく絵になる。


 やっぱりランスロット様って、抜群に色気があるわ……!


「初めて飲んだが、美味いな」

「初めて? 珍しいんですか、このワイン」

「いや、いつも母親が送ってくるやつだ」


 いつも送られてくるのに、初めて飲んだのね。

 ちゃんと保管はしてるけど、物は物だと割りきって考えてたわけでもないのかな。


「……最初は、捨てようとしていた」

「えっ、もったいない……せめて売ればいいのに」


 これほどのワインなら、高値で売れるはずだ。

 飲まずに捨てるなんてさすがにもったいなさすぎる。


「このワインは売れないんだ」

「え? どうしてですか?」

「これは王家が作っているワインだ。一般の市場に出回ることはない」


 ほら、とランスロット様がワインのラベルを指差した。


「王家の紋章があるだろう」


 これ、王家の紋章なのね。

 この世界のことにはまだ全然詳しくないから、気づかなかった。


 ラベルに描かれているのは薔薇の上にとまっている鷹である。

 どうやら、この紋章が王家のものらしい。


「これはなにかの褒美や、親愛の情を示すために王家が送る品だ。

 一般の店に売ることはできないし、売ったことが知られれば咎められるだろうな」

「なるほど……」


 一般の人は飲めない、貴重な王家のワイン。


 なかなか飲む機会なんてないんだから、もっと飲んじゃお。


 グラスに手を伸ばし、残っていた分を全て喉に流し込む。


「そのように貴重なワインだったなんて、知りませんでした。たっぷり味わいますね!」

「……ああ、どんどん飲め」


 空になったグラスにランスロット様がワインを注いでくれる。


「つまみもあるぞ」

「あ! そうでした!」


 ワインにばかり意識が向いてしまったけれど、ヴァレンティンさん特製のおつまみもきちんと楽しまなくては。


 フォークを手にとり、干し肉を刺す。

 口に運ぶと、すぐに塩辛い味に魅了された。


 これは、酒が進む……!


 夢中になってワインとおつまみを交互に口の中へ入れてしまう。


「お前は美味そうに酒を飲むな」

「だって美味しいんですもん。ランスロット様も、もっと飲んでくださいよ!」


 私はもう三杯目なのに、ランスロット様はまだ一杯目だ。

 しかもまだ、グラスにはかなりワインが残っている。


「ああ。……だが今日は、ゆっくり飲みたい気分なんだ」

「分かりました。とことん付き合います。ただ……」

「ただ?」


 ぐいっ、と顔を近づけ、とびきりの笑顔を浮かべる。


「明日寝坊しても、怒らないでくださいね!」

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