第29話 メイド、爽やかイケメンに口説かれる

「……昨晩のご主人様、やばかったな」


 身支度を整えながら、昨日の夜のことを思い出す。

 ワインを飲むランスロット様の色気はすごかったし、なにより、素直なランスロット様は可愛かった。


「もう、押したらいけるんじゃないのかな」


 好きです、と伝えればちゃんと受け入れてくれそうな気がする。

 正直、そうしてしまいたい気持ちもあるけれど……。


「やっぱり、私からは言いたくない。っていうか、言わせたい」


 なかなか素直じゃないランスロット様から、私が好きだと伝えてほしい。

 そして念願の溺愛ルートへ突入するのだ。


「とりあえず、今日も仕事、頑張るか!」





「え? 二日酔いで寝込んでるんですか?」

「ええ。なのでしばらく一人にしてほしい、と」


 ヴァレンティンさんは心配そうな表情で言葉を続ける。


「坊ちゃん、いつもは飲みすぎるような方ではありませんのに。

 ……アリスさん、煽ったわけじゃないですよね?」


 ヴァレンティンさんの視線が鋭くなって、私は慌てて首を横に振った。

 求められるがままにワインをグラスへつぎはしたけれど、私が飲むように煽ったわけじゃない。


 ヴァレンティンさんは優しいけど、ランスロット様のことになると、とたんに怖くなるんだから。


「具合が悪いのでしたら、看病をしますけど」

「眠ればよくなるからしばらく放っておいてほしい、と坊ちゃんは言っていました」

「……そうなんですね」


 眠ればよくなる、というランスロット様の主張も分かる。

 そして、眠る時は一人にしてほしい、ということも。


 でも、それだけじゃないんじゃないの?

 昨日のこと、ばっちり覚えてて恥ずかしいとか。


 酔っぱらいには二種類ある。

 酔った自分を覚えているタイプと、覚えていないタイプだ。

 果たして、ランスロット様はどちらなのだろう。


 気になる……けど、すぐに確かめにいくのはよくないよね。

 あれだけ飲んでたんだから、二日酔いっていうのも事実なんだろうし。


「そこで、アリスさんにはおつかいを頼みたいんです」

「おつかい? また、買い出しですか?」

「いえ。サイモンさんに、弟子入りの件についてお返事をしてきてほしいんですよ」


 以前、料理が趣味というサイモンさんはヴァレンティンさんの料理に感銘を受け、弟子入りしたいと言っていた。

 そして、私がそれをヴァレンティンさんに伝えたのだ。


「どうするんですか?」

「その話、受けることにしました」

「えっ!」


 正直、少し意外だ。

 ヴァレンティンさんはかなり忙しいし、サイモンさんは村長さんの息子という立場で、ちょっとややこしい気がしていたから。


「まあ、弟子といっても、住み込みで修業! なんて話じゃありませんよ。

 私としてもサイモンさんとしても、そんな余裕はないでしょうし」

「じゃあ、どういう形で受けるんです?」

「そうですね。定期的に私が料理を教える、というくらいの、緩い師弟関係のつもりです。

 そうした機会があれば、坊ちゃんが領民と話すきっかけにもなるでしょうし」

「確かに……!」


 サイモンさんは村長の息子だ。

 彼とランスロット様が親しくなるのはいいことだろう。

 それに、彼を通じて他の領民と親交を深めることもできそうだ。


「ヴァレンティンさんは、本当にご主人様のことを考えてますよね」

「そりゃあもう、ずっと坊ちゃんのお傍にいますから」


 得意そうな顔で言うと、ヴァレンティンさんは私に手紙を渡した。

 宛名はもちろん、サイモンさんである。


「詳細は中に書いてありますので、これを渡してください」

「分かりました! 行ってきますね」

「ええ。これが地図です」


 ヴァレンティンさんは相変わらず分かりやすい地図を教えてくれた。

 村の中央にある家がサイモンさんの家らしい。





「ここだよね」


 村長の家というだけあって、周囲の家と比べると少し大きい。

 軽く深呼吸をしてから、玄関の扉をノックした。


「はい、なにかご用……あれ? アリスさん?」


 出てきたのはサイモンさんだった。


「サイモンさん。今日はサイモンさんに用事があってきました」

「僕に?」

「はい。ヴァレンティンさんの頼みで」


 私がそう言った瞬間、サイモンさんは分かりやすく姿勢を正した。

 緊張と期待に満ちた瞳が分かりやすくて微笑ましい。


「弟子入りの件、受けるとおっしゃっていましたよ」

「本当ですか!」

「はい。詳細はこの手紙に記している、ということです」


 手紙を渡すと、サイモンさんはすぐに開封した。


「本当にありがとうございます、アリスさん!」

「いえ。特に、私がなにかしたわけじゃないですから」


 話はしたが、私のおかげでヴァレンティンさんが頷いてくれたわけじゃないだろう。

 しかしサイモンさんはそうは思わないのか、何度も礼を言いながら頭を下げる。


「その、よければアリスさんにお礼をしたいのですが」

「お礼? でも私、この前可愛いクッキーをもらいましたよ」

「それとはまた別です。いえ、なんていうかその……」


 サイモンさんは視線をきょろきょろとさまよわせた後、髪をかきながら笑った。


「アリスさんと、仲良くなりたくて」

「……え?」

「お礼なんて言ったのは、正直口実でした」


 情けないですよね、なんて言いながらサイモンさんが照れたように笑う。

 その表情と言葉の意味が分からないほど、私は鈍感じゃない。


 もしかしなくてもサイモンさん、私に気がある?


「これからは顔を合わせる機会も増えるでしょうし、改めて、よろしくお願いしますね」


 サイモンさんがぎゅっと私の手を握った。

 反射的に手を握り返し、こちらこそ、と頭を下げる。


 どうしよう。

 ちょっと困ったことになっちゃったかも。


 前から、サイモンさんがそれなりに好意を持ってくれているのだろう、ということには気づいていた。

 しかしそれが本格的な恋心となれば、話はまた別である。


 可愛すぎるのも考えものね……。


 心の中で、私はそっと溜息を吐いた。

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