第30話 メイド、ご主人様の独占欲に呆れる

 朝の身支度がようやく終わった……というところで、部屋の扉が激しくノックされた。

 何事かと慌てて扉を開けると、そこにはランスロット様が立っている。


「ご主人様! どうかしましたか?」

「仕事を頼みにきた」

「仕事?」

「お前は今日一日、ずっと絵のモデルをしていろ」


 一日中ずっと? どうして?


 なんて思ったのは一瞬で、私はすぐに理解した。

 今日は、サイモンさんが家にくるからだろう。


 先日、ヴァレンティンさんがサイモンさんを弟子として受け入れることが決まった。

 といっても、たまに料理を教える、というだけの話だ。

 具体的には月に二回ほど、ヴァレンティンさんがサイモンさんに料理を教えることになったという。


 そしてその日は大量の料理が作られるため、夜には村長であるマティスさんたちを招いて食事会を開く、ということになったのだ。


「……ご主人様。私にも一応、他の仕事もあるんですけど」

「俺の命令より優先するような仕事はない」


 ランスロット様は不機嫌そうに断言した。まあ、その通りなんだけど。


 あー、本当、超可愛い。


 今日は朝からサイモンさんがやってくる。

 そのため私がいつも通り掃除や食器洗いをすれば、サイモンさんと何度も顔を合わせることになる。


 だから、ずっとランスロット様の部屋にいてほしい、ってことよね。

 そうすれば、私とサイモンさんが二人で話すことはないだろうから。


「それとも、今日は俺の部屋にこもっていたくない理由でもあるのか?」

「ないですよ」


 私の言葉に、ランスロット様は安心したように微笑んだ。


「ランスロット様こそ、今日にこだわる理由でもあるんですか?」


 顔を近づけて聞いてみる。

 別に、なんて言いながらランスロット様は顔を背けた。


 素直じゃないなぁ。

 サイモンさんと話してほしくないから、って正直に言ってくれればいいのに。


 ランスロット様はかなり嫉妬深い。

 サイモンさんを使えば、ランスロット様の独占欲をいくらでも刺激することができるだろう。


 嫉妬させる作戦は確実に有効だ。

 だけど……。


 サイモンさんも私を好きなら、もてあそぶようなことはしちゃいけないよね。


「部屋に行くぞ」

「はい、すぐに」





「アリス、もっと上を向け」

「……はい」

「目線が下がってるぞ」


 そう言われても、もう何時間ここに座り続けてると思ってるの?


 さすがに文句を言いたくなる。でも、真剣なランスロット様の目を見ると何も言えなくなってしまう。

「こうか? いや、違うな。もっとこう……」


 せめて楽しく会話でもできたらいいのに、ランスロット様は絵を描くことに集中していて、とても会話できるような状態じゃない。


 そろそろ、休憩したいんだけど。

 でも、せっかく集中してるし、邪魔するのは悪いよね。


 疲れるし退屈ではあるものの、真剣な眼差しで見つめられるのは嬉しい。

 なにより、完成までに何日もかかる絵の題材に私を選んでくれたことが幸せだ。


「その顔だ」

「えっ?」

「今、笑っただろう? 自然でよかった。もう一回やってくれ」


 私、笑ってたの?

 完全に無意識だった。


 控えめに微笑んでみるが、違う、とすぐに否定されてしまう。

 何度も練習して鍛えてきた表情ならまだしも、無意識の表情を再現するというのはハードルが高すぎる。


「違う。そうじゃない」


 ランスロット様にそう言われて、何通りも笑顔を浮かべてみせる。

 けれどなかなか、ランスロット様は頷いてくれない。


 笑顔のバリエーションが尽きそうになった時、控えめに部屋の扉がノックされた。

 立ち上がろうとした私を、ランスロット様が手で制する。


「俺が出る」


 ランスロット様は扉を開けると廊下に出て、わざわざ扉を閉めた。

 そして少し経ってから、部屋の中に戻ってくる。

 手にはティーカップとマフィンがのったトレイがあった。


「二人で食べてくれ、と言われた」

「……サイモンさんに、ですよね?」


 部屋にきたのがヴァレンティンさんなら、ランスロット様はわざわざ部屋の外で対応しなかったはずだ。


「……ああ」


 少し不貞腐れたような顔で、部屋の端に寄せておいたテーブルにトレイをおく。


「休憩にするか」

「はい、ぜひ」


 にやけそうになるのを必死に我慢しつつ、テーブルを移動させる。

 マフィンからは甘い匂いがして、今すぐかぶりつきたくなった。


 それにしても、本当にランスロット様って、私とサイモンさんを会わせたくないのね。


 嫉妬深い性格だということは分かったが、それほど不安なのだろうか。

 こんなに格好いいのだから、もっと自信を持っていいのに。


 それも、ランスロット様の過去が影響しているのだろうか。

 母親に捨てられたと思っている彼は、自分に自信が持てないのかもしれない。


「あの、ご主人様」

「なんだ?」

「一つだけ、言っておきたいことがあるんですが」


 好きだと伝えれば、ランスロット様は安心してくれるかもしれない。

 でもやっぱり、どうしてもランスロット様から言ってほしいから。


「私って、すっごく一途なんですよ」

「は?」

「一回好きになったものはずっと好きだし、目移りするタイプじゃないんです」


 目を合わせて、とびきりの笑顔を浮かべる。

 さすがにこれ以上は言ってあげない。


 ねえ、ご主人様。

 呆れるくらい嫉妬深いんだから、さっさと私を手に入れちゃった方がいいと思いますよ。


 そうすれば私も、思う存分気持ちを伝えてあげるのに。

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