第64話 メイド、相変わらずご主人様を嫉妬させる

 ランスロット様と共に小広間へ戻ってしばらくすると、スカーレット様が国王陛下と共に退場した。

 すると、少しずつ会場を後にする人々が出てくる。


「一番身分が高い者が帰るまで、他の者は帰ることができない決まりなんだ」


 私の耳元で、ランスロット様がそう囁いた。

 入場の順番と同様に、いろいろと暗黙のルールがあるみたいだ。


「そろそろ、部屋へ戻るか」


 ランスロット様が私の手を自然に握った、ちょうどその時。


「アリス!」


 いきなり名前を呼ばれ、私は慌てて振り向いた。

 そこにいたのは、シャーロットお嬢様である。


「シャーロットお嬢様!」

「貴女に渡したいものがあるの」


 シャーロットお嬢様は、私に一通の手紙を渡してくれた。


「今度、わたくしの屋敷で開催するお茶会の招待状よ。貴族の令嬢たちを招待しているの」

「もしかして、私も招待してくださるんですか!?」


 招待状を何度も見つめ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら笑う。

 重いドレスで飛び跳ねるのはかなりきついが、分かりやすい動作は可愛がられるものだ。


「伯爵と結婚するんでしょう。貴女も立派な貴族になるんだから、当たり前よ」


 そう言うと、シャーロットお嬢様は照れくさそうに顔を背けた。


「貴族社会ではかなり交流が大事なの。パーティーやお茶会に参加するのも、貴族としての立派な務めなのよ」

「そうなんですね……! 私、なにも分からなくて。シャーロットお嬢様が教えてくれたら、とっても嬉しいです!」


 上目遣いで見つめると、シャーロットお嬢様は満足そうに頷いた。


「仕方ないわね。わたくしが面倒を見てあげるわ」

「ありがとうございます! あ、よければ、今度私の領地にも遊びにきてくれませんか?

 エリーというレストランがあるんです」


 エリー、という名を聞いてシャーロットお嬢様は軽く目を見開いた。

 どうやらエリーの話は、噂好きな貴族の令嬢にもしっかりと伝わっているようだ。


「予約困難だと聞いたけれど、大丈夫なの?」

「シャーロットお嬢様なら、普段は空いていない日に招待します! 特別ですもん」


 そう言って、私はランスロット様の手を軽く引っ張った。


「いいでしょう? ランスロット様。

 シャーロットお嬢様は、社交界でできた初めての友達なんです」


 ランスロット様は、ちら、とシャーロットお嬢様に視線を向けた後、ああ、と頷いてくれた。


「アリスの友達なら、もちろんだ」

「やったー! ありがとうございます、ランスロット様。

 ということなので、シャーロットお嬢様、ぜひ遊びにきてくださいね。

 お茶会も、絶対に行きますから!」





「お前、俺がいない間になにをしてたんだ?」


 宿泊している部屋に到着したとたん、ランスロット様はそう聞いてきた。

 小広間を出ようとすると多くの令嬢たちに声をかけられ、私たちはなかなか出ることができなかったのだ。


「お嬢様方に話しかけられたので、お話していただけですよ。そうしたら、何人かの方と仲良くなったんです」


 ランスロット様不在時に話をしたのは、シャーロットお嬢様たちだけだ。

 だがどうやらその時の様子を見て、他の令嬢たちも私に興味を持ってくれたらしい。


 貴族の令嬢たちはみんな着飾っていて、可愛い子が多かった。

 可愛い子ほど、メイドカフェにハマりやすいのよね。


 メイドカフェの女性客は、可愛い女の子が好きな女の子だ。

 そういう子はたいてい、自分自身も可愛くなろうとする。

 つまり、可愛い子はメイドカフェが好きなのだ。


「招待状も、こんなにもらっちゃいましたね!」


 シャーロットお嬢様以外からも、何通かお茶会の招待状をもらった。

 そして、エリーの予約もかなり埋まった。しばらくは、かなり忙しくなるだろう。


「婚約者のいる女に手を出す奴はいないと思っていたが、女も警戒する必要があるとはな」


 ランスロット様が拗ねたような顔で呟いた。

 それがあまりにも可愛くて、思いっきりにやけてしまう。


「嫉妬ですか、ランスロット様!」

「……嬉しそうにするな」

「だって、嬉しいですもん」


 素直にそう答えると、ランスロット様は溜息を吐いた。けれど喜んでいるのは、顔を見れば分かる。


「お前はすごいな。社交界に、ここまで早く馴染むとは」

「まだまだですよ。これからいろいろ経験を積んで、立派な伯爵夫人にならなきゃいけませんから!」


 私は平民で、元メイドだ。その事実は変えられないし、過去を恥じてもいない。

 でもこれから、もっとランスロット様に相応しくなりたいと思う。


「お前の結婚式にきたい奴は多そうだな」


 ランスロット様が私をじっと見つめながら言った。


 そういえばさっき、結婚式の話をしていたっけ。

 バタバタしてて、忘れちゃってたけど。


「それにお前は、派手な式が好きそうだ」


 確かにその通りだ。

 大きな会場にたくさんの客を招待し、とびきり華やかなウェディングドレスを着てみたい。


「ランスロット様は、あまりそういう式は好きじゃなさそうですけど」

「ああ、そうだ。だが、気が変わった」


 ランスロット様が、口の端だけを上げて笑う。

 私の大好きな、色っぽい笑顔だ。


「お前は俺の物だと、盛大に知らせてやらないとな」

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