第13話 メイド、おつかいに行く
「アリスさん、今日はちょっと、おつかいを頼んでもいいですか?」
「おつかい……ですか?」
「ええ。今日は、果物売りの行商が村へやってくる日なんですよ」
作業の手を止めて、ヴァレンティンさんはにっこりと笑った。
日頃、食材の買い出しは村の店か、行商を利用すると言っていた。今まで買い出しを頼まれたことがないため、詳しいことは分からないが。
お金をもらって、物を買いに行く。
それって、信頼されてないと任されない仕事よね。
私が働いていたメイドカフェでは、メイドがレジを担当することはなかった。
レジを担当していたのはスタッフの人だけれど、新人はレジを担当していなかった。
金銭が関わる仕事は責任重大だからだ。
私、それを任された、ってことよね。
まあ、おつかいって言っちゃうと軽く聞こえるし、ヴァレンティンさんにそんなつもりはないのかもしれないけど。
なんにせよ、今までにやっていなかった仕事を任されたのは嬉しい。
いつも屋敷の中で家事ばかりしているから、買い出しは気分転換にもなるだろう。
「任せてください! 完璧にやり遂げてみせますから!」
「ありがとうございます。そう言ってくれると、頼む方も安心ですよ」
そう言って、ヴァレンティンさんはメモを一枚渡してくれた。
そこには目的地までの道のりを描いた地図と、買ってきてほしい物の一覧が書かれている。
どうやら、行商は村の広場へきてくれるらしい。
狭い村だし迷うとは思わないけど、何気に外に出たことってほとんどないのよね。
ここへきてから外へ出たのは、庭掃除くらいだ。
元々私は引きこもり気質なところがあって、用事がなければ外へ出ようなんて思わない。
「お金はここに入っています」
ヴァレンティンさんは小さな革袋を渡してくれた。
中を見ると、銅貨が何枚も入っている。
果物の相場なんて分からないけれど、たぶんこれで事足りるのだろう。
「気をつけて行ってきてくださいね。焦らなくて大丈夫ですから」
「はい!」
行ってきます、と告げて、私は屋敷を後にした。
◆
「こっちね」
なんとなく村の地図は頭の中に入っているが、一応ヴァレンティンさんからもらった地図を確認しながら前へ進む。
それにしても、小さな村ね。
これが伯爵様の領地だなんて、きっと、誰も思わないだろうな。
まあでも、広い領地を持つ主人の、広い屋敷で働くよりよかったかもしれない。
大量のメイドと執事がいるような職場より、今のアットホームな職場の方が私には合っている気がする。
そんなことを考えている間に、広場へ到着した。
行商が何人かきていて、客が並んでいる。
果物を売っている行商のところに並び、買ってくる物のメモを確認した。
レモン、オレンジ、りんご。
ヴァレンティンさんが書いているのはこの三つだ。しかし注意書きで、他にも美味しそうな物があれば、と書かれている。
でもたぶん、買いすぎはよくないわよね?
勝手にお金を使うことになっちゃうし。
前の人がオレンジを持って立ち去り、私は慌てて足を進めた。
「いらっしゃい! お、見ない顔だねえ」
私を見てそう言ってくれたのは、小太りのおじさんだった。
年齢はおそらく30代後半だろう。丸々とした体型で、笑顔には愛嬌がある。
「そうなんです。私、最近ここへきて」
「へえ。こんなに可愛い子がこんな村にいるなんて驚いたよ」
「ありがとうございます。まあ、事実なんですけど」
目を見てにっこり笑ってみせると、おじさんも声を上げて笑った。
「いいねえ。可愛いから、おまけあげちゃおうかな」
「本当ですか? そんなことされたら、好きになっちゃいますよ」
上目遣いで見つめ、甘えるような笑みを浮かべてみる。
自分から積極的に話しかけてくるようなおじさんには、ノリがいい対応が好まれやすいのだ。
「いやあ、そんなこと言われたらもう、あげないわけにはいかないな」
「嬉しい! ありがとうございます!」
ヴァレンティンさんに言われた三つを購入すると、おまけだ、と言っておじさんは茶色い袋をくれた。
持ってみると、かなり重たい。
「中に入ってるの、ちょっと形は悪いけど、味は普通のと変わらないんだ。いつもなら安値で売るんだけど、可愛いから特別にあげちゃう」
「やったー!」
大袈裟に喜んで、飛び跳ねてみせる。
おじさんが分かりやすく目を細めたのを見て、心の中でガッツポーズをした。
こういう風にすればたくさんおまけがもらえるのなら、私は買い出しに向いているはず。ヴァレンティンさんやランスロット様にだって、褒めてもらえるに違いない。
◆
「戻りました!」
屋敷の扉をノックすると、ゆっくり扉が開かれた。
てっきりヴァレンティンさんが出迎えてくれるのかと思っていたが、そうではなかった。
ランスロット様が立っていたのである。
「わ、ご主人様……!」
「大量に買ったんだな」
笑いながら言って、ランスロット様は私が抱えていた袋を持ってくれた。
重いからって、気を遣ってくれたの? ランスロット様が?
「さすがに買い過ぎだ。お前らしいが」
中身を確認して、くすっとランスロット様が笑う。
お前らしい、なんて言葉にはちょっとときめくけれど、きちんと伝えておかなければいけない。
「それ、おまけだってタダでくれたんですよ!」
「は?」
「行商の方と話していたら、可愛いからっておまけをくれたんです。だから、その袋に入ってたの、タダなんですよ!」
すごいな、と褒めてくれると思っていた。
しかしランスロット様は急に顔をしかめ、深い溜息を吐いた。
「要はそいつに媚びて、これをもらったということだろう?」
「え?」
「情けない真似はやめろ。男に媚びて施しをもらうなんて、娼婦のすることだ」
冷ややかな表情は、まるで初めて出会った時のようだった。
分かったか、と顔を覗き込まれ、反射的に頷く。
「……分かりました」
どうしよう。いつもみたいに、笑って頷けない。過去のいろんなことが頭の中に浮かんでしまって、泣きそうになる。
「アリス?」
「すいません、私……」
まだ手に持っていた少しの果物をそっと床に置き、私は屋敷を飛び出してしまった。
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