第21話 メイド、ご主人様の頑張りを見る

「あとはもう、デザートだけです」


 ヴァレンティンさんが、緊張しきった顔で頷く。

 ワゴンにデザートの皿をのせながら、私は安堵の息を吐いた。


 最初はどうなるかと思っていたけれど、ランスロット様は予想以上に頑張っている。

 会話が多いとは言えないし、気まずそうな空気はずっと漂っているけれど。


「はい。運んできますね」


 デザートは、ヴァレンティンさん特製のシフォンケーキだ。

 ふわふわとしていて、見ているだけでよだれが出そうになる。


「では、行ってきます」





「デザートをお持ちしました」


 私が居間へ入ると、みんなが安心したのが空気で分かった。

 そろそろパーティーが終わるという事実に、招待客も主催者も安心したのだろう。


「どうぞ」


 ランスロット様の前に皿を置く時、私はそっと耳元で囁いた。


「ご主人様、あとちょっとですね」


 招待客には聞こえないような小さい声だ。

 驚いたように私を見たランスロット様が、軽く頷いて笑う。


 他の客の前にも皿をおく。ランスロット様が食べ始めたのを見てから、みんなが一斉にフォークを手にとった。


「これ……っ!」


 一口食べた瞬間、感心したように声を漏らしたのはサイモンさんだった。

 瞳がきらきらと輝いている。


「これも、どこかお店で買ったわけではなく、ここの使用人……ヴァレンティンさんが作ったものなんですよね!?」


 興奮のあまり、サイモンさんは椅子から立ち上がった。

 それを見た父親のマティスさんが、慌てたようにサイモンさんの名前を呼ぶ。


「サイモン! 申し訳ありません、領主様。息子が失礼なことを」

「失礼? デザートを褒めただけだろう」


 ランスロット様はそう言うと嬉しそうな表情を浮かべた。


 当たり前だよね。

 ヴァレンティンさんの料理を褒められて、ランスロット様が喜ばないわけないもん。


「はい。あの、本当に美味しくて。ヴァレンティンさんから料理が得意だという話は聞いていたので、とても楽しみにしていたのです。

 もちろんどれも美味しかったんですが、このシフォンケーキは特に……!」


 サイモンさんはうっとりとした表情でシフォンケーキを見つめた。


 サイモンさんとヴァレンティンさん、面識があったのね。

 お互い料理をするし、食材を買う時に世間話でもしたのかも。


「弟子入りしたいくらい、本当に完璧な味で感動しました」

「ヴァレンティンに伝えておこう」

「ありがとうございます!」


 マティスさんだけは焦っているようだが、空気がかなりよくなった気がする。


 そうだ! ここで私がもっと……!


「サイモンさんは、料理が趣味だと言っていましたもんね」


 私が口を開くと、招待客はやや驚いたような顔をした。

 メイドはあくまで給仕係。会話に入り込んでくるとは思わなかったのだろう。


 出過ぎた真似かもしれない。

 でもこれは、私なりに考えての行動なのだ。


「趣味といえば、ご主人様は絵を描くのがお好きなんです」


 そう言って、私は壁に飾ってある風景画を指差した。


「これも、ご主人様が自ら描かれた作品なんですよ」


「「「これが!? 画家の作品ではなく!?」」」


 招待客が一斉にそう騒ぎ出して、なんだか私が誇らしい気分になった。


「ねえ、ご主人様」

「……ああ。俺が描いた」


 ランスロット様が恥ずかしそうに笑う。

 偏屈な伯爵でも気難しい領主でもなく、絵を褒められて喜ぶ一人の青年として。


「領主様」


 口を開いたのはマティスさんだった。

 張り詰めた声からは緊張が窺えるが、ランスロット様を見つめる瞳は期待で満ちているような気がした。


 きっとマティスさんも村長として、ランスロット様と交流を持ちたいと思っていたのだわ。


「もしかしてこれは、この村の風景を描いたものですか?」

「ああ。俺の部屋から見える景色を描いたものだ」


 マティスさんは息を呑み、そして、しみじみとした声で言った。


「私たちの暮らす村がこのように美しいところだったのだと、改めて気づかされました」


 他の人たちも、マティスさんの言葉に何度も頷く。


「ああ。ここは……俺たちの村は、美しいところだ」


 俺たち、と言ったランスロット様の声は震えていた。


「……今日お前たちをここへ招いたのは、話がしたかったからだ。

 今まで、領主として何もできずにいてすまない」


 立ち上がると、ランスロット様は頭を下げた。


「領主様!? 何を……! 頭を上げてください!」


 みんながそう言っても、ランスロット様はしばらくの間頭を下げ続けていた。

 どれくらい経っただろうか。顔を上げたランスロット様は、力強い声で言った。


「これからは領主として、お前たちと力を合わせていきたいと思っている」


 まさかランスロット様が、こんな風に振る舞うなんて。


 仕事をしないで給料をもらえるなんてラッキーじゃないの? なんて思っていた自分が少し恥ずかしい。


 でも、そんな風に思っていたのなら、私に言ってくれたらよかったのに。

 領主っぽいことがしたいのかな? なんて、ちょっと馬鹿みたいなこと考えちゃったじゃん。


 まあでも、私が提案したパーティーがきっかけで、ランスロット様は素直な気持ちを言えたんだよね。

 私、かなりいい仕事したな。


「頼りない領主かもしれないが、よろしく頼む」


 再び、ランスロット様が頭を下げた。

 今度は誰も、頭を上げてくださいなんて言わない。

 代わりに、盛大な拍手がランスロット様を包んだ。

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