第22話 メイド、ご主人様に感謝される

「領主様、今日は本当にありがとうございました!」


 玄関先で、招待客が全員綺麗に頭を下げる。

 ここへきた時は緊張しきっていたのに、彼らの表情はずいぶんと柔らかくなった。


「いや、お前たちがきてくれてよかった」


 それは招待客だけじゃない。ランスロット様も変わった。


 私もそれなりに活躍したけど、ランスロット様自身が歩み寄ろうと頑張ったからだわ。

 きっとこれから、みんなはランスロット様のことをちゃんと領主様として扱い始めるに違いない。


 急激に何かが変わるわけではないのかもしれない。

 けれど今日が、記念すべき第一歩になったのは間違いないのだ。


「またこういう機会を作りたいと思っている」


 ランスロット様がそう言うと、マティスさんが一歩前へ出た。


「ぜひ。今度は村のイベントにも、招待させてください」

「ああ。必ず行こう」


 ランスロット様がわずかに微笑む。マティスさんは安心した顔で頭を下げた。


 失礼します、という声と共に全員が去っていく。

 何度も振り返っては、ランスロット様に向かって頭を下げていた。

 ランスロット様だって、彼らが見えなくなるまで屋敷の中へ戻ろうとはしない。


「大成功でしたね」

「そうだな。正直、かなりほっとしている」


 私を見て、ランスロット様は気が抜けたように笑った。

 招待客たちへ見せた微笑みとは全く違う表情だ。


「ありがとう、アリス」

「いえ。いや、もちろん感謝はありがたくいただきますけど。でも、ご主人様が頑張ったからですよ」

「きっかけをくれたのはお前だ」


 そう言って、ランスロット様は不意に私の手を握った。

 強い力じゃない。少しでも抵抗すれば、簡単にふりほどけてしまう程度の力だ。

 けれど、私の手は微塵も動かない。


「少し、二人で話さないか?」

「……はい」


 真剣な表情に調子が狂ってしまう。

 ご主人様らしくないですよ、なんて冗談が言える雰囲気じゃないことくらい、私にだって分かるのだ。


 私はランスロット様に手を引かれるがまま、彼の自室へ向かった。





 部屋の中央には描きかけのキャンバス。

 描かれているのは私だ。


 自分の絵を見るのは、なんとなく落ち着かない。なるべく視界に入れないようにしながら、私は椅子に腰を下ろした。

 そのすぐ横にランスロット様も座る。


「アリス。この村をどう思う?」

「え?」

「正直に答えてくれ」

「ええっと……」


 何もない村だ。果物ですら行商がきた時に買いにいかなくてはならないし、流行りの洋服店もない。

 人も少ないし、遊ぶところもない。

 この国には全く詳しくないけれど、ここがさびれていることは分かる。


「では、極めて個人的な意見になりますけれど」


 それを聞いているんだ、と言わんばかりの態度でランスロット様が頷く。

 出会った当初なら、その偉そうな態度にちょっぴりいらいらしたかもしれない。

 でも今はそんな態度さえ、愛おしく思えてしまう。


「私は、ここが好きです」


 転生していきなり異世界にきて、しかも住み込みでメイドとして働くことになった。

 なにがどうなっているのかなんて分からなかったし、頼れる人なんて一人もいなかった。


 そんな状況でここへきて、私はランスロット様とヴァレンティンさんに出会った。

 ここはもう、立派な私の居場所だ。


「ここへきてよかったと、心の底から思っていますよ」


 真面目なトーンで本音を伝えるのは気恥ずかしい。

 顔に熱が集まっているのを自覚して、私は俯いた。


「……俺は最初、この村が嫌いでたまらなかった」


 ランスロット様の言葉に反射的に顔を上げる。

 そして、優しい瞳に見つめられた。


「厄介払いのようにここへ追いやられたからな。王都と違って、ここには何もない。

 まあ、好き勝手な噂話で盛り上がる連中が少ないのはいいことだと思ったが」


 ランスロット様はゆっくりと息を吐いた。

 一瞬だけ目を閉じて、すぐにまた私を見つめる。


 ランスロット様は今、私に本音を話そうとしてくれているのだわ。


 私はヴァレンティンさんからランスロット様の生い立ちを聞いた。けれどこうして、ランスロット様から直接話を聞くのは初めてだ。


「親に捨てられ、辺境に追いやられ……その上、誰一人として俺を歓迎する奴はいなかった」

「ランスロット様……」

「俺はここが嫌いだった。だからといって、王都へ戻りたかったわけではないが」


 ランスロット様は今まで、どれくらい傷ついてきたのだろう?


「そんな顔をするな。俺にはヴァレンティンがいたし、金に困ったこともない。恵まれた方だという自覚はある」

「そんな……」


 何も言えず、黙ってランスロット様を見つめる。

 恵まれた環境にいることと、孤独や寂しさを感じずにいることはイコールじゃない。

 当たり前のことだ。


「ある意味、意地を張っていたのかもしれないな。俺のことを不幸だ、可哀想だと一番思っていたのは、きっと俺だ」


 ランスロット様が深々と溜息を吐く。


「お前のおかげで俺は、この村が好きになった。いや、この村が好きだと、認められるようになったのかもしれない」

「……どうして?」


 どくん、どくんと心臓がうるさい。

 

「お前と過ごす日々が楽しいんだ」


 恥ずかしそうな、けれどどこか誇らしげな笑み。

 照れているはずなのに、ランスロット様は私から一切目を離さない。


「ここへきてくれてありがとう、アリス」


 どうしよう? 何を言えばいい? どんな顔をすればいい?

 いつもなら、ちゃんと全部分かるはずなのに。

 今は頭が混乱してしまって、どうするべきなのか分からない。


 そっと、ランスロット様の大きな手が伸びてくる。

 動けずにいると、ランスロット様はそっと私の頭を撫でてくれた。

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