第23話 メイド、原点に立ち返る

「疲れただろう? しばらく部屋で休むといい」


 ランスロット様にそう言われ、私はゆっくりと立ち上がった。

 撫でられた頭が熱を帯びてくらくらする。


「し、失礼します」

「ああ。また後で」


 ランスロット様の部屋を出て、すぐに自室へ向かう。とりあえず、勢いよくベッドに飛び込んだ。

 ランスロット様の言う通り、今日はかなり疲れた。パーティーという非日常のイベントがあったのだから当たり前だ。


「でも、そんなことより重要なことがあるわ」


 重い身体をなんとか起こし、鏡の前へ歩く。

 鏡に映る私は、ゆるみきった顔をしていた。


「最近の私、ご主人様を好きになってばっかりじゃん」


 距離が縮まったことで、ランスロット様の笑顔を見る機会が増えた。

 いいところをどんどん見つけているし、彼に寄り添いたいと思い始めている。

 別にそれは悪いことじゃない。でも……。


「溺愛させるって、決めてたのに!」


 このままでは私がランスロット様を溺愛してしまう。


「一回落ち着いて、作戦を考えないと。今のご主人様の私への好感度って、かなり高いわよね?」


 少なくとも、今までのメイドとは明らかに違うだろう。

 一緒に過ごす日々が楽しいとまで言われたし、嫉妬されたことだってある。

 そこから好意を感じられないほど鈍感じゃない。


「でももうちょっとって言うか、なんかこう……恋愛だ、って確信がないわよね」


 ランスロット様は親しい人間が極端に少ない。おそらく、私とヴァレンティンさんくらいだ。

 いや、ヴァレンティンさんと私を同じように扱うのは、さすがにおがましいかもしれないけど。


 だからこそ、私へ向けられている好意の正体に確信が持てない。

 可愛いと言われた。嫉妬もされた。

 しかし好きだと言われていない以上、恋心だと断言なんてできない。


 というか、ただ好きになってもらうことが目的ではないのだ。

 私は、溺愛されると決めているのだから。


「最近は私ばっかりご主人様の魅力にハマっちゃってたけど、改めて、私の魅力を見せる時よね」


 私の魅力と言えば、可愛さと愛嬌。

 私に好意を抱き始めたランスロット様になら、前以上の効果を期待できる。


「よし! そうと決まればさっさと寝なきゃ!」


 夜更かしは肌荒れの原因になる。そして、肌荒れは可愛いの天敵だ。





 相変わらず、朝はヴァレンティンさんに起こしてもらわないと起きられない。

 しかし、日に日に目覚めはよくなっている……気がする。


「では、また後で。朝食の用意をしてきますね」


 ヴァレンティンさんは微笑んですぐに私の部屋を出た。


「今日は、一味違う私でいかないとね」


 いつもの私も最高に可愛いけれど、たまには雰囲気を変えてみるのもいいだろう。

 私が転生前に働いていたすうぃ~とふぉ~むかふぇでは定期的にイベントが開催され、その日は普段と違う衣装を着用していた。


 セーラー服を着たり、巫女服を着たり、男装したり。

 そしてイベントの日は平日だろうと多くのお客さんが来店し、店の前に長蛇の列ができた。


 お客さんがメイド服より巫女服やセーラー服が好きだからじゃない。滅多に見られない衣装だからだ。

 希少性にお客さんはときめいてくれていたのである。


「名づけて、いつもと違う私にご主人様もメロメロ! 作戦ってわけ」


 鏡に向かって全力でどや顔してみせる。

 そうすると、なんだか気分がよくなってきた。


「着替えよ!」


 今日着るのは、ヴァレンティンさんが特別に作ってくれた特製メイド服じゃない。

 最初に支給された、クラシカルなメイド服である。


「ちょっと可愛さには欠けるけど、最近着てないから新鮮だしね」


 髪もメイクも、今日はいつもと雰囲気を変えてみよう。

 そうすればランスロット様は、いつもと違う私に夢中になるに違いない。





「これで完璧!」


 丈の長いクラシカルメイド服に合うよう、髪はツインテールではなくハーフアップにしてみた。

 メイクもいつもより少し控えめで、いわゆる清楚系。


 いつもとはかなり雰囲気が違う。普段の私がひまわりだとすれば、今日は白百合だ。

 まあ、私がいつも花みたいに可愛いってところは変わらないけど。


「あっ、そろそろ行かないと」


 最近の私が朝一番にする仕事は、ランスロット様を起こしにいくこと。

 といってもランスロット様はいつも早起きだから、ドアをノックして時間を知らせるだけだ。


 部屋を出て、ランスロット様の部屋の扉をノックする。

 いつも通り、二回ノックしただけでランスロット様が扉を開けた。


「おはよう、アリス……?」


 挨拶をしかけ、ランスロット様は目を丸くした。

 私の全身をじっくりと観察した上で首を傾げる。


「いつもの服はどうしたんだ? 洗濯中か?」


 違う。そうじゃない。

 まずはいつもと違う私にどきっとすべきでしょ!


 だめだめ。落ち着いて、私。ここでそんなこと言ったら、いつもの元気で可愛いアリスになっちゃう。


「そうなんです。なんだか落ち着きません」


 平然と嘘をつく。ランスロット様は疑う様子もなく、そうか、と呟いた。


「服の枚数が足りないなら、新しいのを用意しよう。俺からヴァレンティンに伝えようか?」

「えっ?」

「お前はそのメイド服はあまり好きじゃないんだろう」


 ご主人様、優しい……じゃなくて!

 今日はどきどきさせるために、わざわざ着てるのに!


「仕事着以外にも必要な物があったら言え。なるべく用意しよう」

「……あ、ありがとうございます」


 めちゃくちゃ嬉しいし、気遣いにときめいてしまう。


「朝食の時間だな。行くか」


 ランスロット様はそのまま歩き出してしまった。


 あーあ、作戦失敗か。


 ランスロット様の背後で私がそっと溜息を吐こうとした、その時。


「いつもと違うお前も、悪くないな」


 振り返ったランスロット様が、そう言って笑った。

 唇の端だけをあげた、からかうような笑い方。


 もしかして、全部バレてるの?


 一瞬で顔が真っ赤になる。そんな私を見て、ランスロット様は声を上げて笑った。


「本当にお前は面白い奴だな」


 私を見つめるランスロット様の眼差しは甘くて、とろけてしまいそうになる。


 これって、作戦失敗?

 それとも、成功?


 分からない。とにかく、私のランスロット様への気持ちが高まったことだけは事実だ。

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