第24話 メイド、ご主人様を嫉妬させる

 玄関の扉がノックされた音が聞こえて、慌てて玄関へ向かう。

 ヴァレンティンさんが夕飯を作る手伝いをしていたのである。

 といっても、私は指示された通りに調味料や食材を運ぶだけだが。


 誰だろう。また配達員とか?


 扉をゆっくりと開ける。そこに立っていたのはサイモンさんだった。


「あ、サイモンさん!」


 いつも屋敷にこもってばかりだから、人が訪ねてくるのは嫌いじゃない。

 しかもそれがサイモンさんならなおさらだ。


 美味しいお菓子とかくれるんじゃないか、って期待もあるし。


「アリスさん、お久しぶりです」

「今日は何の用事ですか?」

「えっと、今日はアリスさんにお願いがあって」


 そう言うと、サイモンさんはじっと私を見つめた。


「お願い?」

「はい、あの実は……ヴァレンティンさんに、弟子入りしたくて!」

「弟子入り!?」


 私が驚くと、サイモンさんは瞳をきらきらと輝かせて語り始めた。


「この間のパーティーで、本当に衝撃を受けたんです。

 あの繊細な味! 素材をいかした丁寧な料理! しかも盛りつけまで華やかで……もう僕、感動しっぱなしでした」


 うっとりとした表情で語ると、サイモンさんはいきなり私の手を強く握った。


「だからどうしてもヴァレンティンさんに弟子入りしたくて!」

「あ、えーっと、なるほど……?」


 サイモンさんは料理が趣味だと言っていたけれど、私が思っていた以上に料理への情熱があるみたいだ。

 しかしまさか、ヴァレンティンさんへ弟子入りしにくるなんて思っていなかった。


 でも、弟子入りってどうなの?

 サイモンさんは村長の息子で、ヴァレンティンさんはランスロット様の執事なわけだし。


「ヴァレンティンさんが忙しい方だとは分かっています。

 でも、どうしても諦められなくて!

 だから、アリスさんから頼んでもらえればと……!」


 ぎゅ、とサイモンさんは私の手を握る力を強めた。

 正直、少しだけ痛い。


 そういえば、男の人に手を握られるのってかなり久々かも。

 メイドカフェでは接触禁止だったし、ここ何年かは彼氏もいなかったから。


「おい」


 背後からいきなり低い声が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、そこには不機嫌さを隠そうともしていないランスロット様が立っている。

 ランスロット様の目線は、真っ直ぐ私とサイモンさんの手に向けられていた。


 分かりやすく嫉妬してるわ、この人……!


 しかしサイモンさんの目には、玄関先で騒ぐ無礼さに怒っているように映ったらしい。

 サイモンさんはすぐに私から離れると、その場で深々と頭を下げた。


「お騒がせしてしまい申し訳ありません、領主様」


 ランスロット様は何も言わない。

 ぶすっとした顔でサイモンさんの頭を睨みつけているランスロット様を見て、私はひらめいた。


 ランスロット様が嫉妬深いなら、もっと嫉妬させちゃえばいいんじゃない?


 嫉妬深いということは、独占欲が強いということ。

 だとすれば独占欲をより刺激することが、溺愛への近道なのかもしれない。


「あの、ご主人様」


 ちら、とランスロット様は私へ視線を向けた。何かを言いたそうな目が分かりやすい。


「実はサイモンさん、私に用事があってきたみたいなんです。

 少しだけ休憩時間をもらってもいいですか?」


 お願いします、と私は最高に可愛い上目遣いを披露してみせた。


「……少しだけだぞ」

「ありがとうございます! 話し終わったら、すぐ屋敷に戻りますから」


 そうよね。ここで理由もなく邪魔できるほど素直じゃないし、意地悪でもないのがランスロット様よね。


 サイモンさんが顔を上げて礼を言うと、ランスロット様は頷いて屋敷へ戻っていった。

 玄関の扉が閉まったのを確認してから、サイモンさんに声をかける。


「じゃあ、さっきの続きを話しましょうか」

「ありがとうございます、アリスさん!

 あとこれ、お願いするだけじゃだめだと思って、作ってきたんです」


 サイモンさんが渡してくれたのはクッキーだった。

 しかも、花や動物など、いろんな形をしたクッキーである。

 バターの匂いがして美味しそうだけれど、それよりもまず……。


「可愛い!」


 食べるのがもったいなくなってしまうほど可愛い。

 転生前の私なら絶対にクッキーを手に持って自撮りし、ありとあらゆるSNSに写真をアップしていただろう。


「アリスさんが気に入りそうなものを想像して作ったんです」

「私からヴァレンティンさんに弟子入りの件を頼んでもらうために?」

「はい。でも、それだけじゃなくて」


 サイモンさんは少しの間黙っていたが、恥ずかしそうな笑顔を浮かべて口を開いた。


「単純に、アリスさんの喜ぶ顔を見たかったんです」


 正統派イケメンによる、正統派な胸キュン台詞。

 正直、かなりの破壊力があった。


「自分の料理で誰かが笑顔になってくれるのが、僕は一番嬉しいんです。

 弟子入りしたいのも、もっと美味しい物を作って、もっと人を笑顔にできるようになりたいからなんですよ」


 料理の話をする時のサイモンさんは普段より少し早口だ。

 それに、好きなことの話をする人の顔は輝いて見える。


「分かりました。ヴァレンティンさんがどう言うかは分かりませんけど、伝えてみますね」

「いいんですか?」

「はい。素敵な賄賂もいただいちゃいましたし?」


 私の言葉にサイモンさんは安心したように笑った。


「では、今日のところはこれで。お仕事中、邪魔してすいませんでした」

「いえいえ」

「また、お返事を聞きにきますから!」


 そう言うと、サイモンさんは走り去っていった。

 サイモンさんの背中が見えなくなったのを確認してから、玄関の扉を開く。


「……長かったな」


 壁に背中を預け、不機嫌そうに腕を組んだランスロット様が、いらいらしたような声でそう言った。


 怒ってる。怒ってるよね、これ。

 作戦大成功じゃない!


 にやけそうになるのを堪えつつ、私は深く頭を下げた。


「仕事中にごめんなさい、ご主人様」

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