第25話 メイド、ご主人様に問い詰められる

「あいつはマティスの息子だろう」

「はい、そうです」

「お前に何の用事だったんだ?」


 ここで、答える必要はないですよね? なんて可愛げのない返事をしてはいけない。

 嫉妬させるのはいいが、それがわざとだと悟らせるのはまずいからだ。


「私に頼み事があったそうです」

「頼み事?」

「ヴァレンティンさんに弟子入りしたいらしいんです。この前のパーティーで、ヴァレンティンさんの料理に感動したみたいで」


 予想外だったのか、ランスロット様は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。

 しかしすぐに不機嫌そうな顔に戻る。


「なぜヴァレンティンじゃなく、お前に言うんだ」

「頼みやすいからだと思います。面識もありますし」

「あいつとヴァレンティンにだって面識はあるだろう」


 ランスロット様は腕を組んだまま、右手の人差し指で左の腕をとんとんと叩き始めた。

 分かりやすくイラついているのが、まるで子供みたいだ。


「しかも、それはなんだ?」

「クッキーです。サイモンさんが作ってくれたんですよ」


 可愛らしいクッキーを見せても、ランスロット様はむすっとした表情のままである。


「ご主人様も一緒に食べます?」

「……食べる」


 あ、そこは食べるんだ。

 なんかもう、本当に可愛いな、この人。


「……あいつとずいぶん仲がいいんだな」

「仲がいい……んですかね?」

「俺に聞いてどうする」


 ランスロット様がこれみよがしに溜息を吐いた。


 いやだって、正直、めちゃくちゃ仲がいいってわけじゃないのよね。

 何度か面識はあるし親しみも持っているけれど、それほど長い時間を過ごしたわけじゃない。

 イケメンだしいい人だとも思うけれど、それだけだ。


「さっきは手も握られていただろう」

「ああ、そうですね。必死だったので、無意識だと思いますよ」

「そんなの、分からないだろう」


 ランスロット様がじっと私の手を見つめている。

 しかし黙り込んでしまった。


「ご主人様も私と手、繋ぎます?」


 そっと右手を差し出してみる。ゆっくりと、でも力強くランスロット様が私の手を握った。

 大きい手のひらだ。指も太くて、私のものとは全く違う。


 男の人の手ね。


 サイモンさんの手のひらに比べると少し柔らかい。力仕事をしないからだろうか。


「お前は、誰とでも手を繋ぐのか」


 責めるような、拗ねたような口ぶりだ。

 でも目を見れば、自分の言葉を後悔しているのも伝わってきた。


 男に媚びているって言われた私が飛び出していったの、気にしてるんだろうな。

 だけどこんな言い方をしちゃうくらいには、ランスロット様は不器用なのね。


「そんなことないですよ。少なくとも自分から提案する相手は選びます」


 そうか、と呟いてランスロット様は満足そうに頷いた。

 でも、手は離さない。


「あいつは……サイモンは、たぶんマティスの後を継いで村長になるだろうな」

「そうなんですか?」

「おそらくな。感じのいい男だ。村人たちからも信頼されているだろう」


 どうしてランスロット様、急にサイモンさんのことを褒め始めたの?

 分からないけれど、とりあえず頷いておく。


「しかもあいつは、俺よりもお前と年が近い」

「……あー、そういえば、そうですね」


 アリスは17歳だ。転生前の私は25歳で、ランスロット様と同い年なのだけれど。


「爽やかな顔立ちだ。きっと、村の娘たちからも人気だろうな」

「……そうですね?」


 正統派イケメンで、その上次期村長。

 村の少女たちからすれば、同世代で一番いい相手なのは疑いようがない。


「お前も、ああいう男が好みなのか?」

「えっ!?」


 ああ、だめだ。

 本当に、ランスロット様が可愛すぎる。


「どうなんだ」

「そうですね、格好いいとは思いますけど」


 私がそう言った瞬間、ぴくっとランスロット様の眉毛が動いた。


 からかいたくなっちゃうけど、やり過ぎてもたぶんだめよね。


「私の好みとは、ちょっと違いますね」

「そうか」


 なんでもない風を装いながら、安心しているのがバレバレだ。


「お前は、どんな男が好みなんだ?」


 ご主人様です。顔なんかめちゃくちゃ好みだし、ちょっと面倒くさい性格も大好きで……なんて、素直に答えたらどうなるんだろう。


 ちらっとそういうことを考えたが、やっぱりまだ伝えるのは早い。

 というか、好きだ、と言わせたい。


「そうですね……私は色気がある人が好きですかね」

「色気?」

「はい」


 気怠そうな雰囲気、切れ長の瞳。眼差しや仕草に滲み出る色気。

 そして欠かせないのが、反射的にときめいてしまう低音ボイス。


 本当にランスロット様は、私の好みそのものだ。


 ランスロット様はなにやら考え込んでいる様子だ。色気、なんて曖昧な答え方をしたからかもしれない。


「アリスさんー!」


 厨房からヴァレンティンさんの声が聞こえてきた。


 そういえば私、ヴァレンティさんの料理を手伝ってたんだ……!


「すいません! すぐ行きます! ではご主人様、これで!」


 失礼します、と慌てて頭を下げる。さすがにランスロット様も引きとめてはこなかった。

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