第18話 メイド、ご主人様に質問する

「お飾りの主って、嫌なんですか?」


 私の質問に、ランスロット様は目を丸くした。


「だって要するに、仕事しないで給料がもらえるってことですよね?」


 私だったら、たぶん嬉しい。

 メイドカフェの仕事は好きだったけれど、それでも、働かなくても同じ金額がもらえると言われたら、私は迷わず仕事を辞めていただろう。


 働かずにお金をもらって、好きなことをして生きるなんて最高じゃない?


「……お前はそういう奴だったな」

「ご主人様は違うんですか?」


 ランスロット様はすぐには答えない。黙り込んで、何も言わなくなってしまう。


 私からするとあり得ないけど、ランスロット様は仕事がしたいのだろうか。

 それとも、領民たちに領主として扱われていない現状が嫌なのだろうか。


 ランスロット様ってあんまり人と関わるのも好きじゃなさそうだし、今の感じに満足しててもおかしくないのに。


「じゃあ、思いきって、領主っぽいことやってみるとか、どうです?」

「は?」

「そうすれば、お飾りの領主として悠々自適に生きたいのか、領主らしく働いて生きたいのかが分かるじゃないですか」


 今のランスロット様は、領主らしい振る舞いに漠然とした憧れがあるのかもしれない。

 だとすれば一度、体験してみるのがいいはず。


「領主っぽいこととは、なんだ?」

「え? えーっと……」


 なかなか思いつかない。

 そもそも貴族って、悠々自適に優雅な日々を送っているイメージだし。


「と、とりあえず、パーティーとか」

「パーティー?」

「ほら、あれじゃないですか。ご主人様って、あんまり領民と関わりがないですよね」


 特に具体的な仕事をするわけでもなく、皆の前に滅多に姿を現さない領主。

 そんな領主が、領民たちの中で空気のような存在になってしまうのは当たり前だ。


「まずは存在感を出してみたらどうでしょう? そうすれば領民たちも、なにかあった時にご主人様に相談するかもしれませんよ」

「……それは分かるが、なぜパーティーなんだ?」

「親睦を深めるにはぴったりじゃないですか! まあ、全員呼ぶのは無理ですけど」


 小さな村とはいえ、全員を集めればそれなりの人数になる。

 残念なことに、この屋敷はそれに耐えられるほど広くはない。


「ご主人様のお人柄が伝われば、きっとみんなの考えも変わりますよ」


 きっと今、ランスロット様は偏屈で気難しい伯爵として恐れられている。

 そんな人と積極的に関わりたい人なんていないだろう。


 でも、本当のランスロット様はそうじゃない。

 子供みたいなところもあるし、結構優しいし。


「それに、パーティーの接客なら私に任せてください。私、接客だけは完璧ですから!」


 胸を張ってそう言うと、ランスロット様が微笑んだ。


 ランスロット様の笑顔を見れば、きっとみんなランスロット様を好きになる。

 普段怖い人ほど、ギャップにときめいちゃうわけだし。


 でも、なんか、この笑顔がみんなに知られてしまうのは、寂しいような気もする。


「そうだな。お前がいれば安心だ」


 狡い。

 ランスロット様って本当は、かなりの女たらしなんじゃないの?





「というわけで、パーティーを開催しようと思うんです!」


 私とランスロット様が二人で厨房に乗り込むと、ヴァレンティンさんは目を丸くした。

 そして、嬉しそうに笑い出す。


「パーティーですか。そんな賑やかな催し、もう何十年ぶりですかね」

「……急にこんなことを言い出して、お前には迷惑をかけるが」

「いえいえ。坊ちゃんの頼みでしたら、なんだっていたしますよ」


 ヴァレンティンさんが笑顔で胸を張った。

 言葉通り、ヴァレンティンさんはランスロット様のためならなんだってやりそうだ。


「どのくらいの規模を想定していますか?」


 ヴァレンティンさんの問いかけに、私とランスロット様は黙り込んだ。

 全員を呼ぶのは無理だとは分かっているが、どれくらいの人を呼ぶかなんて決めていない。


 詰めれば、居間には30人くらいなら入りそうだけど。


「そうだな。まずは、マティスを筆頭に、村の役人を何人か招待するか」


 マティスっていうのは、確かサイモンさんの父親ね。

 確かに、有力者と親しくするのが順当だ。そうすれば、領内のことを知ることもできるだろう。


「私が、御馳走をたくさん作りますよ」


 ヴァレンティンさんの作る料理はどれも美味しい。そんなヴァレンティンさんがパーティーのために作る御馳走なんて、想像するだけでよだれが出てしまいそうだ。


「私、頑張って部屋の飾りつけとか、そういうの頑張ります!」


 正直、部屋の飾りつけは得意じゃない。私はそういうセンスがないタイプなのだ。

 でも、パーティーのために私もなにかしたい。


「みんなで、いいパーティーにしましょうね!」

「……ああ」


 この三人なら、きっといいパーティーを開催できるはずだ。

 それにもし失敗したとしても、それはそれでいい思い出になる気がする。


 もうすっかり、私もここの住民になったんだな。


 そう思うと嬉しくて、自然と口元が緩んだ。

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