第19話 メイド、パーティーの準備をする

「よし、あとはここに椅子をもう少し運べば……完璧!」


 いつもより綺麗になった居間に、長テーブルと椅子を運び込む。

 これなら、招待客が全員座れるはずだ。


 いよいよ、パーティー開催が明日に迫っている。今日のために、三人でいろんな準備をしてきた。

 招待客をリストアップして招待状を作成したし、大掃除もしたし、ヴァレンティンさんがパーティーのメニューを考えてくれた。


「あとはもう、お客さんがくるのを待つだけね」


 招待客が屋敷を訪れるのは正午ちょうどの予定だ。それまではまだ時間がある。


「部屋に帰って、化粧直しでもしてよ」


 頭の中で今日の流れを思い出しながら、自分の部屋へ向かう。

 接客に不安はないけれど、うっかりミスをしないようにしなくては。


 おかえりなさいませ、じゃなくていらっしゃいませだし、ご主人様じゃなくてお客様なのよね。

 メイドカフェのノリで接客をしたら、絶対怪しまれてしまうに違いない。


 まあ、最初は不思議に思ったとしても、みんなを夢中にさせる自信はあるんだけど。


 でも、私だって、空気が読めないほど馬鹿じゃない。

 今日はランスロット様が村の有力者たちと親睦を深めるための大事な会だ。場を盛り上げて、お客さんを笑わせればいいわけじゃない。


 今日は私、なるべく目立ち過ぎないようにしなきゃ。





「アリス」


 部屋で化粧直しをしていると、ランスロット様が部屋の扉を叩いた。

 返事をしてから、ゆっくりと扉が開く。


「ご主人様、どうかしましたか?」

「いや、別に。お前の姿が見えなかったから」


 ランスロット様は私を見つめて微笑んだ。心臓に悪いその笑顔を受け止めながら、私も笑顔を返す。


「お客様がくるので、身なりを整えていたんですよ」

「そうか。ヴァレンティンも、料理を皿に盛りつけ始めた」


 今日の準備で一番忙しかったのは間違いなくヴァレンティンさんだ。

 料理に関しては私が手伝えることがなかったのである。


 盛りつけくらいならって思ったけど、盛りつけって大変だものね。

 私、そういうセンスないし。


「私も、そろそろ玄関で待機した方がいいかもしれませんね」


 まだ時間はあるが、おそらく招待客は少し早めにやってくるだろう。領主からの招待に遅れるなど、許されないことである。


「ああ、そうだな」


 そう言いながら、ランスロット様の視線がきょろきょろと動いている。

 よく見ると落ち着きなく手も動いているし、緊張しているのかもしれない。


 屋敷に誰かを招くなんて、初めてのことだと言っていたし、当然かも。

 もしかして、緊張しているから、私のところにきたの?


 可愛い。

 思わずにやけてしまいそうになるのを必死にこらえた。せっかく甘えてくれているのなら、笑って台無しにしたくない。


「あ!」

「急に大声を出してどうしたんだ?」

「いいことを思いついたんです、私」


 残り時間でなにかできることはないだろうかと考え、一つのことをひらめいたのだ。


「居間に、ご主人様の描いた絵を飾るのはどうでしょう?」

「……俺の絵を?」

「はい。綺麗ですし、そうすれば、居間も華やぐかと」


 居間においてある花瓶に花を飾ったが、そこまで量は多くない。

 元々調度品はシンプルなものが多く、インパクトには欠ける内装だ。

 その中にランスロット様の絵を飾れば部屋自体の印象もよくなるだろう。


「なにより、私が見てほしいんです。ランスロット様の絵を」

「アリスが?」

「はい。素敵な絵ですもん。それに、ランスロット様が絵を描くことが好きだと、みんなに伝わるじゃないですか」


 丁寧に描かれた絵を見れば、一目でランスロット様が絵を描くことが好きだと伝わるはずだ。


「俺の趣味なんて、別に興味ないだろう」

「それは違いますよ、ご主人様!」


 急に私が大声を出したため、ランスロット様は目を丸くした。


「みんな、絶対ご主人様に関心を持っています。まあ、もちろん、必ずしもいい感情を持っているとは限りませんが」


 厄介な領主だと考えている人もいるだろう。嫌われたくはないが、あまり関わりたくないと思っている人もいるはずだ。

 しかし、ランスロット様に無関心な人はいない。いや、無関心でいられる人はいないのだ。


 いくらお飾りの領主だとしても、領主に嫌われると困ることくらい、みんな分かっているはずだもん。


「今日ここにくる方たちは、ご主人様がどんな人なんだろう? とみんな考えているはずです。

 つまりご主人様に、興味津々なわけです」


 ずいっ、と私が一歩近づくと、ランスロット様が一歩後ろへ下がった。


「なのでみんな、ご主人様の趣味にだって興味がありますよ。

 趣味とか好きなことを知るのって、相手と関係を築く上で大事じゃないですか」


 そうかもしれないな、とランスロット様は頷いた。

 そして私をじっと見つめる。


「アリスの趣味はなんだ?」

「えっ?」

「趣味を知るのは、相手と関係を築く上で大事なんだろう?」


 ふっ、とランスロット様は悪戯っぽく笑った。まるで、私をからかうみたいに。


 狡い! しかもその笑顔、めちゃくちゃ好みなんだけど……っ!


 好きな顔の男に、好きな表情をされてしまった。

 どきどきしすぎて顔が赤くなってしまう。

 恥ずかしくて目を逸らしたいのに、もったいなくて目が離せない。


「私は、えっと……」


 お酒を飲みながらつまみを食べ、アニメや恋愛リアリティーショーを見ながら笑うのが好きです、なんて言えない。


 しかし私には、これといった趣味もないのだ。


「美味しいものを食べたり、お酒を飲むのが好き……です」


 悩んだ結果、あまりにも無難なことを言ってしまった。

 しかしランスロット様は、そんな私の返事にも真剣な顔で頷いてくれる。


「アリスは酒も好きなのか。今度、美味い物を用意しよう」

「えっ!? いいんですか!」


 この世界にきてから、私はまだお酒を飲めていない。

 思わず飛び跳ねてしまうと、ランスロット様が口を大きく開けて笑った。


「約束する。つまみも、ヴァレンティンに頼んでおこう」


 美味しいお酒に、ヴァレンティンさんの作ってくれるおつまみ。

 想像するだけでよだれが出てしまいそうだ。

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