第34話 メイド、周りの目を気にする

 馬車を下りた途端、街の賑やかさに目を奪われた。

 道沿いには多くの店が並んでいて、広場には出店がたくさんある。


 そして当然ながら、歩いている人の数もいつもの村とは比較にならない。


「わあ……!」


 目に映るものが全て新鮮に思える。ついきょろきょろしていると、背後からランスロット様の笑い声が聞こえた。


「はしゃぎすぎだぞ、アリス」

「だって、はしゃがずにはいられませんから!」


 村が嫌いなわけじゃない。のどかで平和な場所だし、暮らすのには向いていると思う。

 しかし、たくさんの物で溢れた華やかな街にきて、テンションが上がるのは当然だ。


「ご飯のお店、予約してあるんですよね?」

「ああ。すぐ近くにある。参考になるかと思って、個人経営の小さな店にした」


 ついてこい、とランスロット様が歩き出す。私も慌てて隣に並んだ。


 ランスロット様、私に歩幅を合わせてくれてる。

 普通に歩いたら、絶対同じ歩幅になるはずないもん。


 意識しているのか、無意識のことなのかは分からない。

 どちらだとしてもときめいてしまう。


「ここだ」


 ランスロット様は立ち止まり、目の前にある店へ視線を向けた。

 言っていた通り、小さな店だ。しかしレンガ造りの建物は趣があり、周囲の店と比べても目立っている。


 やっぱり、外観も大事ね。なんか、美味しそうな気がするもの。


 ランスロット様が店の扉を開けてくれた。すると中から、いらっしゃいませ、とすぐに朗らかな挨拶が聞こえてくる。


 店内に足を踏み入れると、優雅な音が聞こえた。


 すごい。演奏家の人までいるんだ。


 店の端で、中年の男性が大きなハープを演奏している。

 大きすぎず小さすぎない音色は耳に心地いい。


 店内は全てテーブル席だ。4人がけのテーブルが1つと、2人がけのテーブルが3つ。

 最大でも、店内に入る客の数は10人だ。


「予約していたサリヴァンだ」

「サリヴァン伯爵様! 本日は御来店いただき、誠にありがとうございます」


 ランスロット様が名乗ると、ウェイターは丁寧にお辞儀をした。

 いくら人気の店とはいえ、伯爵が訪れることなんて滅多にないのだろう。


「本日は二名様での予約ということでしたが、お連れ様はまだでしょうか?」


 ウェイターは、一切の悪気なくそう言った。

 周囲をきょろきょろと見回し、他に誰もいないことを確認する。


 私のこと、視界には入っている……よね。


「ここにいるだろう」


 ランスロット様はそう答えると、私を指差した。

 すると、ウェイターが慌てて頭を下げる。


「申し訳ございません」


 ウェイターは私に視線を向け、失礼いたしました、と真摯に謝ってくれた。

 しかし、戸惑っているのが丸分かりだ。


 私のこと、ただの付き人だって思ったのかな。

 まあ、そうよね。今着ている服だって、改造しているとはいえメイド服だもの。


 デートだ、なんて浮かれていたけれど、周りからはそう見えていなかったのだ。

 ただ、貴族がメイドを連れて歩いているだけ。そうとしか思われないのだろう。


「アリス?」


 ランスロット様が心配そうな眼差しを向けてくる。

 それに合わせて、ウェイターも不安げに再び頭を下げた。


 いっそ、彼に悪意があればよかったのに。

 そうすれば、失礼なウェイターだと怒ることができる。


「大丈夫です。お料理、楽しみですね!」


 明るい声と笑顔に、ウェイターも安心したようだった。


「こんなに素敵なお店なんですから、きっと美味しいですよ。ほら、座りましょう」


 向かい合って座り、料理がくるのを待つ。

 ハープの演奏があってよかった。少し静かになってしまっても、気づかれにくいから。





「美味しかったですね!」


 店を出て、笑顔でランスロット様に言う。

 出てきた料理はどれも美味しくて、文句なしの味だった。


 でも……。


 他の客からの視線も、なんだか気になっちゃったな。


 メイドと主人が一緒に食事をしているというのは、それほど目立つのだろうか。


 きっとそうなのよね。

 ヴァレンティンさんや私と一緒に食事をとるランスロット様が、ものすごく珍しいんだわ。


「ああ、美味しかったな」

「はい。素敵なお店に連れてきてくれて、ありがとうございます!」


 ランスロット様がお店を予約してくれて、私を連れてきてくれた。

 だからこそ、周りにどんな目で見られたとしても、負の感情をランスロット様に見せるべきじゃない。


 分かっているから、ちゃんと笑顔を作る。

 作り笑顔なんて、私は慣れっこだから。


「画材の店はここから少し歩いたところにある。だが……」

「なんでしょう?」

「その前に、服屋にでも行かないか?」

「えっ!?」


 いきなりの発言に驚いていると、ランスロット様がくすりと笑った。


「遠慮するな、と言っただろう? 気になったことがあるなら、さっさと言え」


 呆れたように溜息を吐き、ランスロット様は私の肩に手を置いた。


「この服は可愛いが、仕事着だ。デートには向かない。……俺は気づかなかったが、お前はそれを気にしていたんだろう?」

「……どうして、分かったんですか?」


 ランスロット様に気づかれないよう、笑顔を保っていたつもりだ。

 なのに……。


「お前のことくらい、簡単に分かる」


 得意げな笑みを浮かべ、ランスロット様は私の頭を撫でた。


「ほら、行くぞ」


 ランスロット様は私の手を引いて歩き出した。少し歩幅が広いけれど、小走りになってついていく。


「あの、ランスロット様!」

「なんだ?」

「私、めちゃくちゃ可愛い私服が欲しいです!」


 遠慮するな、と言ったのはランスロット様だもん。いいよね?


「分かった。好きなだけ買ってやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る